第822話 大グナエウシアの困惑
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐ 『
転移魔法などと言うものが存在していることは彼女も様々な物語を通して知っている。
「で、ではっ、
「ああ……いやっ、んんん~~~」
マメルクスは一旦否定し、それから何もない頭上を見上げるようにしてどこまで説明すべきか悩み、次いでこれから説明する手間を想像し、自ら説明しなければならなくなったこの状況を後悔し、ようやく何かを諦めたかのように椅子に座り直して姿勢を改めた。頭に被った月桂冠の葉がわずかに揺れる。
「クィンティリアからアルトリウシアを目指すのはミルフ殿だけだ。
クィンティリアまではミルフ殿に同道され、そこで安全だと判断したらミルフ殿を送り出し、自分だけ先にこちらへお戻りになられる。」
そこまで言ってマメルクスは香茶の入った
「ミルフ殿はクィンティリアから転移魔法を使ってウァレリアを目指し、そこからさらにサウマンディウムまで街道に沿って南下される。
ミルフ殿の転移魔法は……あ~……たしか、『ディメンジョン・ウォーク』とか言われたかな?……ともかく、目に見える範囲に一瞬で移動するというものなのだそうだ。それを連続して使いながら進むのだが、目に見える範囲までしか行けないので夜中は進めなくなる。天気が悪くてもダメだそうだ。
だから日が暮れたら、その場所を『ルーン』とか言う
それを繰り返しながらサウマンディウムまで行き、一旦サウマンディウムの地を『ルーン』に記録し、いつでもムセイオンからサウマンディウムへ転移魔法で行けるようにする。そしてサウマンディウムに到着したら先触れを兼ねてウァレリウス・サウマンディウス伯爵を訪ね、ムセイオンから使者が
正式な使者が誰になるか、いつ、どのように送り込むかはまだ決まっておらぬ。
ミルフ殿が持ち帰った現地の様子を参考に、これから決められることになるだろう。」
マメルクスは時折、給仕を務めるために近くに控えていた
「で、では
「すぐ戻られるはずだ……が、少しばかり長いようにも思えるな?」
「本当は其方が来てから行かれるはずだったのだ。
其方にこのことを説明し、挨拶をしてから行こうと……ところがミルフ殿が随分と急がれてな。
「時差……ですか……」
「うむ、知っておろう?」
まさかそこから説明しなければならないのかと不安になったマメルクスが身体を起こし、片眉を
「は、はいっ!
世界は丸いから、東の地方ほど日が昇るのが早く、西の地方ほど遅くなるという話ですよね?」
大グナエウシアの答えに安心したマメルクスは状態から力を抜きながら半笑いを浮かべ、説明の補足を始める。
「その通りだ。
たとえばムセイオンのあるケントルムと、ここレーマでは三~四時間の時差があるらしい。朝、ムセイオンからレーマへ転移してくると、こっちはもう昼なのだそうだ。
そしてクィンティリアはレーマよりずっと東だ。が、どれくらい東かは誰も正確には知らぬ。オリエネシアは特に、測量が遅れておるからな。
もしもレーマとクィンティリアの時差も三~四時間あるなら、ムセイオンを朝出てもクィンティリアに転移してみたら既に日が暮れていたなんてことになりかねん。そうなると予定を全部組みなおさねばならん。
ミルフ殿はムセイオンで普段通りの生活を送っておられるように周囲に見せかけねばならんからだ。
……ん?
いつの間にかポカーンと口を開け、呆けたようになっていた大グナエウシアの様子に気づき、マメルクスが声をかけると大グナエウシアはハッと驚き、慌てて居住まいを正した。
「も、申し訳ございません
その、あまりにも思いがけない話に、私では理解が追い付きません。」
その言葉にウソ偽りはなかった。エーベルハルトから聞いた話ではアルトリウシアでは
レーマからアルトリウシアまで片道約三か月……ムセイオンからレーマまで約二か月と考えれば、ムセイオンを発った公式使節団がアルトリウシアに到着するのはおおよそ半年後になるはず……そうした計算をもとにすれば、エーベルハルトの予想も説得力は出てくる。今から命令を発してサウマンディア属州に駐留している
しかし、転移魔法などという既に
ムセイオンの使節は半年どころか、数日のうちにアルトリウシアへ着いてしまう!?
だとしたら、それまでに叛乱軍を秘密裏に始末するなどということは出来ないはずだ。マメルクスが既に命令を出していたとしても、
なのにマメルクスは平然とした様子でこの状況を大グナエウシアに説明して見せている。
どういうこと!?
叛乱はもう解決しているということ?
まさか!だって、逃げた叛乱軍は行方不明なんでしょ!?
これから探さなきゃいけないはずなのに……解決なんてしてるはずが無いわ。
解決する気が無いわけでもないはずだし……
ひょっとして
いいえ、あり得ないわ!
どうしよう!
確かめなきゃいけないけど……私は知らないフリをしなきゃいけないし……
大グナエウシアがどれだけ頭をフル回転させても、答は出てこなかった。そもそも、叛乱事件のことを知らないフリをしながら叛乱事件について聞き出せという指示が無理難題以外の何物でもない。
悩む大グナエウシアを余所に、
「おお、ようやくお戻りになられたようだな。」
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