第697話 敗戦の報告

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 偵察に出ていたというペイトウィン・ホエールキング、ソファーキング・エディブルス、そしてファドの三人はペトミー・フーマンが使い魔を飛ばしてから一時間もしないうちに、彼らがアジトにしている木こり小屋に戻ってきた。わざわざ呼び戻すまでもなく、偵察を終えてアジトへ引き上げて来る途中だったのだ。その間、木こり小屋の中は重苦しく居心地の悪い空気に満たされていた。

 捕虜になったメークミー・サンドウィッチ救出に向かったはずのメンバーが戻ってきたにも拘わらず肝心のメークミーの姿はななく、それどころかナイス・ジェークの姿が見えなくなっている。


 作戦は失敗した。メークミーは助けられず、ナイスが新たに捕虜になった‥‥‥


 スモル・ソイボーイがデファーグ・エッジロードに短く語った事実は、デファーグと共に留守番をしていたスマッグ・トムボーイにもそれとなく教えられはしたものの、リーダーのティフ・ブルーボールはそれ以上の詳細を話すことをメンバー全員に禁じてしまったのだ。デファーグとスマッグはもっと知りたいとは思いつつも、帰ってきたメンバーたちの沈痛な表情を見ると訊くに訊けず、どこか歯がゆい思いをしつつこの重たい空気に耐えねばならなかった。そして、それは偵察に出ていたメンバーが一人、また一人と帰って来る度に空気の重苦しさは増していき、全員が戻ってきた時には最高潮に達していたのだった。


 満を持して……という表現が正しいのかどうかは分からない。少なくとも、真実が明かされることを、詳細が語られることを期待していた居残り組五人にとってはそうだろう……語るべきメンバーが全員集まったのを見計らったティフがフーッと息を大きく吐くと、覚悟を決めたように立ち上がった。


「みんな、聞いてくれ。」


 ティフが呼びかけるまでもなく、メンバーは全員が黙ってティフに注目していた。


「昨日、て……レーマ軍は、メークミーを南へ連れだした。

 レーマ軍の……えっと、手紙を書いて寄こした奴って何て言ったかな?」


 名前を忘れてしまったティフに訊ねられ、ティフと一緒に手紙を読んだペトミーが記憶を頼りに答える。


「えっと‥‥‥たしか、アヴァロニウス・レピドゥスだ。」


「そうだ、そのレピドゥスって奴の手紙では、ヴァナディーズとメークミーをサウマンディウムへ連れて行くって書いてあった。

 その手紙が届いた後、メークミーの乗せられた馬車が港へ向かい、船が出港した。だからメークミーは船に乗せられてるんだと思って、俺たちは……俺と、ペイトウィンとペトミーとスマッグの四人で北へ向かった。湾の出口の岬から魔法で船を攻撃しようとしたんだ。

 でも、それは囮だった。

 本当はメークミーは馬車に乗せられたまま南へ連れ出されてたんだ。」


 ティフは船への攻撃とアルビオーネとの戦闘の顛末について語るのを省いた。今は先にブルグトアドルフの方を先に話さないと、話が長くなりすぎると踏んだからだ。もっとも、結果から先に話さず経緯から語り始めた時点で、話が無駄に長くなってしまうであろうことは避けようが無かったが……。


「幸い、スワッグとファドが馬車で運ばれるメークミーに気付き、スモルが動けるメンバーをかき集め、盗賊どもを動員してブルグトアドルフに先回りしてくれた。

 ブルグトアドルフの街で連中を待ち伏せたんだ。」


 メンバーは次第にれ始めていた。ティフの話していることは彼らはみんなある程度知っていることであり、結末としてメークミーを助け出せなかった上にナイスが捕虜になったことだって既に知っている。居残り組が知りたいのはその先のブルグトアドルフでの詳細であったし、救出作戦に参加したメンバーたちにしても何か裁判で判決を前に長々と主文を語られているような、何か真綿で首を絞められているようなもどかしさを募らせていた。


「作戦は、残念ながら失敗した。」


 ティフは一旦そこで言葉を切る。だが、ティフからすると意外な事だったが、メンバーは結果自体は既に知っているので、特に反応は示さない。少し戸惑いつつ、ティフが言葉を進める。


「一応言っとくと、作戦自体は完璧だった。

 ただ、敵がこっちの予想を上回ってたんだ。

 メークミーは助けられなかったし、脱出に失敗したナイスが捕虜になってしまった。」


「ティフ!」


 ペイトウィンが少し声を荒げた。中々知りたいことを語ってくれず、どこか話を引き延ばそうとしているように見えるティフに苛立ちを募らせていたのだ。


「そんなのは見ればわかる。

 助けに行ったはずなのにメークミーが居ないし、ナイスの姿が見えなくなってんだからな。

 知りたいのは結果じゃなくて、何でそうなったかだ。」


「ああ、うん……これから、話す……」


「そうしてくれ。」


 憮然ぶぜんとするペイトウィンに対する周囲の目は必ずしも冷ややかではない。彼らの気持ちも似たようなものだったからだ。大事なことを勿体もったいぶられれば誰だってそうなる。ただ、それを外に出すのが、ペイトウィンが早かった……それだけだ。

 ティフにしても勿体ぶっているつもりがあったわけではない。ただ単に、話しあぐねていたのだ。作戦の失敗、それは今更どうしようもない事実である。だが、その作戦失敗の責任が誰かにあるとは、ティフは考えていなかった。誰が指揮してもああなる‥‥‥今回の作戦失敗はティフに言わせればそういうものである。それにもかかわらず、下手な話し方をすれば誰かが責任追及の標的となるだろう。今回の場合で言えばスモルだ。だが、スモルは既に十分に反省しているし、ティフの見たところかなり落ち込んでもいる。これ以上彼を責めるのは可哀そうだし、それ以上に今後のメンバーの結束にほころびが生じてしまうに違いない。ティフはそれを恐れ、どう話すべきか今も迷い続けていたのだ。


「作戦はこうだ……」


 ティフは輪になって座るみんなの前に進み出ると、床に地図を描くようにして作戦とその推移の説明を始めた。みんなが、時折溜息をついたりはしていたようだが、ティフの邪魔をしないように静かに説明を聞き続ける。ティフが最初に言ったように、作戦におかしなところは無いように思えたのも、彼らが静かに聞き続けた理由の一つだろう。


「‥‥‥それで、ペトミーを残して俺とスモルとスタフの三人で、スパルタカシアの本隊に攻撃を仕掛けようとしたときだった。こっちから飛び出していく前に、俺たちのいたところにストーン・ゴーレムが現れた。」


「ストーン・ゴーレムだって!?」


 ペイトウィンが驚きの声を上げる。デファーグやスマッグも声こそ出さないが、ペイトウィン同様に身を乗り出して興味を示した。ソファーキングは逆に何か嫌なことでも思い出したかのように表情を曇らせる。おそらく、マッド・ゴーレムの群れとの戦いで魔力欠乏を起こしてしまった事を思い出したのだろう。マッド・ゴーレム相手ですら十分な働きを示せなかったのに、それより強力なストーン・ゴーレムが四体‥‥‥彼にとっては勘弁してくれと言いたくなるような状況に違いない。


「ああ、例の《地の精霊アース・エレメンタル》が召喚したんだ。それも四体もな。」


 ティフがそう言うと、一同はざわめき始めた。アルビオンニウムでの戦いに姿を現したのはマッド・ゴーレムとロック・ゴーレムだった。彼らにとっては新手のモンスターであり、自分たちの父祖であるゲイマーの冒険譚に耽溺し続けて来た彼らにとって、新たなモンスターの存在は否応なく興味を掻き立てる。色めき立つ居残り組とは対照的に、その時のことを思い出したのだろうスモルは渋面を作る。これから、彼が最も触れてもらいたくない最新の黒歴史に触れることになるからだ。


「それで俺は《地の精霊》に話しかけたんだ。」


「《地の精霊》にか!?」

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