第1083話 サウマンディアの投入戦力

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



第二大隊コホルス・セクンダ第三大隊コホルス・テルティアをそちらに振り向けると!?」


 ゴティクスが珍しいくらいにあからさまに怪訝けげんそうな表情を見せた。

 現在、アルトリウシアにはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの第二、第三大隊がアルトリウシアの復旧復興支援のために来ている。第三大隊は一昨日トゥーレスタッドに到着し、昨日ティトゥス要塞カストルム・ティティに入城したばかりだ。

 第二大隊はアイゼンファウスト地区での被災者用住居の建築工事の支援に携わっており、復旧復興事業に無くてはならない戦力となっている。アイゼンファウスト地区の住宅整備は既に軌道に乗っているとはいえ、被災面積が広いこともあってアンブースティア地区と比べればまだまだ遅れている。それなのに組織的に動くことのできる屈強な男手が五百人もいきなり抜けられては影響が出ないわけがない。

 第三大隊は一昨年の火山災害の影響で通行不能になったティトゥス街道の再開通工事に充てられることになっている。先述した通りアルトリウシアには到着したばかりで工事は着工してもいないが、サウマンディウムとの連絡体制強化を目的とするこの工事は遅れていいわけではない。工事現場付近に整備さえる予定の宿営地カストルムまでの補給体制もアルトリウシア側で既に用意されており、今更やっぱり工事しませんなどと言われても困るのだ。


「ああ、いや……」


 アルトリウシア側の示した懸念にマルクスよりも早く反応したのは、第二大隊の大隊長ピルス・プリオルバルビヌス・カルウィヌスだった。発言してアルビオンニア側の貴族たちの注目を集めてから躊躇ためらうようにチラッと横目でマルクスを見、それから咳ばらいを一つして発言を再開する。


バルビヌスが思うに、我々がアルトリウシア側から向かうのはいささか問題があるように思われる。」


 何を言い出すのだ!?……マルクスは姿勢はそのままに目をわずかに見開いた。


「グナエウス街道にはダイアウルフが出没しており、その掃討は済んでいない……そのはずですな?」


 マルクスを無視して確認を求めるバルビヌスにゴティクスが首肯する。


「その通りです、バルビヌスカルウィヌス殿」


「ダイアウルフの出没はハン支援軍アウクシリア・ハンの、何らかの作戦行動……そうですな?」


「いかにも、アルトリウシア軍団我々もそのように認識しております。」


 ゴティクスが続けて認めると、バルビヌスは安心したように小さく嘆息し続けた。


「我々は現状、ハン支援軍アウクシリア・ハンに対しては表面上中立という立場を保っています。

 我々がアルトリウシアここに居るのはあくまでも先月の事件の被害の復旧復興支援であって軍事作戦……叛乱軍鎮圧を目的としたものでは無いと……」


 バルビヌスは横目でチラリとマルクスを見ながら何食わぬ顔で続けた。


「にもかかわらず我々が武装してグナエウス街道を進めばどうなるでしょう?

 グナエウス街道でダイアウルフを活動させているハン支援軍アウクシリア・ハンは、我々サウマンディアがアルビオンニア側に着いたと、そう認識してしまう恐れがあるように思われます。

 そうですな幕僚殿トリブヌス?」


「あ、あ?!あぁ……う、うむ……」


 唐突に話を振られたマルクスは混乱した様子を滲ませながら頷いた。バルビヌスの言ったそれは昨日、マルクス自身がバルビヌスに言ったことそのままである以上、マルクスとしても今更否定できない。

 マルクスは本当は第二大隊を充当するつもりでいた。昨日聞いた限りでは復旧復興事業は当初の想定以上に進んでいるようだったし、バルビヌスは復旧復興作業推進よりもむしろ戦功をあげたがっているようにも見えた。相手が『勇者団』ならハン支援軍に対して中立の姿勢を維持する云々などという注意を払う必要も無いだろう……グナエウス街道のダイアウルフはアルトリウシア軍団が討伐作戦を始めてるんなら心配ないはずだ……

 しかしバルビヌスの考えは違った。彼も軍人である以上、戦い戦功をあげることそのものには依存があるわけではない。平民プレブスの家に生まれ、一兵卒から大隊長まで昇りつめた叩き上げの老将だ。戦い、手柄をあげるのは本望である。ただ問題なのは相手が『勇者団』という得体の知れない相手だということだった。


 『勇者団』……ゲイマーガメルの血を引くムセイオンの聖貴族たちと戦い、勝利し、かつ彼らを生け捕りにすれば彼らの主君プブリウスは喜ぶだろう。恩賞だって期待していいかもしれない。もうすぐ手が届きそうな筆頭百人隊長プリムス・ピルスの地位も現実味を帯びてくる。が、それもうまくいけばの話だ。

 今回の作戦は結果の如何いかんを問わず完全に隠蔽される。『勇者団』の存在、ムセイオンの聖貴族が脱走して盗賊を率いて略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュを行っていたなどというスキャンダルは公になど出来ないからだ。どれだけ戦果を挙げても戦功は公表されない。報酬も目立たぬ形で、別の名分を探して渡されることになるだろう。筆頭百人隊長という地位も、手柄によって勝ち取ったものではなく、退役の迫った老兵が御情けによって就任させてもらったと形にならざるを得ないだろう。それでいてムセイオンの聖貴族たちからは高確率で逆恨みされることになる。


 実利は得られるかも知れない……だが名誉は与えられず、おまけに尊き方々からは恨まれる?……冗談じゃない!


 バルビヌスは平民から叩き上げて今の地位についているのだ。これまでの長い軍歴の中で既に平民としては十分すぎるほどの財貨を得た。子供たちは下級貴族ノビレスに相応しい教育を受けさせ、息子たちは軍人に、娘たちは伯爵家への奉公務めを経て、皆それなりの立派な家に嫁いでいった。もう孫だっている。富を得た者が次に求めるのは名声だ。名誉だ。

 だが今回の作戦は名声にも名誉にもつながらない。リュウイチに直接関することならば今は秘匿されていてもいずれ公表されるから名声にはつながるが、今回のはまったく公表される可能性が無い。勝ってもむしろ今の名声や名誉を傷つける恐れの方が高く、負ければ全てを失う。よって、バルビヌスとしては『勇者団』との戦いに自分の部隊を投入したくないのだった。


 てっきりアイゼンファウスト地区の復興事業からサウマンディア軍団第二大隊を引き抜かれてしまうのかと恐れたアルビオンニア側の貴族たちはバルビヌスの発言と、それにマルクスが同意を示したことによって混乱する。


「で、では、どうなさるというのですか?

 サウマンディア軍団から兵力を融通していただけるというのは、確かに今の我々にとってはありがたいことなのですが……」


 ラーウスが尋ねるとマルクスは一瞬ビクッとした。バルビヌスがマルクスの予想もしていなかったことを言ったせいで一時的に思考が停止してしまっていたのを、急に現実に引き戻されたのだった。


「えっ、あ、あー……

 それはもちろん、アルビオンニウムに上陸した第一大隊コホルス・プリマです。」

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