第1300話 発散
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
「ホントに今更だな!
もう決裂したんだからどうでもいいだろ、そんな事!!」
ティフは怒り顔に半笑いを浮かべて罵るように答えた。冗談だとでも思ったのか、あるいはあえて冗談として扱ってやることで
「そうおっしゃらずに……」
「食い下がり方も嘘つきNPCだな!
お前たちはいつも同じだ、ワンパターンだ!」
引き留めようとするカエソーにティフは耳を貸そうとすらしない。片手で握りしめた爆弾を高く掲げたまま、右手に握った
「お前みたいな嘘つきNPCなんか信用できるか!
交渉は終わりだ!
決裂したんだ!
諦めろ!!」
鬼の
「そうはいきません。
あれほど望んだ交渉を簡単に諦めていいんですか!?」
グルグリウスに立ちふさがられたことでティフは脚を踏み出すのを止めたが、行く手を阻むグルグリウスを睨みながらティフはカエソーに反発する。
「何が交渉だ!?
それは俺が望んだモノじゃなかった!
俺はお前なんかと、閣下と交渉するつもりで来たんじゃなかった!
それなのに出て来やがって……」
「それは行き違いです!
お互い立場があるのですから仕方ないではありませんか!?」
「うるさい!
だいたい交渉ってのはお互いに歩み寄って妥協点を探ることだろ!?
なのにお前は何だ!
最初から一歩も譲る気も無く、ただただ自分の都合ばっか押し付けて!」
「ですから、私にも立場というものが……」
「うるさい!!」
ティフは生意気なカエソーを黙らせたいが、その前をグルグリウスに立ちふさがれているために手が出せず、地団駄を踏んだ。
「譲る気が無いなら最初から交渉しようなんてするな!
不誠実だ!!」
不毛な言い争いは
一体どうすればいいんだ……
そもそもティフが何でいきなり激昂したのか分からない。不用意にもうっかり
しかし、今更後悔しても遅い。ティフは既に
ひとまず、落ち着いていただかねば……
「と、とにかく、一度落ち着いてください!」
「うるさい! 黙れNPC!
爆弾投げつけるぞ!?
全員火あぶりになりたいか!」
しかしカエソーが宥めれば宥めるほど、火に油を注ぐばかりだった。ティフがなおも激昂する。ティフの中でカエソーは既に“嘘つきNPC”のレッテルが張られていたのだから、そんな人物が口を開けば感情を逆撫でされるだけなのだ。それに気づいたグルグリウスがズイッとカエソーの前へ出て代わりに警告する。
「そんなことすれば
部屋は広いが小型とはいえ爆弾を爆発させる戦場としてはかなり狭い。爆発させればティフが言うようにグルグリウスを除くほぼ全員が被害を被るだろう。しかも焼夷爆弾……
「やかましい!
そんな備え、俺に無いと思っているのか!?
対火属性の
魔法耐性だってあるし治癒魔法だって使えるんだ、舐めるな!
死ぬのはお前らだけだ!!
試すか!? 試したければ試していいぞ、お前たちの命と引き換えにな!!」
打つ手無しか……これ以上何を言ってもティフを刺激するだけだ。レーマ側の陣営は全員が言葉を失った。が、それはティフの側も同じだった。
たしかにティフはある程度の魔法耐性もあるし、仮にレーマ側に捕まって没収さても良い程度の物ではあるが防御用の魔導具も身に着けている。焼夷爆弾を室内で爆発させたからと言ってそれで致命傷を負うリスクは低いだろう。だがだからといって爆発させても平気と言うわけでもない。
今、手に握られた爆弾はティフがレーマ側による拘束を逃れることを保証する唯一の物だ。グルグリウスには爆弾は効かないが、爆発すれば他のレーマ軍人たちが被害を被る。だからグルグリウスはティフに手を出さないでいる。それなのにその爆弾が爆発して失われてしまえば、グルグリウスがティフに遠慮する理由は一切なくなる。ティフは間違いなく取り押さえられるだろう。
それに爆発のダメージという点でも無事では済まない。たしかにティフは魔法的特質や魔導具の力によって爆風や炎からある程度身を守ることはできるだろう。負傷も魔法で治癒できる。しかし、焼夷爆弾が爆発して室内が火の海になって問題になるのは熱ばかりではない。狭く密閉された空間で火を燃やせばどうなるか……酸素が無くなるのだ。つまり息が出来なくなる。息が続く間に部屋から脱出できればいいが、グルグリウスに取り押さえられればそれまでだし、仮にグルグリウスがレーマ軍人の救出を優先したとしても息が続いている間に脱出できなければ結局倒れることになるだろう。結局、手にした爆弾もハッタリでしかなかったのだ。
レーマ側は打つ手を失い、沈黙を強いられることになった。だがティフの側もそれ以上打つ手があったわけでもない。レーマ側が黙ったからと言ってもレーマ側にティフを逃そうという意思が無い点は変わらなかったし、沈黙された状態で囲まれたまま脱出も出来ないとなればティフの側も多少は冷静さを取り戻さざるを得ない。
ティフはフーフーと荒い息を繰り返しながらレーマ側の将兵と、そしてグルグリウスとにらみ合いを続けた。やがて冷静さを取り戻したティフは構えを解き、立ったまま身体を一度脱力させる。
「ふーっ……」
完全に油断したような状態だったが、それでもレーマ側の誰もティフに襲い掛かることはしなかった。爆弾はまだティフの手に握られたままだったからだ。
深呼吸に近い深い溜息をついたティフは何もない天井をふと見上げ、気持ちを切り替える。次にティフの口から出た言葉は、先ほどまでの興奮が嘘のように落ち着いたものだった。
「じゃ、帰らさせてもらう」
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