第1085話 心得違い

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



「いずれにせよ、通常の兵力だけで『勇者団』ブレーブスの攻撃を防げるとは思えません。

 まして用意できる戦力がとなれば、猶更なおさらです。

 サウマンディアわれわれといたしましては、アルビオンニア側の協力の姿勢に懸念を抱かざるを得ませんな。」


 マルクスは腕を組み、小鼻を膨らませて不満を露わにした。外交官としてはかなり露骨な威圧的態度である。


アルビオンニアわれわれは投入可能な戦力のほぼ全力を投じていることを既に御理解いただけている筈です。

 にもかかわらず協力の姿勢に懸念を抱かれるのは、はなはだ心外と言わざるを得ません。」


 アルトリウスは強気に反論する。他のアルビオンニア貴族たちは口こそ挟まないが、さすがに互いの強硬な態度がエスカレートしている様子に不安を抱き始めていた。アルビオンニア側貴族たちは日頃から有形無形の支援を受けて続けていた関係上、サウマンディアに対してどうしても引け目に感じている部分が多い。それを理解しているマルクスはあくまでも強気の姿勢を崩さない。力関係というものは、こういう時にこそ利用すべきなのだ。

 マルクスは立ち上がり、右手をテーブルに突いて身を乗り出す。


「しかし、現にここでルクレティアスパルタカシア様だけを先にアルトリウシアへお戻りいただこうとしておられるではありませんか!

 これはサウマンディアとアルビオンニア、両属州領主家の信頼関係に亀裂を生じさせるものですぞ!?」


 語気を強め、念を押すかのようにテーブルをトンッと指で突くマルクスにアルトリウスも表情を消した。睨み合う両者に割って入るようにゴティクスが立ち上がる。


「失礼ながら、マルクスウァレリウス・カストゥス殿は勘違いをなさっておられるようだ。」


「勘違いとは、どういうことですかな!?」


 どうも今日は言葉をろうしてマルクスをけむに巻こうとするかのような話し方を続けていたゴティクスに対し、マルクスは警戒した。何か隠し事をしたうえでマルクスらを騙そうとしているかのような気がしてならない。

 身構えるマルクスにゴティクスは相も変らぬ態度で続ける。


おそれながらルクレティアスパルタカシア様は聖女様サクラらせます。」


 マルクスの眉がピクリと動く。


「ですが先ほどからお話を伺いますに、マルクスウァレリウス・カストゥス殿はルクレティアスパルタカシア様をとしてお考えのようだ。」


「そ、それは、確かにルクレティアスパルタカシア様は軍人では在らせられぬ。

 しかしルクレティアスパルタカシア様もスパルタカシウス家の御一人、アルビオンニア貴族として当然御協力いただけるものと考えておりましたが?」


「それは御心得違いというものです。」


 ゴティクスは何てことだと言わんばかりにわざとらしく顔をしかめ、首を振った。


「先ほども申しましたようにルクレティアスパルタカシア様は既に聖女様サクラらせられます。

 アルビオンニアの御出身では在らせられますが、その身は既に降臨者リュウイチ様に捧げられしもの……アルビオンニア侯爵家の領袖には在らせられません。」

 

 グッ……マルクスは何かを噛みしめ、出かかっていたうめき声を飲み込む。


「ましてやルクレティアスパルタカシア様が御使いたまう《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護はリュウイチ様の御力……それを利用せんとするは、《レアル》の恩寵おんちょうに浴するをいましむる大協約の方針と真っ向から対峙します。

 我らはまずルクレティアスパルタカシア様の御安寧を御守りたてまつることを考えるべきであり、おそれ多くもルクレティアスパルタカシア様を盾として利用し、その御加護にお守りいただくことを期待すべきではないと、そのように心得ます。」


 ガンッ!!


 ゴティクスを睨んだまま思わずマルクスは拳をテーブルに打ち付けた。が、何も反論できない。ルクレティアを、ルクレティアが持つ《地の精霊》の力を利用して

『勇者団』から捕虜を守ろうとしたのは否定のしようのない事実だったからだ。

 たしかにマルクスは『勇者団』に対抗するために《地の精霊》を利用しようとした。だが、それはアルトリウシア軍団とて同じこと。アルトリウシア軍団はルクレティア一行に襲い掛かる『勇者団』と盗賊団を撃退するため、《地の精霊》の力を幾度となく利用している。そのうえでなおサウマンディア軍団の兵力をも利用した。そう、サウマンディア軍団はルクレティアとケレース神殿テンプルム・ケレースを『勇者団』から守るために兵力を投入し、武器弾薬を消費し、犠牲者まで出して支援したのだ。なのにこの期に及んでアルトリウシアには入れさせないだの《地の精霊》の加護を利用するのは間違ってるだの言われて納得できるわけがない。理屈の上では理解できても、心情的にはとうてい受け入れられない。


「レ、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアも!」


アルトリウシア軍団われわれも?」


アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアも《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護で『勇者団』ブレーブスを撃退したではないか!?」


 マルクスが絞り出すように言ったそれはなじり以外の何物でもない。ゴティクスは駄々をこねる子供を目の当たりにしたかのように眉を寄せた。


「それはアルトリウシア軍団われわれの任務が《地の精霊アース・エレメンタル》様と同じ、ルクレティアスパルタカシア様を守護奉ることであったからです。

 『勇者団』ブレーブスルクレティアスパルタカシア様を害し奉らんとするのであれば、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアは万難を排してこれを退けます。

 そしてそれは、任務を同じくする《地の精霊アース・エレメンタル》様も同じこと。

 ゆえに、《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力を……ただそれだけに過ぎません。」


「此度はハーフエルフ様を捕えたではないか!」


 しばらく間を置いたマルクスがそう切り出すと、ゴティクスは眉を持ち上げて目を一瞬丸くした。何を言われているのか分からなかったのだ。


「ハーフエルフ様?」


「そうだ!

 《地の精霊アース・エレメンタル》様が眷属に命じ、カエソー伯爵公子閣下の御依頼でハーフエルフ様を捕え引き渡された。

 これは何と説明する!?」


 ゴティクスは混乱でもしているかのように両手を広げ、周囲を見回してから首を小さく振った。


「それはアルトリウシア軍団われわれは関与していないので分かりませんな。」


「関与してない?」


「ええ、マルクスウァレリウス・カストゥス殿もおっしゃられたでしょう?

 《地の精霊アース・エレメンタル》様が眷属に御命じになられ、カエソー伯爵公子閣下が御依頼なされた。眷属のガーゴイルはその御依頼に添うようにハーフエルフ様を捕えられた。

 そこにアルトリウシア軍団われわれが関与している要素は無いように見受けますが?」


「シュバルツゼーブルグを火の海にする……『勇者団』ブレーブスにそう脅され、シュバルツゼーブルグを守るために《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力を借りたのではないと!?」


「これは小官個人の推測にすぎませんが……

 今回捕えられたハーフエルフ様は、ルクレティアスパルタカシア様に対し脅迫状を出されました。確かに脅し文句は『シュバルツゼーブルグを火の海にする』というものだったかもしれませんが、脅迫状の宛先はシュバルツゼーブルグでもアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアでもアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアでもなく、ルクレティアスパルタカシア様御本人です。ゆえに《地の精霊アース・エレメンタル》様は守護すべき聖女様サクラへの攻撃として対処することになされたのでしょう。そして眷属に対応を命ぜられた。

 それに際してカエソー伯爵公子閣下が、どうせハーフエルフ様に対処なさるのならば捕まえて身柄を引き渡してくださるよう御依頼成されたのではありませんかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る