第821話 大聖母の行く先
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐ 『
どこかへ行っかれたけどすぐに戻られるということは近い場所?
だがそれにしては
普通、客人が小用なり化粧直しなりで席を外すとしても「行ってしまわれた」などというような言い方はしないだろう。「今、席を外しておられます」とか「すぐに戻られます」とか、どこかへ行ったなどとは言わずにただ「(ここに来ているけど)この場にはいない」というニュアンスで話すはずだ。「便所へ行った」などというような無粋な言い回しは使わない。
待って、そういえば
ケントルムからムセイオンの職員がレーマへ来ること自体は不思議でも何でもない。ムセイオンは
だが今回はそんなレベルの話ではない。相手はムセイオンの長、大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフだ。外国やムセイオンの大使や公式使節が派遣されてくるだけでもそれなりにニュースになるのが普通なのに、国家元首並みの地位にある人物がレーマに来ながら『
「私たち、本当はレーマに来てないことになってるの、わかるでしょ?」
フローリアの言葉が脳裏によぎる。お忍びで来た……それは分る。だけど本当にそんなことがあり得るのか?
フローリアはムセイオンの実質的な運営者であり、世界で最も高貴な
……ひょっとして、
間抜けな話だが大グナエウシアは今更ながら不安になって来た。その大グナエウシアをマメルクスはジッと無表情のまま見返していたが、数秒後に何かを思い出したかのように「おおっ」と小さく声を漏らす。
「そういえば
「クィン……ティリア!?」
予想外の地名に大グナエウシアは呆気にとられる。大グナエウシアの知る限り、クィンティリアと呼ばれる地名は一つしかなく、そこはレーマから遥かに遠いところにあるはずだった。
「お、恐れ入りますが
それは……そこは私もレーマへ来る途中立ち寄りましたが、レーマからとても遠い街の名前です。」
「そこであっているとも
余もクィンティリアという地名は一つしか知らぬ。」
アワアワしながら尋ねた大グナエウシアだったが、マメルクスに冷静に答えられると今度は本格的に目を丸くして息を飲んだ。
顔立ちは獣人のようなのに、この娘は本当に表情が分かりやすいな……
普通、体毛で顔面まで覆われた獣人は表情が読みにくい。肌の色や表情筋の微妙な動きが体毛によって隠されるため、
獣人ではないがコボルトの血を引く大グナエウシアも顔面が白く密生した体毛で覆われているため、本格的にポーカーフェイスを身に着けられれば非常に表情を読み取りにくい貴族になるだろう。だが、大グナエウシアはそこまで訓練が行き届いておらず、ちょっとしたことで感情を露わにしてしまう。獣人の貴族とも付き合いのあるマメルクスにとって、獣人のような顔立ちながらここまで表情豊かな大グナエウシアは呆れを通り越して新鮮にさえ見えた。
「オ、オリエネシアへ行かれたとおっしゃるのですか!?」
「そうだが?」
だからそう言ってるじゃないか……マメルクスは
「本当はアルトリウシアへ行こうとしておられたのだ。」
「アルト……!?
でっ、では、降臨者様へのムセイオンからの使節って……」
《
だが、考えてみてほしい。帝国でも最も辺境と言われるアルビオンニア属州に突然世界で最も高貴とされる人物が訪れるのである。それを招きいれる現地領主たちにはそれ相応の準備が必要だ。ただでさえ降臨者を受け入れ、しかも現地では叛乱事件まで起きてしまっている。おそらく混乱を極めていることだろう。そんなところへさらに大聖母が公式に訪れるとなれば、名誉なことではあるが現地の混乱は計り知れない。
しかしだからと言って大聖母の
しかしマメルクスは大グナエウシアがそこまで思考を飛躍させているとは露ほども思わず、ただフローリアが行くことになったと早合点したのだろうと考えて淡々とした調子で説明を続ける。
「いや、まだ正式には決まっていない。
ただ、
「下見……」
「うむ、
「転移魔法!?」
「だが、
つまりこのままではアルトリウシアへ行くことは叶わぬ。
そこで、
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