第583話 ドライアドVS聖騎士スモル・ソイボーイ

統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム



「「「「「!?」」」」」


 突然、スモル・ソイボーイの真正面に現れた半裸の美少女に一同はハッと息を飲み、動きを止めた。星明りも届かぬ真っ暗な森の中、殺伐とした雰囲気にはまったくそぐわない容姿は、だが確実に人間のそれではない。吐く息も白く染まるほどの寒さの中でこれだけ肌を露出させながら一向に寒がっている様子もなく、裸足の足には泥汚れ一つついてはいない。ぼんやりと緑色に光って見えるその身体は、よく見るとうっすら向こう側が透けて見える。


『さあ、姿を見せたらどうだというの!?』


 少女は腰に両手を当て、挑発的にやや前傾姿勢になってスモルを下から睨み上げた。


「お、おお、お、お前が…《森の精霊ドライアド》!?」


『そうよ、他の何だって言うの?』


 ドライアドはそう言うと今度はふんぞり返って腕組みをして見せた。顎を突き出すように顔をあげ、無理矢理自分より背の高いスモルを見下ろすようにしている。見た目通りの子供がやっているとしたら、まったく生意気な態度であった。


『せっかく姿を見せてあげたっていうのに、言う事はそれだけ?

 まったく、口は立派だけどイザとなったら何もできないのね。』


 フンッと鼻で笑うようにドライアドが冷たく言い放つと、スモルはカッとなって「ぬおおおっ」と唸り声を上げながら左手に持っていた盾を勢いよく突き出した。


「スモルよせ!!」


 ティフ・ブルーボールは顔色を無くして叫ぶ。

 シールドバッシュ…盾で殴りつけ、衝撃で相手を突き飛ばす技である。鎧で身を固めた大の男であってもスモルのシールドバッシュをまともに喰らえば耐えられるものではない。翻筋斗もんどり打って地に背を付けてしまうのは確実だし、衝撃で失神してしまうことも珍しくはないほどの威力だ。

 だが、盾が当たるその瞬間にドライアドの姿は一瞬で消え去り、盾は虚しく空を突き抜け、盾が作り出した風圧が地面の落ち葉をふわりと舞い上がらせた。


「!?」


 気づけばドライアドはそこから一メートルほど後方へ移動しており、そこから左手で右肘を抱え、軽く握った右手を口元に当ててスモルを上目遣いで見上げてクスクスと笑っている。


『何をしているのかしら?

 あおいでくれているの?

 それとも、そんな不格好な踊りで私を笑わせてたおすっていうのかしら?』


「お、踊りだとぉ~!?」


「そこまでだ、スモル・ソイボーイ!!」


 スモルは剣を引き抜いた。父より受け継いだ聖剣ガラティーンが天を突かんばかりに振り上げられたところでティフが背後から飛び掛かる。だが優れた体躯たいくをフルプレートの鎧で包んだスモルの体重はティフの倍以上あり、ティフの体当たりでもわずかによろけただけで姿勢を崩さない。


「放せティフ!

 精霊エレメンタルがせっかく姿を現わしたんだぞ!?」


「ダメだ!

 俺たちは戦いに来たんじゃない!

 剣を降ろせ!!降ろすんだ!」


 ティフはスモルの身体によじ登るように両脚でしがみ付き、振り上げられた右腕を振り下ろされないよう背後から両手を巻きつかせるように抑え込む。


「剣を降ろせ!?

 ああ降ろしてやるとも!ドライアドの頭上にな!!

 この剣の鋭さを味わわせてやる!」


 そういうとスモルはティフを背負ったまま、目の前で相変わらず腕組みしてふんぞり返っている生意気な少女に向かった足を踏み出した。


「ダメだ落ち着けスモル・ソイボーイ!

 それが聖騎士のする事か!?

 話し合いに来た相手を手にかけて良いわけないだろ!」


「仲間を見捨てるお前こそ勇者と言えるのか!?

 さあ、ドライアド!俺の剣を受けて見ろ!!」


 後ろから負ぶさり、両手両足を絡めてもスモルは止まろうとせず、一歩、また一歩と前へ進み続ける。


「くそっ…誰か!

 スタフ、スワッグ!スモルを止めるのを手伝ってくれぇ!!」


「ソ、ソイボーイ様!どうかご自重ください!!」


 ティフが助けを求めるとスタフ・ヌーブがいち早く反応し、スモルの前に回り込んで抱きつくようにして止めにかかるとようやくスモルの足が止まる。


「じゃ、邪魔するなスタフ!ティフも放せ!!」


「ダメだスモル、剣を納めろ!

 話し合いをぶち壊す気か!?」


「ナイスはここに居ないんだろ!?

 なら話し合いは終わりだ!!

 ええい、放せぇ!!」


 ティフとスワッグを振り払おうとスモルは暴れるが、スワッグも『勇者団』の中ではスモルに次ぐ体力自慢である。そのスワッグが本気で抑えにかかれば、いかなスモルといえど簡単には振りほどけない。


「ソイボーイ様、抑えてください!どうか抑えて!!」

「違うぞスモル!

 スワッグ!何してる!?

 エイー!お前も手伝え!!」


「え、でも…」

「ソ、ソイボーイ様?」


 《地の精霊》とのやりとりからティフとスタフは《地の精霊》が必ずしも積極的に敵対しているわけではないらしいことは察していたし、もしも本気でぶつかれば相手になりそうにないことも察していた。何せ、その場にいた全員が『荊の桎梏』ソーン・バインドで何もしないうちに拘束されてしまったのである。もしも《地の精霊》が本気だったら、彼らはとっくにこの世に居ないか、レーマ軍の捕虜になっていたに違いない。

 そしてスタフは今日のスモルが自らの作戦失敗を気にして暴走気味になっていることも気になっていたし、そうであるがゆえにスモルとは対照的に《地の精霊》や《森の精霊ドライアド》との戦闘を避けようとするティフの方針に賛成する気持ちにもなっていた。実際に目の当たりにしたドライアドが《地の精霊》より強力な魔力を放っていることからしても、スモルのように突っかかって行くのが正しいとは思えない。

 しかし、スワッグ・リーもエイー・ルメオもシュバルツァー川での《地の精霊》との一戦については知らない。何故、ティフがこんなに下手したてに出てまで戦いを避けようとするのか理解できなかったし、ナイスを助けるのであればスモルが言うようにドライアドと一戦交えるべきだと思っていた。なのにティフとスタフはああも必死にスモルを止めようとしている。二人はどうしていいか分からず、手をこまねくしかなかった。


『ふーん…ひとまず今日のところはもう捕虜は要らないって言われているし、アナタたちが仕掛けてこない限り放っておけって言われているから何もしないであげるつもりでいたけど、どうするの?

 そっちの大きい人は戦う気でいるみたいだけど、リーダーだって言う人は戦わないつもりみたいだし…』


 あくびでもかかんばかりに退屈そうに少女が腕組みしたまま首を傾げる。


「いえ、戦いません!

 コイツには後で言って聞かせておきますから、どうかお許しを!」

「うるさい!

 戦うさ!目にもの見せてやる!!

 剣の味を教えてやるぞ!」

「ソイボーイ様!抑えてください!」


『そんな武器が私に通じるわけ無いでしょ?

 私をたおすってどうやるつもり?』


 少女は腕組みを解き、両手を広げるとヤレヤレと呆れたように首を振った。まるっきり小馬鹿にするような態度である。だが、その挑発するような様子を見ていなかったスタフとティフはそれぞれドライアドのセリフに乗っかるようにスモルを説得しはじめた。


「そうですソイボーイ様!

 ドライアドはあのナイスのマジック・アローすら通じなかったんですよ!?」

「そうだスモル!

 精霊エレメンタルに物理攻撃は通じない!

 剣を納めるんだ!!」


「お前らどっちの味方だ?!

 斃せるさ!相手は森の精霊、ドライアドだろ!?

 そんなの簡単だ!この剣で倒してやる!!」


 少女は再び腕組みをするとブスッと憮然とした表情を作り、スモルに軽蔑の眼差しを向ける。


『ふん…どうやって?』


「ハッ、森を焼いてやるのさ!」


『森を焼く!?』


 これには少女も驚き、目を丸くした。


「そうだ、この森全部焼いてやる!

 燃やし尽くして灰にしてやる!!

 宿る森が無くなればドライアドだって消滅しちまうだろうぜ!


 『炎の刃』フレイム・ブレード!!」


 スモルが叫ぶと突き上げられたままだった剣身全体がブワッと炎に包まれた。

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