第1294話 家名にかけて
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
リュウイチはヴァナディーズに
「リュウイッ!……」
思わずリュウイチの名前を出しかけて途中で言葉を飲み込む。これには百人隊長たち全員と、これまでティフとカエソーの話にほとんど何の反応も示していなかったホブゴブリンの老兵もギョッとした様子でカエソーへ視線を走らせる。
「リューイ?」
ティフが
「ウホンッ!
あー、リウィウス!
ああ、
リウィウス、あー、そのー」
リュウイチの名を出しかけたことを誤魔化すため、すぐ近くにいたリウィウスを呼んだカエソーが用もないのに用事を頼もうとすると、会話がいきなり英語からラテン語に切り替わったことから事情を察したリウィウスが余計な用事を頼まれる前に先回りして適当に答える。
「
「
ラテン語は普通に話せるが二人の会話の意味が分からなかったティフは眉を
「何で今……ルクレティアってスパルタカシアのことだよな?
何で今
「ヴァナディーズ女史は
女史のことなら彼女が一番詳しい。」
忌々しげなティフにカエソーが
「私の知る限り
そのことを訊こうと思ったのです」
ティフは猜疑に満ちた視線でカエソーを捉えたまま「フーン」と、いかにも腹の底では納得してないとアピールするかのような相槌をうった。そしてしばらくカエソーをそのジトッとした目で見つめた後、急にまた当てこするように語り掛ける。
「だが、あの毒婦めが人を
何せ『
他人の従者だからと油断して近づけたのは失敗だったな。
アレはわずかの時でも人の欲を見抜き、つけ込むんだ」
「あの御方はそのような方ではありません」
おおよそ聖貴族とは思えぬ卑屈な物言いにうんざりしたような表情でカエソーがピシャリと言うと、ティフはどこか残念そうな表情でカエソーをジッと観察しはじめた。
今のは揺さぶりのつもりだったのか?
カエソーは茶碗に手を伸ばし、一口啜る。
先ほどはヴァナディーズ女史の話から《
話術としては
うぅ~~、いかんいかん……油断するなカエソー!
見た目と言動の幼さに侮っていると馬鹿を見るぞ!?
茶碗の中でかすかな気泡を生じさせながら揺れる
その様子を対面で眺めていたティフは残念そうにへの字にした口に力を込めて上体を起こす。
チェッ、もう少しで何か言いそうだったのに……
残念ながらカエソーは気持ちを切り替え、警戒を新たにしたらしい。こうなっては同じ方向から揺さぶりをかけても効果はないだろう。尤も、先ほどの話の展開は全くの偶然でティフも別に狙って話題を展開していったわけではなかったので残念がるのもおかしな話ではあったが……
「ともかく、先にヴァナディーズ女史から証言を得たからと言って、彼女の証言を鵜呑みにすることはありません。彼女が自分に有利な証言をしているであろうことぐらいは我々も承知しております。
また、
我々はかの御方と極めて友好的な関係にあります。
我がサウマンディウス伯爵家が家名にかけてお約束いたします。
そこはどうか、御安心ください」
カエソーは茶碗を置くと膝の上で両手を組み、ティフの目をまっすぐ見つめて説明した。ティフとしても「家名にかけて」と言われればそれ以上ケチのつけようがない。ティフもこれでも貴族社会で生きて来たのだ。それがどれだけ重大な意味を持つのかぐらいは承知している。ここでさらにケチを付ければ、もはやサウマンディウス伯爵家と『勇者団』の関係は決定的に破綻するだろう。
レーマ帝国でも五指に入る一大勢力を誇るウァレリウス氏族……その中でもサウマンディウス伯爵家はレーマ帝国南部で最大の権勢を誇る有力貴族だ。ここで伯爵家公子のカエソーを完全に敵に回すようなことをすれば、レーマ帝国全体を敵に回すことになりかねない。そうなれば降臨なんて不可能になってしまう。これは降臨そのものが出来なくなるという意味ではない。もっと政治的な問題だ。
ティフ達の目的は降臨を再現して父たちを再臨させ、現在の大協約体制射会でのゲーマーの評価を
だが『勇者団』がレーマ帝国と全面対立した状態でゲーマーが再臨すれば、絶大な力をもったゲーマーが『勇者団』とともにレーマ帝国と戦うことになるだろう。そうなれば大戦争の再開だ。ゲーマーの評価を覆すどころか、
ゲーマーをゲーマー以前の降臨者たちと同様に《レアル》より
「ふむ……レーマ帝国のサウマンディウス伯爵家が家名にかけて保障するというのであれば信じぬわけにはいかんな」
ティフは溜息交じりにそういうと背もたれに上体を預けた。
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