第63話 最後っ屁

統一歴九十九年四月十日、昼 - 海軍基地前/アルトリウシア



「ざまあねぇな、デンロク。

 良いようにやられちまってるじゃねぇか。」


 道端に腰を下ろして頭と脚の傷の手当てを受けている伝六を見つけたラウリは、手下に周囲の安全を確認するよう命じてからそう言って笑った。

 狭く薄暗い路地裏で合流を果たした伝六隊の状況は控えめに言って酷いありさまだった。

 投擲爆弾グラナートゥム榴弾りゅうだんを浴びた伝六は防具に守られていなかった顔や手や脚から血を流していて、身に着けた防具も榴弾で引き裂かれ穴だらけにされてボロボロ・・・まるで戦場で討ち捨てられたまま放置されゾンビ化してしまった落ち武者のようだった。

 別にラウリは本気で馬鹿にして笑ったわけでは無い。ラウリは伝六の強さを知っているし、首から上の出血というのが実際以上に派手な怪我に見える事も良く知っている。


「うるせぇ、あのゴブ野郎ゴブリンども、次はぶっ殺してやる。」


 リクハルド配下の中では互いに兄弟分でありライバルでもあるラウリにみっともない姿を見られた伝六は、恥ずかしいのか必要以上にいきどおって見せた。


 デンロクこいつは安全確保を名目に手下を散らしたラウリの配慮に気付いちゃいねぇんだろうな・・・。


 その姿に鼻を鳴らして大袈裟に呆れて見せたラウリは伝六を宥めるでもなくリクハルドの命令を伝えた。


カシラリクハルドの命令だ。退くぜ?」


「何だと、もうかよ!?

 いくさはどうなった??」


「おいおい、鼻がバカになっちまったのか?

 戦どころじゃねぇや。やつらハン族街に火ぃつけやがったのよ。

 ここももうすぐ火の海だ。」


 言われてみれば焦げくさにおいが漂い、微かに煙たくもある。腕っぷしには自信のある伝六もさすがに火事はどうにもできない。


「チィッ」


「諦めな、あんた伝六なら次は勝てるさ。」


「あた坊よ!憶えとけよ!?

 あいつらぁ俺の獲物だ。」


 顔面血だらけのコボルト伝六が吠える様は周囲の手下たちを怯えさせるには十分すぎる迫力があった。

 勇ましさ、力強さ、そういったが何よりも重視される世界に生きている以上、伝六の態度は当然なモノではあったが今は手下を率いる指揮官としての立場もわきまえるべきだった。


 手前てめえ手下てかを怯えさせてどうするよ?


 こういうところがコイツ伝六の上に行けねぇ理由なんだろうなと呆れながらも、ラウリは伝六に肩を貸して立ち上がらせた。


「わかったわかった、ほら立てよ、その膝じゃ歩けねぇだろ?

 怪我人ばっかか?死人は?」


「おう、わりぃな。

 死んだのは水兵の兄さんがたが二人だ。あとは怪我人ばっかだ。」


 ラウリはブッカの中では大柄な方だが、それでもコボルトの伝六はラウリより頭一つ分くらい体格がデカイ。この体格差で肩を貸すのは体勢的に無理があるが、この中でラウリ以上の体格の持ち主は他にいなかったから多少の無理は仕方が無かった。


「おう、死んだ兄さんの死体を拾ってやりな。

 歩けねえ怪我人は背負ってやれ、武器忘れんなよ!?

 よし退くぞ!」


 死者は当初、道案内役の水兵一人だけだったが、重傷を負って倒れていた水兵二人のうち一人がつい先刻、事切れていた。

 ラウリと伝六が手下に撤収の指示を出した時、辺りにはもやのような煙が徐々に漂い始めていた。



カシラリクハルド!ラウリの兄ィと伝六の兄ィが戻りやした!!」


 《海軍基地通りウィア・カストルム・ナヴァリア》で指揮を執っていたリクハルドは手下の報告を受けると足元に置いてあった投擲爆弾のピンを抜いて発火させた。


「よおーし退くぞ、おめえら!!

 だが、退く前にいっちょ最後さいごかましてやる!!!」


 そう叫ぶとリクハルドは発火させた投擲爆弾を振り回し、正門に向かって投げ込んだ。



 オクタルの最終防護射撃戦術さいしゅうぼうごしゃげきせんじゅつは成功を納めつつあった。

 実際、軍人としての高等教育を受けた事のないオクタルがその場の思い付きでやったにしては完成度の高い戦術だったと言って良いだろう。

 だが、軍人としての高等教育を受け、最終防護射撃さいしゅうぼうごしゃげきについて学んだことのある軍人ならば、今回のオクタルのような戦い方は決してしなかったであろう。


 どんな戦術でも作戦でも、成功させるためには条件を整えねばならない。成功させるための条件が整っていなければ、どんな戦術や作戦も必ず失敗する・・・敵がそれ以上の無能でない限り。

 オクタルが最終防護射撃を成功させるためには、使用した武器(短小銃マスケートゥム)は射程が短すぎたし数も少なすぎた・・・火力が足らなかったのである。

 最終防護射撃はキルゾーンに侵入した敵を一方的に制圧できるだけの火力が無ければ成功しない。ところが、リクハルド軍は制圧されるどころか、キルゾーン内に防護陣地バリケードを築いて安全を確保した上で反撃までしてくる始末だ。

 この時点で既にキルゾーンがキルゾーンたり得なくなってしまっている。


 本来ならば大砲を撃ち込むか投擲爆弾を投げ込むかして、このバリケードを粉砕ふんさいしなければならなかった。

 だが、オクタルは自ら敵情を視察して状況を把握する事を怠り、簡単な命令を与えられただけで戦術的判断のできない観測手に射撃管制しゃげきかんせいを任せきりにし、ただ闇雲に射撃を継続させた。

 バリケードを破壊するための方策を考えるどころか、バリケードが築かれてしまった事実すら把握していなかったのだ。


 リクハルドにしてもバリケードを破壊されないよう計算して、正門から三十ピルム(約五十五メートル)の距離に陣地を構築させている。

 ゴブリンの腕力では投擲爆弾を二十ピルム(約三十七メートル)ぐらいまでしか投擲できないが、ヒトの腕力ならば四十ピルム(約七十四メートル)先まで投げられる。ヒトより更に筋力に優れるホブゴブリンやブッカならば六十ピルム(約百十一メートル)以上投擲することだって出来るのだ。

 つまりこれは、ハン支援軍アウクシリア・ハン側は海軍基地カストルム・ナヴァリア内からリクハルドの陣地へ(オクタル自身が投げるのでない限り)投擲爆弾を投げ込むことは出来ないが、リクハルド軍は自陣からオクタルの陣地まで投擲爆弾を投げ込むことが出来る事を意味する。


 オクタルは陣地防衛において致命的な状況が成立している事を見逃していたのだ。防衛側こちらは動けないのに、敵は自由に安全にこちらを攻撃できる準備を整えさせてしまった。

 こうなってしまったのは最終防護射撃戦術が敵をキルゾーンに誘い込んで殲滅せんめつするという、本質的には攻撃的な戦術であるにもかかわらず、ただリクハルドの突撃を阻止したいという感情に支配されたオクタルが消極的にしか考える事ができなくなっていた事に原因があるのだろう。

 リクハルドたち郷士ドゥーチェは投擲爆弾を持っていないという思い込みも、背景にあったのかもしれない。

 それらのすべては今回の作戦指揮においてオクタルが犯した致命的なミスだった。


 いずれにせよ、オクタルは最終局面においてそのミスのツケを支払わされることになった。

 煙幕の向こうから突如投げ込まれた投擲爆弾が立て続けに三発、オクタル本隊の周辺で爆発したのである。


 ハン支援軍アウクシリア・ハン最終防衛さいしゅうぼうえいライン・・・オクタル隊はその一撃で崩壊した。

 五十人いたゴブリン兵のうち八名が即死し、二十六名の重軽症者を出した。無事だったゴブリン兵は周囲を覆う白煙に視界を奪われパニックを起こした。

 逃げ出す兵もいた。闇雲に銃を撃つ兵もいた。うずくまって震える兵もいた。剣を抜いて振り回す兵もいた。手近な誰かに殴りかかる兵もいた。だがパニックを鎮める指揮官はいなかった。

 この混乱でゴブリン兵の死傷者はさらに増えた。


 もしもこの時リクハルド軍が突入していれば、ハン支援軍は一方的に陣地を蹂躙じゅうりんされ、一人残らず殲滅せんめつされていた事だろう。

 だが、幸いにもリクハルドは爆発と共にオクタル隊の銃撃が停止したのを確認すると、そのまま悠々と《陶片テスタチェウス》へ向けて撤退していった。

 最悪の事態は避けられたが現場の混乱はドナートが部下と共に帰還し、部隊の統率とうそつを回復するまで続いた。


 ドナートに率いられ。ハン支援軍のガレアス船『バランベル』号まで撤退した生存者たちの中に、オクタルの姿はなかった。

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