第696話 救出部隊の帰還

統一歴九十九年五月八日、昼 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 ブルグトアドルフの森で図らずも《森の精霊ドライアド》と遭遇し、その圧倒的な力の前に敗退を余儀なくされたティフ・ブルーボール以下『勇者団ブレーブス』の面々はそのまま森の南西、シュバルツァー川のほとりで一夜を明かした。メンバーはエイー・ルメオ以外の全員が程度の差こそあれ魔力欠乏状態に陥っていたが、そこは腐ってもゲイマーの血を直接引く子や孫だけあって、一晩寝ただけで完璧ではないにしろある程度は回復を遂げており、朝日と共に目覚めると一晩中火の不寝番をさせていたクレーエにそのまま後事を託し、自分たちはアルビオンニウム郊外のアジトへと舞い戻った。

 ブルグトアドルフからアルビオンニウムへ戻る『勇者団』一行は一人が一頭ずつ馬に乗っていた。スモル・ソイボーイ、スタフ・ヌーブ、スワッグ・リー、エイー・ルメオはそれぞれ自分の馬に、ティフは昨夜捕虜になってしまったナイス・ジェークの馬を引き継ぎ、ペトミー・フーマンは作戦が成功したら救出できていた筈のメークミー・サンドウィッチのための馬を借りて乗っている。


 回復したと言っても先述したように完璧に回復したわけではない。彼らの父祖であるゲイマーたちは一晩寝るだけで体力も魔力も回復し、どんな怪我さえも完治したと伝説に残っているが、彼らはヴァーチャリア人の血が混ざっているせいかそこまでの回復力は無かった。だが、一度は身動きの取れないほど消耗したと言う割に、普通に生活する分には問題ない程度の回復は遂げている。感覚的にはまだ頭がフラフラするし、全力での戦闘など到底無理だが、もとより常人を圧倒する身体能力を有しているだけあって馬に乗って長距離を移動するだけなら何ということは無い。

 まだ朝靄あさもやの晴れない中を出立した彼らだったが、人目を避けて裏街道を進んだのと、消耗の程度の激しかったペトミーとスワッグの体調がまだ思わしくなかったために行き脚を抑えたこともあって、彼らがアルビオンニウムのアジトにしている郊外の木こり小屋に辿り着いたのは、もう太陽が真上に昇ってしまった頃になってからだった。


「!!……ティフ!?スモル!?みんなも!!

 おい!ティフ達が帰って来たぞ!?」


 木こり小屋の前で一人で剣の素振りをしていたデファーグ・エッジロードがいち早くティフ達に気付き、小屋の中でポーションの調合をしていたスマッグ・トムボーイに声をかけ、剣を鞘に納めるとティフ達の方へ駆けて行った。


「ただいま、デファーグ」


「デファーグ、もう大丈夫か?」


 細い道を一列に並んできた一行が一人ずつ森から姿を現す。先頭のティフ、そしてティフに続くスモル、ペトミーの順で現れたのだが、最後に現れたエイーの後に続くはずのメークミーとナイスの姿は見えない。


「ティフ!スモル!ペトミーも!!

 スタフも!あれ、スワッグ顔色が悪いぞ!?

 エイー、おかえり!

 あれ、これで全部か!?

 メークミーはどうした?

 助けに行ったんじゃなかったのか?

 ナイスもいないぞ!?」


 捕まった仲間を救出に言ったはずのメンバーの数は減っていた。その上、ペトミーの天馬ペガサスでブルグトアドルフへ向かったはずのティフとペトミーが、ナイスとメークミーの馬に乗っている。その事実に気付いたデファーグの顔に浮かんでいた友との再開を喜ぶ笑顔は急に色褪いろあせ、あからさまに戸惑い始める。そしてデファーグが出迎えたメンバーたちの表情もどこかぎこちなく、きまずそうに曇っている。


「それについて話がある。

 みんなはいるか?

 小屋に集まって欲しいんだ。」


 戸惑うデファーグの前に馬を止めたティフが、デファーグの動揺に気付いてもいないかのように冷静に話しかけた。


「あ、ああ……すまない。

 いるのは俺とスワッグだけだ。

 他は今‥‥‥ちょっと出かけてる。」


「出かけてる?」


「ああ、偵察だ。

 港の方へ、何か、昨日新たに船が入って来たとかで‥‥‥

 なあ、それよりナイスはどうした?

 まさか‥‥‥」


「ペトミー!!」


 憂い顔のデファーグの追及をあえて無視して振り切るようにティフは後ろに振り返り、必要以上に大きな声でペトミーを呼んだ。


「ペイトウィンたちを探して呼び戻してくれ!

 できるな!?」


「ああ、それくらい任せろ!」


「なあティフ!!」


 ペトミーがオオガラスを召喚し、飛び立たせるのを横目に見ながら、少し苛立ちを露わにしたデファーグがティフの馬のくつわを掴んで大きな声でティフを呼ぶ。


「デファーグ」


 ティフが下から睨むように見上げるデファーグの顔を馬上から見下ろしながら、それでも無言のままでいると背後からスモルが馬を寄せてきて声をかけてきた。


「スモル?」


 いつもは陽気で自信たっぷりでみんなの気分を盛り上げてくれる『勇者団ブレーブス』のムードメーカー的な役割を果たしている姿からは想像もできないスモルの様子にデファーグは動揺を隠せない。

 そのデファーグに自嘲気味な笑みでわずかに口元を歪めながら信じがたい告白をしてきた。


「俺の作戦が失敗したんだ。」


「何だって!?」


 虚ろな表情で力なく告白するナイスに、デファーグは我が耳を疑うように眉を寄せ訊き返す。ナイスは表情を暗く重たいものへと曇らせながら続けた。


「メークミーは助けられなかった。

 ナイスは‥‥‥敵に捕まった。

 済まない。俺のせいだ。」


 力なくうなだれたままスモルがそう言うと、それを庇うようにティフがサッと割り込む。


「いや、スモルは悪くない。

 作戦も間違ったところは無かった。

 誰が作戦を立ててもああなってたさ!


 済まないデファーグ、詳しいことはみんなが集まってから小屋の中で話す。

 それまで、ちょっと、そっとしておいてくれ。


 スマッグ!馬に水をやってくれ、できればエサも!」


 ティフはそのまま馬上からちょうど小屋からがたなで出て来たスマッグに用事を言いつける。デファーグの追及にスマッグまで加わられては収拾がつかないことになりかねない。まだ様子の分からないスマッグはティフから出された指示に「はいっ」と素直に答え、水桶を取りに小屋の中へ戻って行った。


「あ、ああ‥‥‥」


 デファーグは信じがたい様子でスモルとティフの顔を交互に見比べながらも、掴んでいたティフの馬の轡から手を放すと、ティフの馬はブルルンと頭を振るった。


「それより、新たに船が来たって?」


 動転しているデファーグの注意を、あるいは沈むみんなの意識を他へ向けようとティフは馬から降りながらデファーグに問いかける。


「あ、うん‥‥‥

 ティフたちがブルグトアドルフへ向かった後、ペイトウィンたちが入港して来る船を見つけたそうなんだ。

 サウマンディアの船だ。四隻だったかな?」


「四隻も!?」


 今度はティフの方が顔をしかめ、先ほどまでとは逆にデファーグに対し信じられないと言う風な表情を作ってみせた。


「ああ、敵の増援が上陸したそうだ。

 ヒトの部隊で‥‥‥多分、四百人ぐらい。

 昨日のうちに上陸している。

 補給物資も、随分持ち込んできたみたいだ。」

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