第823話 スクワラ
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐ 『
昨日見たのと全く同じ姿の
ロックスのドレスを見た
「あら、いらしてたのね
「御機嫌
フローリアの声で我に返った大グナエウシアはサッと跪いて挨拶する。
「
彼女がこうしてここに居らっしゃるということは、彼女にはもうお話しになられたのかしら、
「ええ、大まかなところは……
それにしても、すぐに戻られるかと思いましたが、随分かかられましたな?」
大グナエウシアに挨拶を返し、そのまま状況を確認しようとするフローリアの質問に答えると、マメルクスはやんわりと待たされた不平を訴える。するとフローリアは苦笑いを浮かべた。
「それが前回クィンティリアに行ったのがまだ戦争してた頃ですもの。
もう百年も昔でしょう?
随分と景色が変わっちゃって、場所を確認するのに少し時間が要ったのよ。」
そう言うとコロコロと笑い出す。
「樹は全部大きくなってるし、街の見た目も全然違うんですもの。
あの子に『
変わらないのは空の青さと川の水の茶色い色だけだったわ。」
「街に直接行かれたのではなかったのですか?」
おかしそうに話すフローリアにマメルクスが怪訝な表情を浮かべて尋ねると、フローリアは笑ったまま首を振った。
「まさか!そんなことしたら大騒ぎになっちゃうでしょ?
冒険者はだいたい、街から少し離れた場所にポータルを設けるものなのよ。」
「ポータル?」
「ああ!……ポータルというのは『
分かったような分からないような説明にマメルクスは眉を
「その、では何でわざわざ街から離れたところに?
街の中に設けた方が便利なのでは?」
マメルクスの素朴な質問にフローリアの顔から笑みが消え、少し驚いたように目と口が丸くなった。それから少し考え込むように背後のロックスを振り返り、再びマメルクスに向き直って説明を始める。
「それは安全のためよ。」
「安全のため?」
「冒険者は敵も多かったの。
だから多くの冒険者はポータルの場所を他人に知られないようにしていたわ。
そりゃ、街の中にポータルがあれば便利だけど、街の中じゃ人目につきやすいでしょう?
するとアイツのポータルはここだから、いずれここに現れるって悪い人たちにバレて待ち伏せされたり罠を仕掛けられたりするの。
そういうのを防ぐために、人目につきにくい場所をポータルに選ぶのよ。
その街に自分の家があれば、家の中にポータルを作るくらいはしてましたたけどね、そうではないなら街の外に作った方がポータルの場所を他人に知られずにすむでしょう?
まあ、中には神殿の祭壇にポータルを作って遊んでる人もいましたけどね。」
そこまで説明するとフローリアは何か思い出したのか手で口を押えてコロコロと笑った。マメルクスは片眉を持ち上げ、同時にもう片眉を
神殿の祭壇が突如
「続きはあちらで話しましょう?
ひとしきり笑ったフローリアの呼びかけにより、四人は昨日と同じテーブルセットに座った。神官たちが四人分の香茶を淹れる間、気を取り直すようにマメルクスが話を切り出す。
「それで、現地はいかがでしたか?」
「まだ夕方ではありませんでしたわ。
レーマとの時差は二~三時間といったところではないかしら?
うまく行けば今日中に、その……ウァレリア?」
「ウァレリアです。」
地名が思い出せずに確認を求めるフローリアにマメルクスが相槌を打つように補足すると、フローリアは眉毛をヒョイと持ち上げて首を傾げるようにしてから説明を再開した。
「そのウァレリアに着く予定です。
少なくともルーディはそのつもりよ?
でも、私の見たところウァレリアに着くのは早くて明日か明後日でしょうね。」
フローリアはフフンと笑いながら目の前に出された
「いくら転移魔法があるからと言っても、あのジャングルを抜けるのは簡単ではないわ。それに、あの地域にはスクワラがあるの。
御存知?」
「スクワラ?」
俯くように香茶の香りを味わいながら、悪戯っぽく笑うフローリアが上目遣いで同席する三人を見渡す。だがマメルクスとてレーマ帝国のすべての地域に精通しているわけではない。残念ながら三人の中でスコールを知っていたのは大グナエウシアだけだった。
「雨……ですよね?」
大グナエウシアが恐る恐る答えると、フローリアは身体を起こしてニンマリ笑った。予想していなかった答えにマメルクスとロックスは訝しむように大グナエウシアとフローリアの顔を見比べる。
「雨?」
「そう、アナタは経験したのね?」
フローリアの言葉に正解を確信した大グナエウシアはパァッと表情を明るくする。
「ハイっ!初めてスカワラを見た時はビックリしました。」
「雨?
雨がどうかしたのですか?」
二人の間で進み始めた話についていけないマメルクスが尋ねると、フローリアは勝ち誇るかのように笑みを浮かべ、マメルクスを見下ろすように背を伸ばす。
「雨は雨でも物凄い大雨よ。
嵐と言った方が良いかもしれないわね。」
「滝のように降るんです!
晴れていたのに急に風が吹いて、空が暗くなったと思ったら、いきなり……
でもすぐに止むんです。」
フローリアが自慢げに話すのに対し、大グナエウシアの方は目をキラキラさせながら訴えかけるように身を乗り出す。だが、話に聞く限りではそれほど珍しい現象には思えない。
「それは……
しかし、珍しい自然現象のすべてが精霊の仕業ではないのも事実である。スクワラについても同じことが言えた。
「んん~……たぶん違うわね。
確かに《
きっと純粋に、自然現象なのよ。」
苦笑いを浮かべながらフローリアが答えると、マメルクスはガッカリしたように上体から力を抜いた。
この世界では精霊が存在する。このため、超自然的な現象についても割と多くの人が簡単に納得し、意外なほどすんなり受け入れる傾向にある。それと同時に、精霊の関わっていない純・自然現象については無意識に過小評価してしまう
「ただの自然現象がミルフ殿の旅の障害になるとは思いにくいですが……
それとも、既にその、スクワラという雨が降っていたのですか?」
天気が良かったのに急に曇って雨が降る……そんな話は砂漠地帯を除いて割とどこでも聞ける話だ。そして「滝のような激しい雨」なんて話も特段珍しくはない。吟遊詩人や作家たちは誇張した表現を用いたがるものだからだ。今回の話もそうした類の誇張された話だろう……マメルクスはそのように理解していた。
たしかにルードは転移魔法『ディメンジョン・ウォーク』について、視界の届く範囲にしか行けないと言っていた。だから夜中や雨や霧などでは移動できる範囲が狭くなるとも……話に聞くような滝のような雨が降れば、それは確かに移動範囲は狭くなることだろう。しかし、雨なんて降る日もあれば降らない日だってあるのだし、降ったとしてもすぐに止むそうではないか……なら、ルードの行程に影響を及ぼすことなんて無いんじゃないのか?……マメルクスはそう、楽観視していた。
だがフローリアはそうしたマメルクスの心を見透かしたようにフフンと笑う。
「それが、毎日一回は必ず降るとしても?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます