第1084話 アルビオンニアとサウマンディアの亀裂

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 サウマンディア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・サウマンディイアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウスが第一大隊から四個百人隊ケントゥリアを抽出、『勇者団』捜索のために既にアルビオンニウムへ渡っている。そのことは既にサウマンディウムから伝書鳩を使って通告していた。サウマンディア軍団はメルクリウス捜索のために一個大隊コホルスまでならアルビオンニア属州内で活動できることが事前に取り決められている。この一個大隊を編成する六個百人隊の内、二個は先に降臨のあったケレース神殿テンプルム・ケレースを調査するために派遣されていたので、残っていた枠一杯を使って四個百人隊の兵力を送り込んだというわけだ。なお、先に上陸していた二個百人隊はカエソーと共に捕虜を護送中で、現在はルクレティア一行と共にグナエウス砦ブルグス・グナエイに居るはずである。


第一大隊コホルス・プリマ!」

「最精鋭だ。」


 アルビオンニア側の貴族たちからどよめきが起こる。それらはいずれも第一大隊派遣の報せを歓迎するものだった。第一大隊とはレーマ帝国の軍団ならばその軍団で最強の最精鋭部隊である。戦力としてこれほど頼もしいものは無い。が、たった二人、そうでもない様子でマルクスを見つめたまま肩を落とした。アルトリウスとゴティクスである。


 アルビオンニウムからグナエウス砦まで二日……いや、途中の中継基地スタティオが機能を喪失している以上三日はかかるだろう。ここからグナエウス砦へ向かうよう早馬タベラーリウスを出したとして向こうに届くのに二日か三日……ダメだ、ズィルパーミナブルグから出るサウマンディア軍団の増援部隊の方が到着は早いかもしれない。


 第一大隊の派遣という報せに対するアルビオンニア側貴族たちの反応に少し気を良くしていたマルクスだったが、ゴティクスはともかくアルトリウスまで浮かない表情をしていることが気になった。


「何か、御懸念でもおありですか、アルトリウス子爵公子閣下?」


 マルクスの問いかけにアルトリウスとゴティクスは互いに目を見合った。考えていることは同じなのだろう。アルトリウスはマルクスに視線を戻して尋ねる。


「いえ、今からアルビオンニウムの第一大隊コホルス・プリマ早馬タベラーリウスグナエウス砦ブルグス・グナエイへ向かうよう指示を出すのですよね?」


「もちろんです。

 指揮を執っておられるのはアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウス閣下です。『勇者団』がグナエウス砦ブルグス・グナエイに居ると聞けば、喜んで急行されることでしょう。」


 マルクスは胸を張った。プブリウスの弟であり軍団長レガトゥス・レギオニスのアッピウスが直接指揮を執っていると聞けば文句はあるまい。事実、アルビオンニア側の多くの貴族たちから再び歓迎を示す声が上がっている。

 だがアルトリウスとゴティクスの表情に変化は無かった。今度がゴティクスの方がマルクスに話しかける。


マルクスウァレリウス・カストゥス殿。」


「何ですかな?」


「現在、ライムント街道……アルビオンニウムとシュバルツゼーブルグの間にある中継基地スタティオはほぼ機能を停止しております。」


「……承知しておりますが?」


早馬タベラーリウス中継基地スタティオで馬を替えることができません。

 従いまして、通常ならアルビオンニウムまで二日以内にたどり着けるはずですが、おそらく三日以上はかかるでしょう。

 そこからアッピウスウァレリウス・サウマンディウス閣下がいの一番で部隊を率いて急行したとして二日か三日……グナエウス砦ブルグス・グナエイに到着するのはどれだけ早くても五日後と予想しております。」


「……?

 まあ、妥当な予想でしょうな。

 それがどうかなさいましたか?」


 捕虜を護送中のカエソーは今現在グナエウス砦に入っている筈だ。そこにはルクレティアも同行しており、ルクレティアがいる以上 《地の精霊アース・エレメンタル》の加護が受けられる。アルビオンニウムで二重三重に陽動を重ね、防衛部隊のほとんどを引きはがして全力で突入してきた『勇者団』を事実上単独で跳ねのけた精霊エレメンタルの力があれば、五日や六日ぐらい守るのは容易いだろう。まして『勇者団』の側は今度は盗賊団という手駒を失い、更にペイトウィンという強力なハーフエルフも失っているのだ。マルクスにはそこに何の問題があるのか分からなかった。

 マルクスの質問に、今度はアルトリウスが上体を伸びあがらせるように静かに深呼吸してから答えた。


マルクスウァレリウス・カストゥス殿、我々はルクレティアスパルタカシア様に、一日でも早く御帰還いただきたい、そう考えております。」


 アルトリウスの発言の意味を掴みかね、他の貴族たちと同様に最初はキョトンとしていたマルクスはアルトリウスの発言の意味に気づくと急に表情を険しくした。


「まさか!

 ルクレティアスパルタカシア様だけ先にアルトリウシアへ!?」


 声高なマルクスにアルトリウスが無言のまま首肯すると、マルクスは「馬鹿な!!」と呻いた。が、目には同情の色を滲ませながらも、アルトリウスの声は冷酷なまでに断ずる。


「御父君であらせられるルクレティウススパルタカシウス様の強い御要望です。」


 既に決定したことだ……そう言わんばかりだ。アルトリウスの言った意味に気づいた貴族たちに徐々に動揺が広がり始める。何も聞いてなかったラーウスなどは何がどうなっているのか分からず、驚きを隠しもせずにアルトリウスとマルクスの顔を交互に見比べているほどだ。

 今、グナエウス砦からカエソーらを残してルクレティアだけ先に帰還すれば、カエソーは《地の精霊アース・エレメンタル》の支援を失ってしまう。今まで『勇者団』を撃退し、捕虜まで獲得できていたのは《地の精霊》の加護があったからこそだ。それなのに《地の精霊》の加護を失えば、カエソーは手持ちの軽装歩兵ウェリテスだけで捕虜を守り、『勇者団』を撃退しつづけねばならない。


「待ってください閣下!

 それではカエソー伯爵公子閣下はたった二個百人隊ケントゥリアの戦力だけで『勇者団』ブレーブスから捕虜を守らねばならんのですか!?」


「我がアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアも派遣できる兵は派遣します。

 シュバルツゼーブルグにおわすアロイスキュッテル閣下にも応援を頼みましょう。

 そうすれば、一個大隊コホルス程度の戦力にはなるはずだ。」


 マルクスは信じられないと言った様子で無言のままフルフルと首を振り、テーブルに手を突いて腰を浮かせた。


「その応援は新兵ばかりで戦力にならない……さきほどそうおっしゃった部隊ではありませんか!?

 そんな素人集団では役に立たない!

 捕虜をみすみす奪還されてしまいます!!」


 マルクスの指摘にアルトリウスが顔をわずかに歪ませると、今度はゴティクスが落ち着いた声で反論する。


「練度が低いのは事実ですが軍事教練は受けています。

 野戦は無理でもグナエウス砦ブルグス・グナエイに籠れば、守兵にはなりましょう。」


「相手は魔法を使うんですよ!?

 聞けば一人でも砲兵隊トルメンタ以上の戦力だそうではないですか!!

 それが十人は居るんだ!」


「しかし、彼らの盗賊団は既に壊滅しています。」


 まるでマルクスの言うこと等相手にしてないかのようなゴティクスの態度にマルクスはついに立ち上がり、両手で机をバンッと叩いた。


「盗賊団など問題にしていません!

 『勇者団』ブレーブスを問題にしているのです!!」


 感情的になった相手に対するゴティクスの態度はいつもと同じだ。表情を消し、背もたれに背を預けて冷たい視線を向ける。マルクスはそんなゴティクスを睨みつけてギリッと歯ぎしりし、このまま感情的になっては却って不利だと気づくと椅子に腰を下ろした。

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