第311話 母子再会
統一歴九十九年四月二十八日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
あたりは明るいが時折冷たい雨がちらつくアルトリウシアらしい秋空の下、マニウス街道を南下してきた豪華な馬車の車列は、
常に世間に対して権威を示さねばならない
車列はアルビオンニア
誰よりも大切なたった一人の跡取り息子の事を、エルネスティーネは片時も忘れたことはない。それどころか前回
何しろ、カールは生まれて初めて家族の下を離れて暮らしているのである。いくら侍女たちはそのままカールの側に仕えているとはいえ、普段から気にかけている存在が急に目の届くところから居なくなって気にならない方がおかしいだろう。
だから
本当は
予定されていた会議は急がねばならないようなものでもなかった。元はと言えば、
「
ルキウスにそう言われたとき、エルネスティーネは内心で喜びが沸き起こるのを抑えきれなかった。そんな自分に後ろめたいものを感じつつ、エルネスティーネは遠慮しようとする。
「でも…」
「実は次の会議で話すべき議題の一つが、まだ準備ができていなくてね。
むしろ、一日二日延期してくれた方が無駄が無くせそうなのだよ。」
アナタのその様子では話に身が入らないだろう…と、正直に指摘すればエルネスティーネは却って意固地になっただろうし、恩着せがましくしてもエルネスティーネは余計に遠慮しただろう。あくまでも自分の方の都合がつかないからという形にすることで、ルキウスはエルネスティーネに会議の延期を認めさせた。
むろん、そうしたルキウスの気遣いに気付かないエルネスティーネではなかったが、彼女は素直にルキウスの申し出を受けることにした。
別室に待機させていた娘たちを迎えに行き、そこから一緒に裏口を通ってカールの待つリュウイチの
落ち着くのよエルネスティーネ。さっきみたいな失敗は許されないわ。次の相手は《
「まあ、カール!!」
「母上!!」
思わず両手を広げて駆け寄り抱きしめる。
ついさっき「失礼のないように」と厳しい顔で注意しておきながら、秒でそれを忘れてしまった母親の後ろ姿に、長女ディートリンデは呆れを隠し切れない。
「母様!!」
しかし、エルネスティーネにその声は届いていなかった。愛しい息子を抱きしめ、目に涙をにじませながらキスと抱擁を続ける。
『いいんだよ…えっと、ディートリンデちゃんだったかな?』
「はい、憶えていただいて光栄に存じます、リュウイチ様。
ディートリンデ・フォン・アルビオンニアでございます。
弟のカールがお世話になっております。」
リュウイチにそういわれたディートリンデはリュウイチの方を向くと背筋をピンと伸ばし、スカートをわずかに摘まみ上げてお辞儀した。ランツクネヒト族の女性の挨拶であった。
『はい、ご丁寧にどうも。元気にしてたかな?』
「ありがとうございます。
おかげさまで心健やかにすごさせていただいております。
リュウイチ様の方こそご機嫌いかがでございましょうか?」
『はい、おかげさまで快適にすごさせていただいております。』
「リュウイチ様、こちらは妹のエルゼでございます。
エルゼ、さあご挨拶よ、できる?」
十二歳の子供にしてはヤケにちゃんとした挨拶に貴族おそるべしと内心舌を巻きながらリュウイチは苦笑いを浮かべる。ディートリンデは妹を呼び寄せると、その両肩に手を置いて挨拶させようとする。
「エルジェ・フォン・アユビオンニヤです。」
エルゼはリュウイチの顔をジッと見上げたまま教えられた挨拶を口にする。まあ、三歳児ではこんなもんだろう。
『はい、御機嫌よう。』
リュウイチがしゃがみ込んで微笑むと、エルゼはペコっと頭を下げてからディートリンデの後ろへサッと隠れてしまった。
「エルゼ!駄目よ、もう…ご無礼をお許しください、リュウイチ様」
『いや、大丈夫だから気にしないで。』
謝るディートリンデにリュウイチが頭を掻きながら慰めると、カールとの再会の抱擁に満足したらしいエルネスティーネが立ち上がり、リュウイチに改めて挨拶をしはじめた。
「リュウイチ様、カールの世話をしていただきありがとうございます。
深く御礼申し上げます。」
『いえ、そういう約束ですからお気になさらずに…さあ、ここでは何ですから奥へまいりましょう。』
たった四日、たった四日会わなかっただけだが、それでもエルネスティーネとカールの母子にとって初めての別居であり、四日ぶりの再会はこれからも続くであろう長い人生の中での記念すべき一大イベントであった。
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