第1298話 一触即発

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 カエソーが強い口調で断言すると、ティフはグッと出かけていた言葉を飲んだ。肌が白いせいか、ロウソクの灯りの中でもカエソーを睨みつけるティフの顔に赤みが増していくのが良く分かる。その顔が何かをこらえるようにフルフルと震え、言葉をつむぎ出そうとするかのように唇が数度動いた。

 今までにない、異様な反応である。怒りに打ち震えているというのは分かる。これまでもティフは怒りを露わにすることはあったが、今のような怒り方はカエソーたちにとって初めてだった。おそらく、今までの怒りは半ば演技のようなものだったのだろう。とすれば、今のは本気だということか……


「お、お為ごかしはやめろ!」


「!?」


 これは『勇者団』ブレーブスのためになることだ……そう示唆しさすることで今度こそ納得してくれるだろうと期待していたカエソーの目論見もくろみはどうやら裏目に出たようである。完全に予想外の反応にカエソーも戸惑いを隠せない。


「お前たちNPCはいつもそうだ!

 これはアナタ様のためです!?

 アナタ様を思ってのことです!?

 アナタ様のためになることですぅ!?

 ふざけるな!!

 そう言えば俺たちが馬鹿みたいに黙って言うことを聞くと思ってんだろ!!

 けどそんなのは嘘つきの常套句じょうとうくだ!

 もう知ってんだよ!

 いいかげんにしろ!!」


 ティフの突然の激昂ぶりにカエソーは慌てふためいた。


「ま、待ってください、何のことですか!?」


「とぼけるな!

 何が『勇者団』ブレーブスのためだ!?

 自分のためだろうが!

 お前は言ったぞ!

 一週間というのはお前の都合だと!

 何で俺たちがお前の都合に合わせてやらなきゃいけないんだ!?

 おまけに俺たちのためだと!?

 嘘つきめ!嘘つきNPCめ!!」


「落ち着きなさい!」


「触るな!!」


 立ち上がってカエソーを罵倒しはじめるティフを背後にいたグルグリウスが制止しようと手を伸ばしたが、ティフはグルグリウスの手が届く寸前に身をひるがえし、腰のポーチから金色に輝く物体を取り出した。百人隊長ケントゥリオたちが一斉に後ずさる。カエソーも立ち上がろうとしたが失敗し、途中で足を滑らせて座っていた寝椅子クリナの上にドスンと尻もちをつき、そのまま無様に後ずさった。

 ティフは金色に輝く物体から小さなピンを抜く。


「全員動くな!

 これは小型の爆弾だ!

 安全ピンを抜いたから、手を放したら爆発するぞ!?

 全員火だるまだ!!」


 そう言いながらティフは手に持った金色に輝く真鍮製の容器を全員に見えるように掲げた。


 あれは……


 室内にいるレーマ側の人間の中で唯一、リウィウスはティフが持っていた物に見覚えがあった。それはシュバルツゼーブルグでヴァナディーズ暗殺に失敗したファドが脱出する際に使った焼夷手榴弾しょういてりゅうだんだった。中に充填されているのは黒色火薬なので爆発威力はそれほどでもないが、爆発する際に黄燐おうりんをまき散らし、周囲に火災を引き起こすのが特徴だ。リウィウスは爆発する前の状態のそれを見た事は無かったが、シュバルツゼーブルグに遺された破片のうち起爆装置の部分はほぼ完全な状態で原型をとどめていたので、ティフが掲げる爆弾の正体にすぐに気づくことができた。


「動くな!

 動くなよ!?」


 ティフは英語で警告し続けるが、カエソーと百人隊長たちは英語を理解できてもリウィウスには分からない。もちろん、ティフの態度、持っている爆弾、行動、周囲の反応からティフが何を言っているのか想像はつく。だからリウィウスは身構えながらも他の百人隊長たちのように距離を保ちつつ様子をうかがう。

 しかし英語が分からず、しかも状況を読めない者が室内には存在した。カルスである。出入り口を守っていたカルスが、共に出入り口に立っていたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軍団兵レギオナリウスと共にドタドタと足音を立てながら駆け寄る。


何があったクィド・フィアタ!?」


「来るな!」


 駆け付けたカルスたちに向かってティフは爆弾を突きつけ、舶刀カットラスを抜いた。その拍子に舶刀の鞘がティフの背後にあった燭台に触れ、燭台が倒れる。幸い、倒れた時にロウソクの火は消えてしまったので火災にはならなかったが、音を立てて倒れた先で溶けたロウがこぼれ落ちて絨毯じゅうたんを汚した。

 燭台が倒れた音に驚き、ティフは振り返ってそちらへ抜いた舶刀を向ける。その方向にはグルグリウスが立っていた。


「動くな、お前も動くなよグルグリウス!?

 今の俺に魔法のいばらは効かないぞ!

 他の魔法で俺を捕まえてみろ、爆弾コイツを放して爆発させるぞ!?」


 グルグリウスは両手をかざし、無言のまま無抵抗をアピールする。グルグリウスにとってティフの爆弾も舶刀も怖くはなかったが、だからといって周囲の人間に危険が及ぶことを無視できるわけではなかった。また、ペイトウィンを捕まえた時の経験から、『勇者団』が地属性魔法に対抗するための魔導具マジック・アイテムを持っていることも知っていたし、ティフが持っていてもおかしくはないと想定してもいた。ここで下手に動いて間違って爆弾を爆発させ、カエソーやリウィウスに万が一のことがあってはならない。


 シュラン……


 ティフの背後から鞘走さやばしりの音が響き、ティフは再び振り返る。


「動くな!!」


 舶刀を抜いたティフがグルグリウスの方を向いたことから、隙が出来たと思ったカルスと軍団兵が剣を抜いていたのだった。


「剣を戻せ、カルス!」


 興奮するティフを横目にリウィウスが命じる。


「け、けどリウィウスとっつぁん!」


「いいから仕舞え!」


 リウィウスの鋭い声に我に返ったカエソーがティフに呼びかける。


「お、落ち着いてくださいティフブルーボール様!

 彼ら兵士は英語が分からないのです!」

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