第1299話 逆転!?

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「動くな!

 武器を捨てろ!!

 そうだ全員だ!

 全員武器を捨てろ!!」


 兵士たちは英語が分からないというカエソーの言葉に小さく舌打ちしたティフは、今度はラテン語でカルスたちに警告した。カルスはティフとリウィウスを交互に見比べながらせっかく抜いた剣を捨てるのを躊躇ためらっていたが、リウィウスが捨てろと視線だけで言ってることに気づき、やむなく剣を足元に置く。カルスの隣にいた軍団兵レギオナリウスもカエソーや百人隊長ケントゥリオたちの視線に従い、手にしていた銅剣を床に捨てた。カルスが剣をそっと置いた時とは異なり、ゴトッと重々しくも鈍い音が響く。


「全員だ!

 俺は全員だと言ったぞ!?

 武器を捨てろ!

 さあ早く!!」


 カルスたちが剣を手放すのを確認したティフは他の百人隊長たちに向き直りながら声を荒げる。百人隊長たちは一瞬ムッとしたが、躊躇ためらいがちに鞘から剣を抜いて床に置いた。彼らの剣は兵士たちの銅剣とは異なり、私物の鉄剣であることから手放すのはかなり抵抗があるのだった。百人隊長たちが次々と剣を置くのに合わせ、リウィウスも肩から掛けていた剣帯ごと剣を外し、床に降ろす。リウィウスは剣を鞘から抜くこととはしなかった。ミスリルの剣を見られてティフの興味を引いてしまうのを避けたのだ。もっとも、カルスはミスリルの剣を鞘から抜いてしまっていたので、ティフにそちらに気づかれやないかとハラハラすることにはなったのだが……

 百人隊長たちが剣を床に置き始めるとティフはカエソーにも「お前もだ!」と言って剣を捨てるよう促し、すぐにカルスの方へ向き直る。


「剣だけじゃないぞ、武器全部だ。

 小剣プギオも捨てろ!

 円盾パルマの裏の太矢ダートもだ!!

 誤魔化そうなんて思うなよ!?

 コイツは爆弾だぞ!

 下手な真似してみろ、コイツを爆発させるぞ!?」


 ティフが命じるとカルスと軍団兵は渋々ながら円盾の裏にくくりつけられていた太矢を外し、床に落とし始める。いずれもレーマ軍の標準的な武器で青銅製のものだ。やはり床に落ちるたびにゴトッ、ゴトッと鈍く重々しい音を立てる。


「こんなことをしてどうするつもりですか、ティフブルーボール様?」


 もはや交渉どころではなくなっているが、カエソーが縋るようにティフに問いかける。


「もちろん帰らせてもらうさ!

 もう交渉は決裂したんだからな、これ以上の長居は無用だ」


「どこへ帰るというのです!?

 逃げ切れるとお思いですか?」


「逃げてやるさ!

 いや、逃がさざるを得ないだろうよ?

 じゃなきゃダイアウルフ掃討作戦が失敗し、街道はこのまま春まで封鎖されることになるだろうさ」


 カエソーの顔が歪む。ティフの言ったことが現実のものになれば、それはカエソーにとって悪夢だ。いや、アルトリウシア全体にとっての悪夢だろう。さらにその悪夢に対処するために《暗黒騎士リュウイチ》が動き出すようなことになれば、それはもう世界の危機だ。


「その前にグルグリウス殿に取り押さえられるだけでしょう。

 ルクレティアスパルタカシア様やアルトリウシアに害をなせば、《地の精霊アース・エレメンタル》様も黙ってはいませんよ!?」


「俺を捕まえることはできるだろうな。

 だが、その後は!?」


 ティフはグルグリウスを振り向いて挑発する。


「グルグリウス、お前にペトミーを捕まえられるのか!?

 ペトミーはペガサスやグリフォンを持ってるぞ!

 お前はペガサスやグリフォンよりも速く飛べるのか!?」


 グルグリウスは苦々し気に表情を歪める以外、何の反応も示さなかった。グルグリウスは本来のグレーター・ガーゴイルの姿に戻れば大きな翼を広げ、空を飛ぶことはできる。だが速く自由に飛び回れるかと言うとそうでもない。空中戦は苦手だ。ましてやペガサスのように速く、高く、遠くへ飛ぶことなど出来はしない。ペガサスやグリフォンに比べれば飛行中のガーゴイルなど鈍重そのもの、鳩の方がよっぽどマシなぐらいなのだ。両者の空中機動力を比べれば戦闘機と重爆撃機ぐらいの差はあるだろう。ペガサスで飛んで逃げられれば追いつけないし、グリフォンで空中戦を挑まれればほぼ一方的に翻弄ほんろうされることになる。グルグリウスの場合は魔力で優っているので挑んでくるグリフォンを魔法で追い払うくらいはできるだろうが、逃げに徹されたら追いつけないであろうことは疑いようがない。

 ティフはもちろんガーゴイルなんて種族のことなど詳しく知っていたわけではなかったが、時折ペトミーに乗せてもらうペガサスやグリフォンの機動力には自信を持っていた。あれより速く飛べるモンスターなんていない……そう思っていたからグルグリウスを挑発してみたわけだが、どうやらグルグリウスがペガサスやグリフォンに飛行能力で劣るという予測は正しかったようだ。グルグリウスの沈黙にティフの顔が歪む。


「いいぞ、何なら今捕まえてみろ!

 でも俺を捕まえれば、ペトミーを止める奴はいなくなるな。

 さあどうする?」


 勝利を確信したティフは構えを解き、爆弾と舶刀カットラスを持った両手をダランと下げてわざと無防備を装い、笑って見せた。


「ダイアウルフは暴れ放題!

 聖貴族の知恵を授かったダイアウルフはさぞや手強いだろうよ!?

 お前たちは必死にペトミーを捕まえようとするだろうがペトミーは捕まえられない。

 ペトミーだって魔導具マジック・アイテムは持ってるし、ペトミーの方がよっぽど速いんだからな!!」


 邪悪な笑みを浮かべたティフは好き放題言い終えると、立ち尽くしたままフーフーと荒い息を繰り返す。しかし赤かった顔は少しずつ元に戻り始めていた。


「わ、分かりました」


 ティフの荒い息が収まり始めた頃、長く続いた沈黙を破ってカエソーが観念したように言った。


「今更ですが、もう一度そちらの要求をお聞かせ願えますかな?」


 さすがに本当にグナエウス街道を封鎖されてはたまらない。いくら属州領主ドミヌス・プロウィンキアエの公子カエソーといえどもそこまでの責任はとりようがなかった。カエソーの頼みの綱だったグルグリウスが対処できないのであれば、ここは素直に妥協するしかないだろう。もし、まだ妥協することが許されるのであればだが……

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