第1301話 引き留め
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
ティフは部屋の出口へ向かい歩き始める。そこには武器を捨てたカルスと
「
うんざりしたようなティフの短い一言が二人に投げかけられた。何となく何を言われたか想像は付くものの言葉の意味が分からない二人は戸惑い、
ど、どうすればいいんですか?
その目はそう言っていた。二人の目が揺れて見えたのは本当に目を泳がせていたからなのか、それとも二人を照らすロウソクの頼りない光が揺れていたせいなのかは分からないが、二人が誰の目にも頼りなく見えたのは確かだった。
二人が英語を理解できないことを思い出したティフは面倒くさそうにラテン語で言い直す。
「“退け”と言ったんだ。
俺は帰る。
道を開けろ」
二人はビクッと身体を一瞬震わせ、ティフの目を、そして互いの目を見合わせる。いくら彼らでも“敵”を勝手に逃がしちゃいけない事ぐらいは分かっていた。
「お待ちください!」
苛立ちを募らせ始めたティフの背後からカエソーが再び声をかけ、ティフは忌々し気に首だけで軽く振りむいた。
「まだ何かあるのか?」
「本当にこのまま帰るのですか?」
「当然だ。
俺は閣下を信用できない。
信用できない相手とは交渉しない」
冷たく言い捨て、ティフは身体ごと振り向いて右手に持った
「それとも、やはり俺を捕まえるのか?
別にいいぞ?
そこのグルグリウスや《
俺を捕まえるくらいわけはないだろう。
もちろんその前に俺も抵抗させてもらうし、お前たちには目にもの見せてやるつもりだがな」
戦闘は避けたかったが最悪の事態は想定していた。戦って敗れて、そして一度捕まり、それからチャンスを見て脱走するつもりで貴重な
「そう結論を急がないでください。
私は
これには全員が驚き、カエソーへ視線を集中させる。ティフはフンッと鼻を鳴らした。強気な態度を見せると突然態度を軟化させ、今度は懐柔を試みようとしてくるのはティフに取り入ろうとするNPCどもにありがちな行動パターンだった。
「今更、都合の良い事言ったって騙されないぞ。
閣下は捕まえないけど代わりにグルグリウスが捕まえるとか、そういう
そこまでいくとティフの
「私のことは信用できない……残念ですがそれは理解しました」
フンっと鼻を鳴らし、ティフは突き付けていた舶刀をまるで重みに耐えかねたかのように勢いよく降ろす。
「じゃあ何だ?
交渉も終わり、捕まえもしないなら呼び止めることもないだろ」
ティフの顔は笑っているように見えた。だが、爆弾を握る左手には力が込められており、カエソーの呼びかけを冗談として受け取って気分を弛緩させたわけではないことは見て取れる。
「そうもいきません。
交渉の糸口ぐらいは残しておかねば……」
「お前とは交渉しないって言ってるだろ!?」
先ほどまでの笑っているように見えた表情を豹変させてティフが憤慨する。やはりこの人の感情は表情と同じではないようだと厄介に思いながら、カエソーは追いすがった。
「それは分かってます!
理解しました!」
「じゃあ何だ!?」
ティフと交渉し
そう、信用を失ったのはカエソー一人……そういうことにしておけば、カエソーの失態にはなるが『勇者団』との交渉の糸口は残すことができる。
「私は信用できないから私とは交渉しない、それは残念ですが仕方ありません。
ですが、レーマ軍との交渉も全て拒否するのですか!?」
ティフはそれに応えず、ダランとぶら下げるように持っていた舶刀を握りなおした。
「我が軍とまで決裂し、決定的に対立すればどうなるか考えてください!」
百人隊長たちはカエソーがティフを逃がそうとしていることに動揺していたが、カエソーが何をしようとしているのか気づくと落ち着きを取り戻し始める。ティフは特に百人隊長たちの変化には気づくことも無く、しばらく黙って考えてからボソっと答えた。
「『
それでいいだろ?
もう交渉の必要はないはずだ」
ブルグトアドルフで、次いでアルビオンニウムでレーマ軍に盗賊どもを
カエソーもティフから“NPC”と罵られたことで、ティフがどうやら聖貴族以外の人間を不当に見下しているようだと気づいていた。レーマ帝国でも最上位に近い
こういう場合、一般人の犠牲者のことを訴えたところで意味はない。逆効果ですらあるだろう。だいたい原理原則論を持ちだしただけで激昂する相手なのだ。法律を解いたところで意味はない。法は人を見て説け……カエソーはあえて『勇者団』にとっての懸念事項を人質にとることにした。
「
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