動き出したアッピウス

第718話 不審な住民たち

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 サウマンディア軍団長レガトゥス・レギオニス・サウマンディイのアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウスは率いていた部隊の半数にアルビオンニウム周辺の捜索活動継続を命じ、自身は残り半分の二個百人隊ケントゥリアエを直率して南へ足を延ばしていた。アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスから、『勇者団』ブレーブスに関する情報を得たためである。

 セプティミウスはルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアに同行してアルトリウシアからアルビオンニウムへ来る途中、シュバルツゼーブルグに宿泊して以降、ずっと『勇者団』からの触接しょくせつを受け続けていた。そしてブルグトアドルフで初めて本格的な襲撃を受け、その翌日にアルビオンニウムでの大規模な戦闘が発生している。つまり『勇者団』の活動地域はアルビオンニウムに限定されているわけではない。

 そして、『勇者団』はおそらくアルビオンニウムで降臨を起こそうと画策しているようだが、アルビオンニウム近郊で発見された彼らのアジトは放棄され空き家になっていた木こり小屋であり、長期の滞在や物資の集積には適していない。『勇者団』が使役している盗賊どもがもともとシュバルツゼーブルグ近郊で活動していた連中であったことだし、おそらく『勇者団』の活動拠点はアルビオンニウムよりも南にあるのではないかとアッピウスは予想したのだった。


 途中、放棄された第ニ中継基地スタティオ・セクンダに立ち寄り、念のために入念な調査を行い、その後ブルグトアドルフまで進出。今日はこのままブルグトアドルフとその周辺を調査し、夕刻までに確保した第二中継基地へ一旦戻って宿泊する。

 本当ならブルグトアドルフか、ブルグトアドルフのすぐ南にある第三中継基地スタティオ・テルティアにそのまま宿泊するのが無駄が無くていいのだが、何せアッピウスたちには土地勘が無い。周囲に『勇者団』と『勇者団』が使役する盗賊団が潜んでいるかもしれないのに、周辺地理も確認できていない土地に宿泊するのはいくらなんでも不用心すぎる。かといってアルビオンニウムまで戻るとなるとブルグトアドルフで十分な調査活動を行うための時間が確保できない。このため、アルビオンニウムからは離れているが、昨日の時点である程度周辺地理を確認し、今日さらに調査を重ねて周辺の安全を確認できている第二中継基地を暫定的に拠点として活用することにしたのだ。


 今朝はかなり早い段階でアルビオンニウムをったものの、第二中継基地の周辺での調査に時間を取られてしまったアッピウスの部隊がブルグトアドルフに到着したとき、太陽はすでに天頂を少しばかり通り過ぎてしまっていた。


「ん、なんだあれは!?」


 ブルグトアドルフの街を視界に収めたアッピウスは、軍団兵レギオナリウスの担ぐ座輿セッラの上から思わず身を乗り出した。

 アッピウスはかつて幾度かブルグトアドルフの街を訪れたことがある。街に訪れたというか、通過したのだ。過去に幾度か行われた対南蛮戦に加勢するため、アルビオンニアにサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが派遣された際に、彼もそこに加わっていたのだ。

 ブルグトアドルフは通過したことがあるだけだったので詳しく知っているわけではないが、一応街並みや周辺の景観などは見覚えがある。彼の目に映る街並みはつい最近の盗賊団の襲撃によって荒らされており、いくつかの建物は破壊され黒く焼けてしまっていた。だが、アッピウスが疑問を抱いたのはそこではない。アッピウスは一昨夜に行われたブルグトアドルフでの戦闘については未だ知らなかったが、その前のルクレティアがアルビオンニウムへ向かう際にブルグトアドルフで遭遇した盗賊団による襲撃事件についてはセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスから話に聞いて知っていたからだ。アッピウスが奇異に感じたのは街並みの荒廃ではなく、そこに住民らしき人影が見えたからである。


「あいつらは何者だ!?

 おい!先行してあいつ等を捕まえろ!

 盗賊団の一味かもしれん、油断するなよ!?」


「ハッ!」


 アッピウスが命じると、すぐ近くにいた百人隊長ケントゥリオが威勢よく返事をし、即座に部下たちに「続け!」と命じつつ自ら駆け出していく。


「オイ、ここで停止だ!

 周囲の警戒を厳とせよ!」


 斥候を放ったアッピウスは座輿を担いでいる軍団兵に命じ、残った部下たちに周囲への警戒態勢を取らせつつ、座輿の上から部下を引き連れて駆けていく百人隊長の後ろ姿と街の様子とを凝視した。

 百人隊長はアッピウスが見つけた住民を捕まえ、いくつか言葉を交わしたと思ったらその住民に数人の部下を付け、さらに街の中へ突入して行った。


「どうしたんだ?

 何をやっている?」


 おそらく何かを見つけたのだろう。だが何を見つけたというのか?

 “敵”を見つけたのなら、いきなり自分たちだけで突撃していくとは考えにくい。アッピウスの部下たちは一応“敵”の正体について知らされていた。そして、軽々しく攻撃するなとも命じられていた。


 アッピウスの兵士たちは全てを知らされているわけではない。ムセイオンからゲイマーガメルの血を引く聖貴族たちが脱走しており、どうやら先々月のメルクリウスの正体らしいということと、彼らを捜索し身柄を保護しなければならないという目的は教えられている。ここ数日、アルビオンニウムを中心に異常に勢力を増した盗賊団が暴れていることも教えられている。だが、盗賊団を率いているのがその聖貴族たちであることは教えられていなかった。それはさすがに醜聞が過ぎるし、万が一にでもその事実が明るみになり、庶民に知られる事態になれば収拾がつかなくなる。

 ひとまず『勇者団』と盗賊団の関係はあえて伏せておき、アルビオンニウムやブルグトアドルフを中心に起きた一連の事件は盗賊団の仕業とし、『勇者団』は事件とは無関係の存在として処理するつもりでいるのだ。軍団兵の口からうっかり真実が漏れてしまう可能性は回避せねばならない。


 できることなら、領主であるエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人にも知られないまま事件を処理してしまいたかったが、アルトリウシアから飛んできた伝書鳩により、どうやらリュウイチがルクレティアに付けた《地の精霊アース・エレメンタル》を通じて事態はエルネスティーネに知られてしまっていることが分かっている。領民を殺され、領地を荒らされたエルネスティーネがどう反応するかはまだ分からないが、常識的に考えれば『勇者団』を簡単には許さないだろう。さすがにこの世界ヴァーチャリアで最も高貴とされる聖貴族の処刑を要求するようなことは無いとは思うが、ただで解放しようとするほどお人好しなわけはない。下手に騒がれれば間違いなく面倒くさいことになってしまう。

 だが、エルネスティーネだってアルビオンニアを治める属州女領主ドミナ・プロウィンキアエである。領主として利益を冷静に考えるだけの器量はあるはずだ。『勇者団』のスキャンダルが世間に知られぬまま、事態を盗賊団の仕業ということで片づけることができるのならば、条件次第で交渉に応じるはずである。


 そのためにサウマンディウムから軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムのマルクス・ウァレリウス・カストゥスが使者として派遣されているし、その交渉を優位に進めるためにも、エルネスティーネが対応に乗り出すより早く『勇者団』の身柄を確保し、サウマンディウムへ連れ出さねばならない。『勇者団』がメルクリウス騒動の容疑者である以上、捜査の優先権はサウマンディア側にあるのだし、サウマンディアへ連れ出してしまえばエルネスティーネも無理な要求をしてこれなくなる。アルビオンニアの最大の支援者であり貿易相手でもあるサウマンディアとの関係を悪くしてまで、領民の仇をとろうとはしないだろうからだ。


 とまれ、レーマ軍に歯向かう凶暴な盗賊団が跳梁ちょうりょうしている他人の領地で、高貴な聖貴族を捜索して身柄を保護するという任務を軍団兵たちは担っていた。そして、その聖貴族がメルクリウス騒動の容疑者である以上、下手に接触すると何らかの勘違いで魔法攻撃されるかもしれないという注意喚起もされていた。その彼らが、何か怪しい人物を見つけたからと言って少人数で不用意に突っ込んでいくとは思えない。


 見つけたのが盗賊団や『勇者団』なら引き返してくるはずだ。

 何を見つけたというんだ?


 疑問を抱くアッピウスのもとへ、やがて百人隊長は部下とともに複数の住民を引き連れて帰ってきた。八人ほどの住人は不安そうにアッピウスと、アッピウスが率いているサウマンディア軍団の兵士らを見回している。


軍団長閣下レガトゥス・レギオニス

 ご命令通り、街にいた住民ども全員を捕まえてまいりました!!」


 百人隊長はアッピウスの前で見事なローマ式敬礼をすると元気よく報告する。


「う、うむ‥‥‥」


 たしかに『あいつ等を捕まえてこい』とは命じたが、だからといって‥‥‥


 アッピウスは事情を知るために、目に留まった連中を連れてくるように命じたつもりだったのだが、百人隊長はアッピウスの言った『あいつ等』を拡大解釈したようだ。

 誇らしげな百人隊長に呆れつつ、アッピウスは気を取り直して住民たちへ視線を移す。全員がヒトであり、肌の黒いランツクネヒト族だった。八人のレーマ人に比べて大きな瞳がアッピウスの方へ向けられるが、その眼には不安と怯えが浮かんでいる。

 アッピウスはフゥーッと不満そうにため息をつくと、住民たちに問いかけた。


「それで、お前たちは何者だ。

 あそこで何をしていた?」

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