アルトリウシア湾海戦
第64話 ドナート召喚
統一歴九十九年四月十日、午後 - バランベル船上/アルトリウシア
アルトリウシア全域を見渡しても人間同士の戦闘行為はすべて終息していたが、ここ
脱出に使われる各船では攫われてきた住民たちや捕虜となった水兵たちに
そして『バランベル』号の甲板上では収容したはいいがあまりにも多すぎる負傷兵の手当てのため
実際何人かは数人がかりで押さえつけられ、
一応、切断手術前に痛み止めの薬と酒を飲ませてあるが、マンドレイクから作られた鎮痛剤は麻薬作用があり、幻覚、幻聴、
太古の昔、ハン族のもとに降臨した偉大なる指導者の名を冠したガレアス船『バランベル』号の
レーマ帝国から離反し、誇りと自由を取り戻す。
その目的は未だ遂げられていないにもかかわらず、支払った代償は想定を大きく上回るものとなっていた。
アルトリウシア各所への放火による
にも
「・・・オクタル!!」
報告を聞いたムズクは目の前が急に暗くなるのを感じた。
「王陛下!お気を確かに!!」
ムズクが頭を抱えると、それまで玉座の
分厚い絨毯が敷き詰められていたため小さな音しか立たなかったが、同室していた側近たちを慌てさせた。
それは罪人の首を斬り落とす正義と法の力の象徴であり、ハン族の
ハン族がレーマ帝国の軍門に降り、
玉座を挟んでディンキジクとは反対側に控えていたイェルナクが、ムズクをしてこのようにしてしまった報告を齎したアーディンに尋ねた。
「それで、敵はどうなった!?」
「は、
「ではここへ攻めては来ぬのか?」
「ドナートが申すには、
アーディンはイェルナクからの
アーディン自身は伝令として『バランベル』へ戻り、オクタルの命じた通り出港準備が整うまで後方で待機していたのだから詳しい戦況は知らなかった。出港準備が整った事を告げに基地正門へ向かう途中で敗残兵を引き連れて後退してくるドナートとすれ違い、オクタルの死を知らされたのだった。
「ドナートとは何者だ?」
イェルナクは眉をひそめた。それは聞き覚えの無い名前だった。この初老の男はハン族ではあるが、自身はホブゴブリンの貴族であり、ゴブリンを見下している。
ハン支援軍の
「ドナートは騎兵隊長だ。
今回は
王の膝元に両刃斧を頭を下にして立て、王の右手にその柄を握らせると軍事作戦の実務を担当しているディンキジクが立ち上がって説明した。
ドナートを騎兵隊長に
「騎兵という事は
「たしかに彼はゴブリンだが、勘の良い戦士だ。
戦場に在って冷静沈着、戦況を良く見極め、果断に大胆に行動する。
そしてダイアウルフを良く乗りこなし、ダイアウルフも彼に従う。」
汚らわしいゴブリンの名を聞かされたことに不快感を隠そうともしなかったイェルナクだったが、ディンキジクのこの一言には黙らざるを得なかった。
ハン族においてダイアウルフを自在に乗りこなすのは一流の戦士の証とされる。そしてダイアウルフを従えるのは一流の将の証とされている。
ダイアウルフは言葉こそ話せないが頭が良く、プライドが高く、たとえ
そして、残念ながらイェルナクに従うダイアウルフはいなかった。ダイアウルフがイェルナクの言う事を聞くのは、戦場ではない場所で餌をくれる時に限られる。
「ど、ドナート・・・」
ムズクの目は光無き闇夜を見つめるように
「は、陛下には御記憶がおありでしたか?」
絞りだされるような
「うむ、忘れるものか。
かの惨劇の夜、ダイアウルフを駆って余を逃がし、甥のブラダを救った勇者であろう。」
「仰せの通りにございます。」
ムズクの兄ルーアがハン支援軍を率いていたころ、やはりレーマ帝国からの離反を試みたことがあった。演習と称してアルトリウシアの南に広がる平野へ全軍で移り住んだ。そこは背の高い
しかし、いざ移り住んでみるとそこは湿原。至る所に川が流れ、池や沼が点在し、海面水位が高まると全体の半分が水没する。夏は蚊も多く、決して理想的な環境では無かった。
最悪なのは、平野のすぐ南は
ある夜、ハン支援軍のキャンプはアリスイ氏族の軍勢による襲撃を受けた。
ハン支援軍将兵だけで約三千、家族も含めれば一万はいたはずのハン族は一夜にして過半数を殺され、バラバラに蹴散らされた。その時の族長ルーアも討ち取られてしまった。
ダイアウルフとゴブリン騎兵は地獄のような混乱の中で奮戦し、ハン族を全滅の危機から救った。
ドナートはその中の一人であり、混乱の中で
ムズクはそのことをよく憶えていた。
「ドナートを、これへ」
「王よ!その者は
ドナートを召喚しようとするムズクをイェルナクが
高貴な
だがムズクの気持ちは変わらなかった。
「よい、
謁見を許す。」
ムズクの言を受け、ディンキジクが
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