第719話 不吉な報告

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



サウマンディア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・サウマンディイアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウス閣下である。

 お答えしろ!」


 怯えているのか、それともただ単に戸惑っているのか、集められた住民たちはアッピウスと軍団兵レギオナリウスたちをランツクネヒト族に特徴的な大きな目でキョロキョロと見ていたが、彼らを連れてきた百人隊長ケントゥリオにそう促されると一度互いの顔を見比べ、そしてアッピウスの方に向き直って一人が思い切ったように答えた。


「わ、わしらはブルグトアドルフの住民です。

 街が、盗賊どもに襲われたもんで、片づけをしておりやした。」


「ブルグトアドルフが襲われた話は聞いておる。

 それで、街はいったん放棄し、住民全員でシュバルツゼーブルグへ避難したのではなかったのか!?」


 マルクス・ウァレリウス・カストゥスの報告と違うではないか‥‥‥アッピウスは座輿セッラに腰掛け、頬杖を突いたまま憮然とした表情で尋ねる。


「へ、へい‥‥‥そうなるところだったのですが、一昨日の戦で‥‥‥」


「一昨日の戦だと!?」


 住民の説明はまだ途中だったがアッピウスは驚き、眉間にしわを寄せてやや大きい声をあげ、説明を途中で遮った。


「一昨日も盗賊どもが襲ってきたと申すか!?」


「へいっ、ここに潜んで伯爵公子様のご一行を待ち伏せしたんでございやす。」


 マルクスの報告では『勇者団』ブレーブス率いる盗賊団の勢力はおおよそ三百人、その大半がアルビオンニウムでの戦で討ち取られるか捕虜になったとのことだった。残兵力は百人も居ないでしょう‥‥‥マルクスのその報告が正しければ、盗賊団は実質全滅したようなものだ。構成人数の三割も減れば、その集団は額面上の戦力を発揮できなくなり、事実上「全滅」の判定を下される。それが軍事上の常識だった。盗賊団は三割どころか六割以上の損失を出したのだから、もはや作戦能力など喪失したとみて間違いない。

 当然、アッピウスはアルビオンニアに渡ってくる前から、盗賊団は消滅したものと考えていた。せいぜい、『勇者団』を名乗るハーフエルフたちを捜索する上で、「逃げ延びた盗賊団の掃討」を名目として利用しようという程度にしか考えていなかった。

 それがよもや、待ち伏せとはいえ積極的に攻撃を仕掛けてくるなど、想像も及ばない戦意の高さである。どの国の正規軍でも戦力の過半数を失って間もないうちに攻撃を仕掛けるような真似はしないだろう。


「伯爵公子を待ち伏せたと言ったな!?」


 アッピウスは頬杖をつくのをやめ、思わず身を乗り出す。


「へ、へい」


「その戦、どうなった!?」


 住民たちは互いの顔を見合わせ、再びアッピウスの方を見直して答えた。


「そ、そりゃあ、盗賊どもは追い散らされました。」


 当たり前といえば当たり前な結果である。


 自分は何を期待したのだ‥‥‥


 アッピウスは乗り出していた上体を引き、口をへの字に結んだ。そしてフーっと鼻から息を吐くと、落ち着きを取り戻したかのように上体から力を抜き、もう一度尋ねなおす。


「詳しく申せ、知っている限りのことすべてだ。

 盗賊どもの人数はどれほどだった?

 戦はどう始まり、どう終わった!?」


「へい‥‥‥ま、待ち伏せしていたのは百人ぐれぇだったと聞いておりやす。

 そいつらが街ン中に潜んで待ち伏せておりやして、伯爵公子様のご一行が街に入った途端に一斉に襲い掛かりやした。

 ワシらはスパルタカシア様のご一行に付き従って半マイルも離れておったんで、詳しい様子はわかりやせんでしたが、鉄砲の音や爆弾の音が聞こえて、街に火の手が上がるのを見やした。」


 短小銃マスケートゥム投擲爆弾グラナートゥムで反撃したということか‥‥‥

 短小銃はともかく、盗賊相手に投擲爆弾とは大げさな‥‥‥

 さては奇襲を受けて狼狽うろたえおったな‥‥‥


 アッピウスは甥っ子カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の戦いぶりを想像し、反撃したところまでは感心したものの投擲爆弾まで使ったらしいことに現場の混乱ぶりを察すると、不満げにフンと鼻を鳴らし、再び頬杖をついた。


「聞いた話じゃあ、左右の建物の一階や二階の窓から続けざまに鉄砲を撃たれ、爆弾投げられて、伯爵公子様をお守りする兵隊さんたちも随分と‥‥‥」


「待て!

 鉄砲や爆弾を使ったのは盗賊どもの方なのか!?」


 アッピウスは再び驚き、上体を再び起こして目を丸くする。


「へ!?‥‥‥へい‥‥‥奴らぁ中継基地スタティオ襲って鉄砲や爆弾をありったけ奪っておりやしたんで、そいつを使っておりやして‥‥‥

 何十丁もの鉄砲で交代でつるべ撃ちにしてきやがったそうで‥‥‥」


 狭い街に侵入した車列が左右に並ぶ建物から一斉に銃撃を受ける‥‥‥その悪夢のような状況に想像が及ぶとアッピウスの顔はサァーッと青くなった。

 レーマ軍は魔道の盾を装備している。この世界ヴァーチャリアで実用化し、量産に成功した数少ない成功例の一つで、レーマ軍の象徴的装備である。大きく分けて二つあり、一つは重装歩兵ホプロマクスが装備する大楯スクトゥム、もう一つは軽装歩兵ウェリテスが装備する円盾パルマだ。どちらも装備者から魔力を強制的に奪って飛んでくる矢玉を魔法の力で減速させる効果があり、大楯の方が大きく重く持ち運びに難いが、矢玉を減速させる魔法効果の及ぶ範囲が広く、円盾の方は減速効果の及ぶ範囲が狭いが盾そのものは小さくて軽く、持ち運びも運用も容易となっている。

 盾に仕込まれた減速魔法の効果は絶大で、大砲から放たれた砲弾であっても減速させ、命中する前に地面に落とすことも可能だ。が、減速する量はその砲弾が魔法効果を受けている時間に比例する。遠距離から飛んでくる砲弾は盾の持つ減速魔法に晒される時間が長くなるため、目標に届く前に運動エネルギーを失って地面に落ちてしまうが、距離が短くなれば減速魔法に晒される時間が短くなるため減速が間に合わず、高い運動エネルギーを保ったまま着弾することになってしまう。

 比較的広い軍用街道ウィア・ミリタリスとは言え左右に建物が林立する宿場町で建物の窓から射撃を受けるのである。


 射距離は二ピルム半(約四・六メートル)もなかったはずだ‥‥‥


 それは魔道の大楯マギカ・スクトゥムを並べて密集隊形テストゥドを組んでも弾丸を減速させるには不十分な至近距離である。ましてカエソーが率いていたのは円盾しか装備していない軽装歩兵だ。本来なら魔道の大楯マギカ・スクトゥムは密集隊形を組んで並べることで減速魔法の効果範囲重複させ、一発一発の砲弾に対して複数の盾による魔法効果が相乗的に及ぶようにすることができる。が、魔法効果範囲の狭い円盾では個々の魔法効果範囲が狭いため、密集させても相乗効果を発揮しにくい。


 銃弾はほとんど減速されることなく、威力を保ったまま届いたはずだ。

 しかも、投擲爆弾まで使っただと!?


 いかなレーマ軍団兵レーマン・レギオナリウスとはいえ、ただで済むはずがない。


「そ、損害は!?

 カエソーは無事だったのか!?」


 アッピウスは初めて甥の身を案じ、血相を変えて身を乗り出した。


「へ、へい‥‥‥なんでも、伯爵公子様の馬車が真っ先に狙われたそうで‥‥‥」


「何だと!?」


「伯爵公子様も銃弾を受けて深手を負われたとか‥‥‥」


「!?」


 思わず座輿の上に立ち上がったアッピウスは一瞬、目の前が暗くなるのを感じた。

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