第1263話 不可解な遠慮
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
正面を向いて歩き続けるグルグリウスの背中は、心なしか寂しそうに見えた。グルグリウスの背中からヨウィアヌスへと移されたカルスの目には、どこかヨウィアヌスを責めるような色が浮かんでいる。そうした二人の反応はヨウィアヌスの期待したものとは異なっていた。いや、ヨウィアヌスが何を期待してあんな話をしたのか、彼自身既に忘れてしまっている。だが、こういう反応を期待していたわけではなかったのは確かだ。
「な、何だよ!?
ホントだぞ!?」
「リウィウスはもうそれほどの歳なのですか?
まだお若いように見えましたが……」
ヨウィアヌスが言いようのない後ろめたさに弁明を試みると、グルグリウスが前を向いたまま振り返りもせずに尋ねた。
「え!?
あー……どうだろうな、たしか
でももうすぐ満期除隊だって言ってたから四十かそこらじゃねぇの?
少なくとも三十台後半のはずだぜ」
グルグリウスの質問にヨウィアヌスは記憶をたどりながら答えた。リウィウスが孤児らしいという話は聞いたことも無かったのでカルスも軽く驚き、目を見開いた。
リウィウスが
しかし……そうだとしても……
グルグリウスは溜息を噛み殺す。
相手に迷惑をかけるから友達を作らない?
相手に“借り”を作るばかりで返せないから友達にならない?
相手の負担になるから距離を置くというのか?
それは……なんか違う……
胸の奥に何かモヤモヤと不快なものが沸き上がって来るのをグルグリウスは禁じ得なかった。
インプはか弱く力は無くとも、それでも請け負った仕事は成し遂げようと全身全霊を傾けた。どれほど困難であろうとも、知恵と勇気をもって、大きなことでも成し遂げるのだ。
小さく、弱く、力に
しかし、人間は違うというのか?
グルグリウスは歩き続けながらも目を閉じ、額に手を当てた。
いや、確かにヨウィアヌスの言うこともそうなのかもしれない。
インプは成し遂げられるという自信があった。だから非力な自分、弱い自分にも自信が持てたのかもしれない。それは、若かったということなのか?
一つの現実に気づいたグルグリウスは額から手を降ろし、目を開ける。だがその開かれた目は視線を泳がせるばかりで何も見ていない。
そう、彼は「老い」を知らなかった。インプは「老い」を経験することがない。インプはその脆弱さゆえに、老いる前に死んでしまうのが常だからだ。皆、若さを保っているうちに死んでしまう。
インプは集合知を持っている。他のインプが死ぬ時の記憶を、生まれてくる時に引き継ぐのだ。それが実際に前世の自分なのか、それとも全くの他人の記憶を引き継いでいるだけなのかは分からないが、しかし一つの種として、何百何千の生を生きて来たという自覚は持っていた。ゆえに、たくさん生きて来たという自負はあった。だがそれは長く生きて来たのとは違う。
インプは老いの苦しみを、それが突き付けてくる現実というものを、もしかしたら知らないままなのかもしれぬ……
一瞬だが、リウィウスは老いの苦しみから孤立しかかっており、友として救わねばならないのではないかとグルグリウスは思っていた。リウィウスやヨウィアヌスたちはグルグリウスが仕える《
しかし、自分はたくさん生きて来たにもかかわらず、老いの苦しみについて知らないままなのだとしたら、グルグリウスの試みはリウィウスを却って苦しめることになるのかもしれない。
「う~~~~む……」
予想だにしていなかった難問に思いもかけず直面したグルグリウスは思わずうなった。ゴロゴロと、地の底で何かが転がるような不気味な響きを持った彼の唸り声は思わずヨウィアヌスを驚かせる。しかし、ヨウィアヌスをそれ以上に驚かせたのはカルスの反応だった。
「俺ぁ分っかんね!」
まるで何かを投げ出すかのような声をカルスが唐突にあげ、グルグリウスとヨウィアヌスは注意を奪われる。
「わ、分かんねぇって何がだよ?」
ヨウィアヌスは元々、急に小うるさいことを言いだしたカルスを黙らせるためにリウィウスの話を持ちだしたはずだ……厳密にいうと実際は少し違うのだが、本人はそのつもりであった。なのにカルスがこうも反発するとは全く予想できず、おもわず
「……分かんねぇ!」
カルスの反発に反射的に反発で返してしまったヨウィアヌスだったが、しかしカルスの反応は要領を得ない。
「わ、分かんねぇって、だから何が分かんねぇんだよ!?」
「……何が分かんねぇのかもわかんねぇ!」
「シーッ!」
カルスとヨウィアヌスの声が大きく響き、見かねたグルグリウスが注意する。
「大きい声を出すと、人目を引いてしまいますよ?」
今更という気もしなくも無いが、見回すと確かに遠くを歩く人の目がちらほらとこちらへ向けられている。夜の暗さの中でも、こちらへ視線を向ける人の目は光って見えるから不思議だ。既に人通りは少ないが、逆に少ないからこそ下手に大きな声を出せば目立ちやすくなってしまう。
「で、何が分かんねぇんだよ、ちっと落ち着いて言ってみろ」
ヨウィアヌスは自分たちが人目のある
カルスも気まずいのか、あるいはまだ何かモヤモヤしたものを抱えているからなのか、ともかく視線を道路の端の方へ逸らしながら口を尖らせて答える。
「と、
「さっき俺が言った
カルスは相変わらず視線を背けたまま頷き、何か一生懸命言葉を探しながら答えを紡ぎ始める。
「と、
俺、
あったら、それぁきっと、俺だって分かんねぇし、出来ねぇんだ。
それなのに
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