第1296話 自覚なき脅迫
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
室内には何本もの燭台が並べられ、昼間のようなというほどではないにしろ、手元の本を読むのに問題ない程度に明るさを提供している。そのオレンジ色の光は床のみならず壁や天井も照らしていたが、遠い壁や天井よりはより火に近い人の顔の方を明るく照らすため薄暗い背景に浮き上がって見える。更に背景が影があればそのコントラストは余計に強調され、存在感はより一層高められることになるだろう。
そうした視覚的効果もあってかティフの目にグルグリウスの姿は一層印象的に見えた。燭台の光が遮られることによって出来る影が天井にまで伸びているのは、この室内にいる人々の中でグルグリウスだけだったのだから、その視覚効果はより強烈なものとなっていたのだった。
何の感情も浮かんでいないグルグリウスの赤い眼はティフをジッと見下ろしている。ゴクリ……無意識にティフが喉が鳴らした。
「グルグリウス殿……
貴殿ならば
「居場所が分かっていれば造作もありません。
その居場所も、
ティフに対するダメ押しの警告……カエソーの意図を察したグルグリウスが何の表情も浮かべぬまま冷徹に答えると、斜め後ろに立つグルグリウスを振り返って見上げていたティフは正面に座るカエソーへバッと向き直った。
「グルグリウス殿は《
ティフが悔しそうに唇をゆがめる。カエソーは自分がこうまで『勇者団』に対して強気に出れる理由を示したわけだ。投降する……そう口約束だけしておいてレーマ軍の追及の手を緩めさせ、実際には投降せずに降臨術のための時間を稼ぐというティフの目論見はどうやら叶いそうにない。
「いかがでしょう、前向きに御検討いただきたいのですが?」
カエソーを見つめるティフは、追い詰められた者に特有の何とも言えない歪んだ表情をしていたが、カエソーがそのとどめの一言を発すると何故かフッと笑った。
「閣下。
閣下はやはり『
意外な抵抗を見せるティフにカエソーはオヤッ!?と驚いたような表情を浮かべる。
「『
だがそれは違うぞ、『
「ほう、聞きましょう。
それは何ですか?」
ティフの言葉をハッタリか何かだと決めてかかったカエソーは余裕たっぷりに続きを催促した。
「時間だ」
「時間?」
カエソーは顔を
「知っているぞ、お前たちは早くアルトリウシアへ行きたいのだろう?」
「まぁ、そうですな」
「だがここから先の街道は封鎖されている。
ダイアウルフが出没するからだ」
「『
「……」
「『
モンスターを
彼の手にかかればダイアウルフごとき、どうにもでできる。
街道から引き離すことも出来るし、逆により積極的かつ巧妙に街道を通る者を襲撃させることも出来るだろう」
「!!」
カエソーの顔が一瞬で強張った。ティフとしては純粋にダイアウルフを除いてカエソーたちがアルトリウシアへ早くたどり着けるようにすることを条件に、『勇者団』の投降までの猶予期間を引き延ばすつもりだった。だがカエソー側からすれば街道の安全を人質にされたようなものだった。
カエソーの手元には
だがティフは言った。「積極的かつ巧妙に街道を通る者を襲撃させることも出来るだろう」と……これはつまり、『勇者団』がダイアウルフを操ってグナエウス街道で
アルトリウシアは先月の
リュウイチは温厚な性格だが決して無関心なわけでも消極的なわけでもない。リュウイチに攻撃を仕掛けて来た兵士を処刑から救うために莫大な金貨を提示してきたし、叛乱事件の被害に遭ったアルトリウシア住民を救うために膨大な量の財貨と共に
いずれも
そしてそうした行為は周囲が諫めるのが間に合わなかったか、周囲の諫めを聞いたうえで遠慮して自重した結果のものであり、周囲が諫めなければそれよりももっとすごいことをしていたであろうことは想像に難くない。少なくとも周囲で困っている人に手を差し伸べ、協力することには何のためらいも感じてはいないようだ。カエソーはリュウイチとは数度の食事を共にした程度の付き合いしかないが、それでもカエソーの見たところリュウイチはその力を使うことを惜しむ人物ではない。そのリュウイチがアルトリウシアの
アルトリウシアではたくさんの困っている住民が居る。それでも
それなのにこの状況で侯爵家、子爵家両家の復旧復興事業を何者かが妨害し、両家がそれに対応しきれない事態になったらどうなるか……このままでは領主貴族に任せておけない……リュウイチがそう判断すれば、リュウイチが積極的に動き出してしまうかもしれない。
あの《
カエソーはアルビオンニア属州の貴族ではないが、同じレーマ帝国の
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