第741話 大宴会
統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐
今日、セーヘイムに上陸したのはサウマンディアから派遣された正式な
トゥーレスタッドまでサウマンディア軍団
もっとも、これは彼らサウマンディア軍団側としては当初からそのつもりでいたことであり、トゥーレスタッドからセーヘイムまでの迎えの船を用意していたヘルマンニも事前に伝書鳩で知らされていたことだった。
ともあれ、第三大隊は間に合わなかったにしても今日到着したマルクスらだけでも歓迎はせねばならない。彼らはアルビオンニア属州にとってもアルトリウシアにとっても大切な支援者なのだ。間違ってもおろそかになど出来はしない。
そういうわけでその日、セーヘイムに上陸を果たしたマルクスは、アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子自らの出迎えを受け、アルトリウスと共にマルクスを歓迎した
晩餐会は小さな
これは
そうした目的の晩餐会であることから、振る舞われる料理も酒も惜しむことなく贅を凝らしたものとなった。ランツクネヒト族の文化はレーマ帝国に渡ってきたことでレーマ文化の影響を色濃く受けることとなり、「卵からリンゴまで」の伝統に従って卵を使った前菜からフルーツを使ったデザートまで順を追うように出される。それが決して参列者を待たせることなく、一つのものを食べ終わる前には次の料理が待ち構えている有様で、しかもそれらの一品一品が味も見た目も量も香りも不足することがなく、目の当たりにした参列者たちを決して飽きさせない。
外は月明かりさえ見えない曇天だったが、会場は対照的に天空の星々のすべてが舞い降りたかのように膨大な数のロウソクが灯され、まるでそこだけ昼間のように明るくなっている。その
会場となった
特にもっとも大きな牛の丸焼きが主催者であるエルネスティーネと主賓のマルクスの前にドンと置かれ、会場の注目を集めながらアルトリウスがその剣でもって腹を切り裂くと、その腹腔からは子豚の丸焼きが取り出される。わあと歓声を上げて喜ぶエルネスティーネとマルクスの前にその子豚の丸焼きがドンと置かれ、さらにその腹を裂くと中から今度は鳥の丸焼きが、そしてその中からはさらに卵やら肉団子やらが出てきて客人を大いに喜ばせた。
同じころ、会場となった要塞司令部の外ではティトゥス要塞内に収容されている避難民たちにも料理と飲み物が振る舞われている。もちろん、会場で出されている貴族用の料理とは比べ物にはならないが、彼らが収容されて以来ひと月の間振る舞われ続けていたクズ野菜と肉の切れ端の入った
そして、そのスープとは別に飲み物も用意されていた。ワインが最低級のロラなのは仕方ないとしても、他にも果汁シロップを水で割ったティーフルトゥムと呼ばれる甘い飲み物も振る舞われていた。ティーフルトゥムは庶民の子供にとっては特別なお祝い事がある時だけに飲ませてもらえる最高にスペシャルな飲み物である。
大盤振る舞い……まさにそう言ってよいだろう。いや、侯爵家や子爵家の台所事情からすれば、そんな言葉では足らないかもしれない。実際、両家の財務官などは宴会を楽しむどころではなかっただろう。むしろ、この壮大な催しが、壮大であるがゆえにどうしようもなく虚ろに思えてしまうことだろう。虚飾、虚栄……言ってしまえばそうした言葉に集約できるかもしれない。
ヤレヤレ、こんなことにこんなに金を使ってしまって……
そうした拭いようのない虚しさを感じながらも、彼らもまた貴族である以上、こうした虚飾や虚栄がどれだけ重要かを否定することも出来なかった。
会場の内外ではアルビオンニア万歳、アルトリウシア万歳、サウマンディア万歳と叫ぶ声が絶えることなく繰り返されている。決して
今日、参列した
不安の解消……これまで腹の底に
しかし、宴は盛り上がれば盛り上がるほど、終わった後が虚しくなる。
夜もすっかり更け、酒に沈没する参列者もボチボチと出始め、気づけば主催者も主賓も他の
ネストリはしかし、そんな中でもそれほど酔ってはいなかった。昼間聞かされた戦が近いという噂が気になってそれどころではなかったからだ。むろん、周囲の状況を無視して沈鬱でいるほど彼も無神経ではないから、表面上は周囲と同じく酒を飲み、料理を食い、歌い、騒ぎ、笑いもしていたが、心から楽しめたかというとそうでもなかったのだ。
多少ふらつく程度の足取りで立ち上がると、出口へ向かって歩き出す。建物の前まで来るとお供の使用人がネストリを見つけ、駆け寄ってくる。ご苦労なことに彼らは外でずっと待っていたのだ。
「おぅ、ご苦労……帰るぞ。」
ネストリがそう言うと使用人は
座輿を待っている間に侯爵家か子爵家の使用人がネストリに土産を持ってきてくれた。中身は今日出されたのと同じ料理である。宴会に招いた客に、家で待つ家族にも食べさせるための料理を包んで持たせるのはレーマ貴族の文化だった。
やれやれ、あれだけ料理を振る舞ったのにまだこんなに……
持ちきれないほどの料理を渡されたネストリは半ば呆れ、半ば畏怖した。
やはり、
ネストリもまた、今日侯爵家や子爵家への不安を吹き飛ばされた
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