第576話 エイー・ルメオの報告

統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム



「「「「《森の精霊ドライアド》ぉ~!?」」」《地の精霊アース・エレメンタル》じゃなくてか!?」


 てっきりナイスたちが《地の精霊》に襲われたんじゃないかと思っていたのに予想外の名前が出てきてティフ達は眉をひそめる。


「はい、最初は《地の精霊》みたいな気配だったし、てっきり《地の精霊》だと思ったんですけど…ドライアドが俺たちの前に姿を現わして…」


「姿を現わした!?」

「見たのか!?」

「ドライアドを!?」


 人間に姿を見せる精霊エレメンタルは滅多に居ない。それだけで無駄に魔力を消費するからで、彼らもこれまで精霊の姿を見たことは無かったし、姿を見たという話も昔話でしか聞かない。それがここ数日でファドに姿を見せた《地の精霊》、そしてティフ達の前に現れたアルビオーネ、さらにエイーに姿を見せた《森の精霊》と立て続けに三柱である。彼らが驚くのも無理はなかった。


「はいっ!なんか、人間の女の子みたいな見た目でした。

 緑色に光ってて…で、森の外へ出してやるとか言って…」


「《地の精霊》じゃなかったのか!?」


 ひょっとして《地の精霊》を《森の精霊》と勘違いしているだけなんじゃないのかとティフは疑ったが…いや、期待したと言った方が正確だろう…期待してエイーに尋ねたが、エイーはティフの期待には応えなかった。


「はい、ナイスが、お前があの《地の精霊》か?って訊いたんですけど、そしたら自分は精霊エレメンタルだけど《地の精霊》様じゃないって…

 この森のドライアドだって言ってました。」


「・・・・・・・」


「……そ、それで?」


 エイーの答えに顔色を青ざめさせ、手を口に当てて黙り込んでしまったティフの代わりにスモルが続きを促した。


「は、はい…それで、ナイスがこのドライアドは敵だって判断して…」


「何で!?」


 ティフが信じられないと言う風に声を上げる。《地の精霊》、そしてアルビオーネと戦って自分たちに姿を見せる精霊がどうやら次元の違う強さだと知ったティフは、まさかこちらから喧嘩を売ったのではないかと気が気ではなかった。かないそうにない強者をわざわざこちらから敵に回したりしていたら、この先何もできなくなってしまう。この時、ティフは自分がアルビオーネに無謀な戦いを挑んでしまったことはすっかり忘れていた。

 ティフの様子に只ならぬものを感じてエイーは狼狽うろたえながらも説明を続けた。


「あ、あの俺たち、ドライアドが姿を現わす前から森の中で迷わされてたんです!

 あと《木の精霊トレント》の群れにも襲われてたし!」


「「「「トレントォ~!?」」」」


「そ、それは間違いねぇです旦那方ドミニ!」

「ええ!アタシらも見やした!!」


 物語の中でしか見たことのないトレントの名前が出てきたことでティフ達がふたたび眉を寄せて疑うように声を上げると、即座に脇で様子を見ていたクレーエとエンテの二人が相次いでエイーをかばった。

 突然話に割り込んできた盗賊たちの言葉を聞いてティフ達が一斉にクレーエたちの方を向くと、クレーエたちはギクリとして「ヤバイっ!」とばかりに二人は後ずさって黙り込む。何を勝手に口挟んで来てんだ?と、にらまれた様な気がしたからだ。


 いけねぇ、つい口出しちまった…


 に余計な関わり持っちゃいけねぇ…


 ティフ達にそういうつもりはなかったのだが、勝手に委縮いしゅくしてしまった二人を見つめたままのティフたちにエイーは話を再開した。


「と、とにかく!

 ナイスはそのドライアドが森に結界を張って出られないようにしてるんだって、出してやるって言ってるのは罠で、素直に案内されたら捕まってしまうって言って、それで…」


「それで…どうした?」


「ナイスが弓でドライアドを…」


「攻撃したのか!?」

たおしたのか!?」


 ティフは「勘弁してくれ」と言わんばかりに唖然とし、そしてスモルの方は英雄譚をせがむ子供の様に目を輝かせてエイーの話の続きを急かした。エイーは思わず二人の反応の違いに戸惑い、同時に勢いに飲まれそうになってしまいながらも、話を続ける。


「いやっ!あの!

 弓で…マジック・アローで攻撃しました。」


「・・・・・・・」

「おおっ!」


 ペシッと音を立ててティフは自分の顔を手でおおい、目を閉じて天を仰ぐ。それとは対照的にスモルは興奮の度合いを高め、小さく歓声をあげた。


「でも、矢は…マジック・アローはかわされてしまいました。」


「ナイスのマジック・アローを!?」

「避けたのか!?」

「まさか!」


 マジック・アローは普通の矢と違って銃弾並みに…いや、多分銃弾よりもずっと速い。しかもナイスの魔導弓から放たれるマジック・アローは百発百中の命中精度を誇る必中必殺の攻撃だ。『勇者団』の誰であれ、あれを至近距離で放たれて避けられる者など居ない。それなのにそれを躱されたというのは信じられる話ではなかった。

 それが分かっているからこそ、エイーは信じてもらえないんじゃないかと不安がるように説明を重ねる。


「当たる直前にドライアドは姿を消して…マジック・アローはドライアドの後ろに立っていた木に当たりました。」


「「「「・・・・・・」」」」


 話を聞いていた『勇者団』の四人はエイーの顔をまっすぐ見つめたまま思わず黙りこくる。距離があるなら、まだ避けられる可能性はあるだろう。だが、森の中での戦闘ということは距離はそんなに離れていない筈だ。エイーはその時の距離などを説明していないが、多分二十メートルと離れていなかったに違いない。


「ぐ、偶然姿を消すタイミングだったとか?」

「いや、そもそも幻術だったんじゃないですかね?」

「そうか、精霊だから実体ってわけじゃないもんな…」


「そ、それでどうした!?」


 スモル、スタフ、スワッグの三人がドライアドがマジック・アローを避けたという話の吟味ぎんみが始まったのを打ち消すようにティフが続きを促す。


「はい、その後、トレントの群れが現れて…ナイスと二人で逃げました。」


「そう!トレントだよ!!

 あの森に居たのか!?」


 スモルが食いついてきた。トレントは御伽噺の中にしか登場しない伝説的なモンスターであり、彼らは実物を見たことが無い。樹齢数百年の老木に精霊が宿ってモンスター化したものと考えられているトレントが、あの見るからに若い木しか生えていない森にいるとは信じがたいものがあった。まして群れになって襲って来たなどと…


「居ました!

 そこの盗賊たちも見たって言ったでしょう!?」


「いや、幻術とかじゃないのか?

 ホントは居ないモンスターが居るようにまぼろしをみせたとか?」


 ムキになって答えるエイーに今度はティフが慎重に尋ねる。


「いえ、ブルーボール様。たしかに居ました。

 ナイスが攻撃して、その攻撃がちゃんと当たってました!」


 ムセイオンにも幻術を使える者がいる。幻術によって生み出されるモンスターは文字通りの幻であり、立体映像のようなものだ。確かに居るようにしか感じられないが所詮は立体映像のようなものであり、実体がない以上触れることはできないし攻撃も通じない。あらゆる攻撃はすり抜けてしまうのだ。攻撃が当たったように術者が幻を調整することは出来るかもしれないが、それはかなりな手間でしかも予めこのタイミングでこの攻撃がここに来ると事前に分かっていなければならず、実戦でそのように調整することなんて現実的ではない。不可能と言っていいだろう。

 にもかかわらず攻撃がちゃんと当たっていたということは、それは幻術などではなく、きちんと存在していたことの何よりの根拠だ。


「攻撃が当たった!?」

「一体くらいトレントをたおしたのか!?」


 伝説のモンスターとの戦闘にスモルやスワッグたちは興味津々である。だが、エイーからすれば「自分は死ぬような目に遭ったのに何でこの人たちはこんなにうれしそうなんだろう」という疑問しか湧いてこない。その疑問をこの時エイーは自覚することはなかったし、後に『勇者団』に対して疑問を抱くようになった際に強く意識することになるのだが、それはまた別の話である。

 この時はエイーは場の雰囲気に流され、ただ見たこと聞いたこと感じたことを報告するだけだった。


「いえ、相手が大きすぎたので…しかも数が多いから斃しきる前に次のトレントが現れて…」


「でも、攻撃は当たったんだろう!?」

「そうだ!ダメージは与えてたのか!?」


「ま、まあ…丸太のまとに当てた時と同じですよ。

 バンッって小さく弾けて、それでこれっ位の穴が開いて…

 でも相手は一抱えもある大木ですからね。全然、ひるみもしなくて…」


 エイーは両手の親指と人差し指で直径十センチくらいの輪ッかを作って見せた。

 エイーのその話はナイスがムセイオンで彼らに自分のマジック・アローを披露した時の様子を思い出させた。百メートルは離れていた場所に突き立てた丸太をナイスはマジック・アローで撃って見せたのだが、その時攻撃が命中した丸太にはやはり直径十~十二センチくらいの、ちょうど拳が入るくらいの大きさの穴が開いていた。それは小型の大砲並みの威力と言っていいだろう。それと同じ攻撃が出来ていたと言う事は、特にナイスのコンディションが悪かったと言うわけでもないようだ。

 にもかかわらずトレントを一体も斃せなかった…つまりナイスでは手も足も出なかったと言う事だ。歯の立たない相手が群れになって襲って来たとなれば逃げるしかなかったのも仕方ないと言えるだろう。


 遠距離攻撃に限ってはペイトウィン・ホエールキングを抑えて『勇者団』で一番の実力を誇るナイス・ジェークの攻撃が通じなかった…それは『勇者団』のメンバーを愕然とさせるには十分であった。

 スモルたちが言葉を失い唖然としたことで、ようやく話したいことを話せる機会を得たエイーはティフに向き直って話をつづける。


「それで、トレントの追撃が止んだ一瞬の隙にナイスがを俺に渡して、トレントは自分が引き付けるから、その間に森から脱出してみんなを呼んできてくれって…」


 エイーは自分の指に嵌った三つの『魔力隠しの指輪』のうち、ナイスから預かった一つを抜き取ってティフ達に突きつけた。


「それで別れて、俺はコイツらと森の中でバッタリ出くわして、それで脱出できたんです。

 今もまだナイスの奴は戦ってるんです!

 ブルーボール様!ソイボーイ様!!

 ナイスを、ナイス・ジェークを助けてください!!」

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