第1295話 引き延ばし
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
観念したようなティフの態度にカエソーは内心でホッと息をつく。
「では、
そう問いながら再び
「約束はできないな」
思わず茶碗を口元へ運ぶカエソーの手が止まる。口のすぐ手前で止めた茶碗を持つ手越しにティフを見たカエソーの目を、ティフは目だけ動かして見返す。
「だがメンバーに話はしてみよう。
さっきも言ったが、俺はリーダーではあっても独裁者じゃないんだ。
大事なことはメンバーで話し合って決める」
そういうとティフも上体を起こし、自分の茶碗を手に取った。カエソーはその様子をじっと見たまま
「色よい返事を期待しますが、御返事はいつまでにいただけそうですか?」
カエソーが茶碗を置きながら尋ねると、ティフは茶碗に口を付けないまま下におろしてカエソーへ向き直った。
「そうだな、一か月ってところかな?」
「フッ、さすがにそれは……」
降臨術が満月か新月の夜に行われることはカエソーでも知っている。今から一か月後にとなれば、その前に『勇者団』は降臨術に再挑戦できるということだ。レーマ軍として大協約の定めに従い、降臨を阻止しなければならないカエソーにとってそれは認めがたい。
「一週間でお願いします」
「無理だ!」
ティフは心底驚いたように目を剥いてみせる。
「メンバーの中にはクプファーハーフェンへ行った者もいると言っただろ!?
彼らと再会するだけでも最短で一週間はかかる。
メンバーは他へも行ってるんだ。
一週間で全員が再集結なんてできるわけがない!」
「接触できる方から順次投降していただくだけでもかまいません。
主要なメンバーが投降すれば、残りも投降を決断するでしょう」
冗談のように笑うティフにカエソーはあくまでも真面目に話す。なるべく気安く話すことでカエソーの妥協を引き出すつもりだったティフは苦笑いを浮かべながらカエソーに挑みかかるように手にしていた茶碗をテーブルへ戻した。
「分かっているのか?
それは再会できなかったメンバーを見捨てるのと同じだ。
仲間を裏切るような真似なんか、冒険者はしない!」
ティフたち『勇者団』のメンバーは英雄譚に浸りきっていたせいか、物語の主人公である父祖たちを過度に美化する傾向がある。特に父祖たちの冒険者という生き様は、近世以降の青少年にとっての中世騎士の様な、あるいは明治以降の青少年にとっての侍や忍者の様な、現実離れした理想像となっていた。
もう少し現実を見てほしいところではあるが、そのようなところにツッコミを入れてティフの機嫌を害し、この交渉を犠牲にしてまでティフの成長に貢献するつもりはカエソーには無い。
「ですが一か月では長すぎます。
十日でどうですか?」
「馬鹿を言わないでくれ!
再集結するだけでそれぐらいはかかる。
それも今までの拠点を使えればの話だ。
だがレーマ軍がシュバルツゼーブルグにあった拠点を潰してくれたからな、十日で再集結なんてもう無理だ」
フーッ……カエソーは大きく溜息をついた。
再集結まで十日以上かかるというのが本当なら半月くらいは覚悟しなければならないだろう。だが半月も待てばその前に新月が来ることになるので『勇者団』に降臨のチャンスを与えることになってしまう。カエソーとしては安易に認めるわけにはいかなかった。
「では最短でどれくらいで可能なのですか?」
「むしろこっちが訊きたい。
いつまでなら待てるんだ?」
カエソーは身体を起こした。
「先ほども言いましたが、待てるのはせいぜい一週間といったところです」
「今、十日って言ったじゃないか!?」
「必ず投降してきていただくならギリギリ十日までは待てますということです。
つまり重ねられる妥協を重ねられるだけ重ねた結果の数値です。
投降するかどうかわからないが返事を持ってくるというだけなら、一週間がせいぜいです」
そう、今は返事を持ってきてもらう期限の話をしている。落ち着いて返事を出せるように一週間までなら待ちましょうという話をカエソーはしていた。そしてそのうえで投稿するという決断が保障できるのであれば、十日までは何とか待ちますよというのがカエソーの立場である。
だがティフは残念ながら投降するつもりは最初からなかった。返答するまでの期限ではなく、レーマ軍が追及の手を緩める期間として考えているのでそこに違いがあることに気が付かなかったのだ。
ティフはカエソーを睨みつけたまま難しい顔をして背もたれに上体を預け、腕組みをする。
「再集結に十日……それは変えようがない。
物理的に距離をどうにかできるわけじゃないんだからな」
カエソーは残念そうに首を振った。
「では残念ながら我が軍は待てません。
捕まえられる方から捕まえさせていただかざるを得ませんな」
パンッ! ……ティフは両手で自分の両膝を叩き抗議する。
「何だそれは!
先ほどから閣下は自分たちに都合のいい答ありきで、こちらの実情に全く理解を示されない。
交渉の余地がないではないか!?」
「交渉では互いに提示できるものがあって初めて相手に対して妥協しようという話になるのですよ。
失礼だが
「わ、我々の投降が取引材料なんじゃないか!」
戸惑うティフにカエソーは実に残念そうに首を振った。
「いいえ、我々は
そりゃ進んで投降してきてくださるならありがたくはありますが、投降するのがあまりにも遅いようならあえて待つより捕まえた方が早いということになるでしょう?」
ティフはギリッと歯噛みした。つまりカエソーは一週間以内に『勇者団』の残りのメンバーを捕まえると宣言しているようなものだった。自分たちの実力を高く評価しているティフにとって、一週間で全員捕まえて見せると目の前で豪語されるなど屈辱でしかない。
「た、たかが一週間で全員捕まえて見せると……閣下はそう言いたいのか?
「そうでしょうか?
カエソーが落ち着いた様子で言うと、ティフは自分の斜め後ろに立つ偉丈夫を見上げた。カエソーがそこへ追い打ちの一言をかける。
「
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