レーマ帝国
帝都レーマ
第742話 レーマの支配者
統一歴九十九年五月九日、午前 ‐
ヴァーチャリア世界において最も長い歴史を誇る千年の都、それは
帝都レーマは
世界の半分を征すると言われる大帝国、そのありとあらゆる場所から人と物が流れ込む世界最大の都市は今も際限のない膨張を続けており、その人口は把握されているだけで約三十七万人とされているが、公式な記録に乗っていない貧民などを含まれば八十万人は下らないであろうと思われている。これは何年か前に起きた、帝都の四割を焼いたと言われる大火災『レーマ大火』によって数十万人もの死者・行方不明者を出した後の現在の数字だ。
誰も数え切れぬほどの人々が暮らす帝都レーマ。その帝都が築かれた盆地の、文字通りド真ん中にレモリスと呼ばれる山がある。ティベリス川とアウェンティヌス川に挟まれたそれは山とはいっても実態は標高百ピルム(約百八十五メートル)もないであろう小さな丘にすぎないが、レーマの外郭をなす七つの丘陵を除けばその周囲には山とか丘とか呼べるような地形が何もないため、帝都のどこからでも見ることができ、その存在感は非常に大きい。
その頂上付近には帝都レーマで最も大きく、最も豪華な建物が建てられていた。この世界最大の帝国の頂点に立つ男、マメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノール……すなわち、レーマ帝国皇帝の住まう『
《レアル》ローマ皇帝ネロの建てたとされる同名の
とまれ、大帝国に君臨する皇帝が住まう宮殿だけあって、その威容は他の追従を許さぬほど
そうしたレーマ市民たちの畏敬の念を一身に集める男は、多くのレーマ貴族がそうであるように、日課である『朝の
ここ帝都レーマではレーマ皇帝はレーマ市民の崇敬を集めてはいるが、その権威は
しかし、今日はマメルクスのその神聖不可侵のはずの表敬訪問に無粋にも割り込んでくる者たちがあった。
「タウルス・アヴァロニクス……
余は
波打つことを知らぬ神秘の湖のごとく磨き抜かれた大理石の床を
「
もちろん陛下がレーマと共に在られる限り、私も陛下に忠誠を示すことはまったくもって
フースス・タウルス・アヴァロニクスはマメルクスの嫌味など気にする風でもなくそのまま返す。マメルクスはフーススの空虚なおべんちゃらにフンッと小さく鼻を鳴らし、背もたれに身体を預けたまま頬杖をついた。フーススにマメルクスに対する忠誠心など全くありはしない。そのことをマメルクスはよく知っていたからだ。
レーマ皇帝は帝国の守護者であり最高権力者ではある。その権力者に対して忠誠を示すことは吝かではないというフーススの言葉自体には嘘はない。が、それはレーマ皇帝がレーマと共に在る限りという但し書きが付いている。ではその『レーマ』とは何なのか?
皇帝であるマメルクスは帝国そのものと認識しているがフーススの認識は異なっていた。フーススの言う『レーマ』とはレーマ本国のことであり、帝国に所属する属州や藩王国などは必ずしも含まない。そしてレーマ本国の最高権威とは元老院であり、その
皇帝が私と一体の存在でいてくれるなら、皇帝にも忠誠を示しますよ……フーススはそう言っているのである。フーススの言う『忠誠』とは決して被支配者が支配者に対して示す服従ではなく、言ってみれば夫婦が伴侶に示す類のものだった。そしてそれは、レーマ皇帝マメルクス・クレメンティウス・ミノールの求めるものではなかった。
「
しかし今、余は余の
余に忠誠心があるのなら順番くらいは守ってほしいものだな。」
ヤレヤレ……そう言わんばかりに両手を広げ、マメルクスは呆れを示しながら脇に控える侍従に視線で飲み物を要求する。
視線を逸らしてフーススをあしらおうとするマメルクスに対し、フーススは玉座の前に立ちはだかりながら身じろぎもしない。
「ご無礼は
私も陛下への忠誠を思うならば順番を守るべきとは存じますが、陛下に示す忠誠以上に重要な案件が持ち上がったとなれば、悠長なことを言ってはおれません。」
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