第1297話 警告

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「ダイアウルフのことは『勇者団俺たち』に任せるがいい。

 そうすれば閣下は明日か、遅くとも明後日にはアルトリウシアへ行けるだろう。

 その代わりに……」


 投降までの猶予ゆうよを求めようとしたティフをカエソーはさえぎった。


「その必要はありません!」


「!?」


 その表情からカエソーの意表を突いたと確信していたティフは思ってもみなかった拒絶に耳を疑い、思わず顔をしかめる。そのティフがカエソーの言葉を訊き間違えたかと問い返す前にカエソーは続けた。


「ダイアウルフについてはアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが掃討作戦を実施中です。

 『勇者団』ブレーブスの力を借りるまでも無く、ダイアウルフは駆逐されるでしょう。

 ティフブルーボール様はどうぞ、『勇者団』ブレーブスの掌握に御尽力ください」


 何かを押し殺したようなカエソーの声にはテコでも動かないぞと覚悟を決めた様な響きがあった。


「待て、その作戦に投入される兵士は二百人も居ないのだろう!?

 ここからアルトリウシアまでは二十キロでは利かないはずだ。

 そんな広範囲をたかが二百人で捜索しきれるわけないだろ!」


 その指摘にカエソーを始め四人の百人隊長ケントゥリオたちも一斉に表情を変えた。


 情報が漏れている!?


 アルトリウシア軍団がグナエウス街道に出没するダイアウルフを掃討するため作戦行動を開始したことは既に広く告示されたことだ。だからダイアウルフが出没することも、アルトリウシア軍団が掃討作戦をやっていることも、アルトリウシアやシュバルツゼーブルグの住民たちならだいたい知っていておかしくはない。だがそこに投入される兵力までは公示されてはいない。だから本来ならティフたちが知っている筈は無かった。それなのに投入される兵力が二個百人隊ケントゥリア……百七十人ほどで、サポートに当たる騎兵隊エクィテスを含めても二百人に満たない事実が知られている。これではもう作戦がまるごと外部に漏れているとしか思えない。


「どこでそれを?」


「そんなのはどうでもいいだろ!?

 俺たちには俺たちの情報源があるってことだ」


「その情報源とは?」


「うるさいな!

 『勇者団俺たち』の仲間にモンスター・テイマーが居るって言ったろ!?

 彼が使役するモンスターの中には鳥やコウモリのモンスターも居るんだ。

 空から見れば軍隊の作戦なんて一目瞭然さ!」


 しつこく情報源を問いただそうとするカエソーにティフは咄嗟に嘘をついた。実際はレーマ軍の早馬タベラーリウスが運んでいた通信文を盗み見たのだが、それを正直に言うと後で不利なことになりそうな気がしたのだ。

 しかしてカエソーはどこか半信半疑とは言った感じだったがウーンと唸りながら前のめりにしていた身体をゆっくりと引き下げる。


「で、どうなんだ。

 二百人に満たない少人数で、ここからアルトリウシアまでの広い範囲に隠れているダイアウルフを狩りだすことなんかできないだろ?」


 カエソーに突っかかられたことで気分を害したティフは動揺しつつも、彼らしい不機嫌そうな調子で問いなおす。まだ、自分の提示した条件が相手にとって魅力的な物の筈だと信じて疑っても居なかったのだ。


「そうだとしても、今の我々には十分な護衛戦力があります。

 ダイアウルフが跳梁ちょうりょうしていたとしても、寄せ付けるものではありません」


「じゃあ何でこんなところで留まってんだよ!?

 さっさとアルトリウシアへ行けばよかっただろ!!」


 自分の提案をまるで無価値であるかのように拒絶されたティフは思わず喚いた。『勇者団』の誇るモンスター・テイマー、ペトミー・フーマン二世がゲーマーである父から受け継いだ特殊技能スキルを使ってやろうという提案を拒絶されたのである。ティフからすれば聖貴族の存在価値を否定されたようにしか感じられなかった。カエソーのムキになった様な態度がしゃくさわったというのもあるだろう。


「ここはアルトリウシア子爵領です。

 子爵の軍団レギオンがそう要請するのなら可能な限り尊重せねばならんのです」


 顔を赤くして喚くティフの様子に内心で「不味いな」と焦りつつも、カエソーは努めて冷静に、しかしハッキリと答える。だがティフはまだ納得できない。


アルトリウシア軍団アルトリウシア・レギオンだってダイアウルフが居なくなるのはありがたいはずだ。

 レーマ軍に損はないだろ!?」


 『勇者団』にとってダイアウルフの排除は最初からこの交渉のために用意していた交換材料だった。冬になればグナエウス峠は積雪のために通行不能になって封鎖される。それなのにその前にダイアウルフによって交通の安全が脅かされており、カエソーとルクレティアの一行も砦に足止めを食らっている。ならばこのダイアウルフをどうにかすれば、カエソーやルクレティアを脅すことも恩を着せることも可能となるはずだ。そのためにティフはペトミーをファドと共にダイアウルフが出没しているであろう地域に派遣し、ダイアウルフを見つけて制御下に置くように頼んでおいたのだ。おそらくペトミーとファドはとっくにダイアウルフを見つけ、手懐てなずけ、そして街道を行き来する通行者への襲撃を継続させている筈なのである。

 しかしカエソーからすればそんなのは善意の押し売りでしかなかった。まして脅迫とセットなんだからがた味なんてあるわけもない。だいたい、カエソーだってサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアのナンバー2、筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスなのである。カエソーとルクレティアにダイアウルフが出没しているから砦で待機してほしいなどという要請がただの建前でしかないことぐらい気づいていた。要は、『勇者団』がカエソーたちを追ってきてアルトリウシアまで来てしまうのを防ぎたいのだ。そのために砦に籠って『勇者団』を引きつけ、そこで処理してしまいたいに違いない。アルトリウシアが『勇者団』をアルトリウシアへ近づけたくない理由なんて明白だ。リュウイチに近づけたくないのだ。


 リュウイチはマニウス要塞カストルム・マニで軟禁状態になっているが、これはリュウイチが積極的にレーマ軍に協力しているからこそであって、レーマ軍が実力で軟禁しているわけではない。リュウイチはその気になればいつでも要塞カストルムから出て行くことができる。実際、リュウイチは誰にも気付かれることなく一人で砦から飛び出し、《陶片テスタチェウス》の売春宿ポピーナに遊びに行ってしまった実績があるのだ。もしもリュウイチにとって気に入らない何かがあれば、リュウイチはいつだって出て行くことだろう。

 そして『勇者団』はゲーマーの子や孫たちの集団である。彼らの父祖であるゲーマーの多くは《暗黒騎士ダーク・ナイト》によって殺されるか無力化されてしまっているのだから、彼らにとって《暗黒騎士》は親の敵に当たる。《暗黒騎士》の親戚で《暗黒騎士》と同じ肉体アバターを持つリュウイチを、親の仇と認識して攻撃してしまう可能性はかなり高いと言えるだろう。

 両者を近づければ何が起こるか分からない……いや、高確率で戦闘が起こる。そして両者が激突するとすれば、それは間違いなく魔法による戦闘だ。『勇者団』の実力は《地の精霊アース・エレメンタル》に言わせれば大したことはないそうだが、それでもそれに対抗する《暗黒騎士リュウイチ》の方の実力は計り知れない。眷属である《地の精霊》なんかよりずっと高いことは確かで、《地の精霊》が文字通り神にも等しい力を持っているのだら、リュウイチが本気で暴れればタダでは済まないだろう。ならば、『勇者団』をアルトリウシアに近づけたくない、カエソーやルクレティアを盾にしてでも『勇者団』を峠より東へ留めおきたいと考えるのは至極当たり前のことであるようにカエソーには思われた。


「損か得かではありません」


 何で俺がこんな苦労を……カエソーは急に起き出した頭痛に顔を顰めつつ、ティフをどう説得するか思案しつづける。


「じゃあ何だよ!?」


『勇者団』ブレーブスの存在はまだ明るみになっていません。

 レーマ軍も全軍が知っているわけではないのです」


「……それが?」


 どうかしたのか?……そう尋ねるティフも実をいうと既に理由は気づいている。だが不愉快な思いをさせてくれたカエソーへの反発から素直に納得したくない。物わかりの良い素直な態度を気に入らない相手に見せるのは、何かに負けたような気になるから嫌なのだ。

 カエソーは自分の膝に片肘を突いて前屈みになり、顔を突き出した。


『勇者団』ブレーブスに目立たれては、『勇者団』ブレーブスの此度の所業を世間から隠すことができなくなるのですよ。

 お分かりか?」


 今更この部屋の誰に訊かれたところで誰も困らないのだが、カエソーは声を低めて言った。前屈みになったせいで赤くなった顔でまっすぐティフの目を見つめ、低く抑えた震える様な声でそう話されるとさすがにティフも意地を張っていられなくなる。


「う……うん……」


 ティフは不承不承ながら口を尖らせて認めた。


「言ったはずです。

 これ以上何も攻撃したり騒ぎを起こしたりしない……それが絶対条件だと。

 これは、『勇者団』ブレーブスの存在を世間から隠すためでもあるのです。

 『勇者団アナタ方』のためなのです!

 それを守っていただけないというのなら、今すぐにでも貴方様を拘束します!」

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