第582話 挑発
統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
「ア、《
あの!?」
ティフ・ブルーボールの声は驚きのあまりひっくり返っていた。対峙した時に感じる魔力の強さからてっきり《地の精霊》の方が格下だと思っていたのに、《地の精霊》にナイス・ジェークの身柄を献上したということは《地の精霊》の方が格上ということになる。
『そうよ?
あの
《
混乱していると人間は耳から入ってきた言葉は思考の乱れゆえに意味を認識できなくなることが良くあるが、念話は頭の中が混乱していても意味が直接入ってくるため思考が混乱していようが
「いや、あ、はい…存じております…」
『あの弓使いたちが北の街で悪さしようとしてるから抑えるように言われたのよ。
だから一度結界で閉じ込めて、それから街とは反対の方へ追い出そうとしたの。』
てっきり知らないうちにこの地でこのドライアドを怒らせるようなことをしてしまい、それで《地の精霊》やアルビオーネに協力させて自分たちの邪魔をしているのかと思っていたのだが、どうやらティフの予想は完全に的外れだったようだ。
アルビオーネの言っていた忠節を捧げる御方とやらの勘気を解いてもらわねば、『勇者団』は行く先々で神クラスの
いったい、どうなってるんだ…
『最初は私も「案内してあげる」って優しく言ったのよ?
「殺したり傷つけたりしない」って、ちゃんと言ってあげたのに…なのに、あの弓使いったら、私のこと嘘つきみたいに言って弓まで射てきたのよ!?』
「そ、それは…失礼なことを…」
ドライアドがブチブチとこぼす愚痴を聞きながらティフは冷や汗をかきつつ、相槌を打つ。
『ホントよ!
それから人の言う事も聞かないで結界の中で大暴れしたんだから…あっちこっち逃げ回って《
「それで…その…ナイスはその後どうなったんでしょうか?」
『ん?…そりゃ結界から逃げられるわけないもの、力尽きて倒れちゃったわ。
頑張ってたみたいだけど、大口叩く割に大したことなかったわね。』
「ウソだ!!」
「「「「『!?』」」」」
ドライアドが小馬鹿にするように言うと、静まり返った森林に落雷のようなスモル・ソイボーイの怒声が響き渡り、一同は一瞬ビクッと身をすくませた。
『ウソですって?』
「ああ、ウソだ!
ナイスは腕のいいレンジャーだ!
森の専門家だぞ?!
山や森のことでアイツに分からない事なんて無いんだ!
そんな簡単にやられるわけがない!!」
「スモル、よせ!!」
せっかく
だがスモルはティフが止めるのを聞くどころか逆にティフに噛みついた。
「何が『よせ』だ!?
こんな姿も見せない卑怯者相手にヘコヘコしやがって!」
『ひ、卑怯者!?』
思いもかけずスモルに卑怯者呼ばわりされた《森の精霊》の声色は今にも卒倒せんばかりだ。これ以上、ドライアドを挑発されてはたまらない。
「よせ馬鹿、余計な口を挟むな!!
ドライアド様!どうか御無礼をお許しください!!」
何とか取り
「誰が馬鹿だ!
相手は《地の精霊》の手下だぞ!?
“敵”じゃないか!!
立ちはだかる敵は
それが『
「勝手に敵を作るな!スモル!!
ドライアド様、違うんです!コイツは…」
「何が違うだ!?
コイツが敵じゃなきゃ何だ!?
ナイスを捕まえて敵に売った奴だぞ!
だいたいお前がモタモタして来るのが遅れたからナイスの奴が捕まっちまったんだろうが!?
最初っからここに来てりゃ助け出せたんだ!」
「ソイボーイ様、どうか落ち着いて!」
終わった話を蒸し返し始めたスモルを見かねたスタフ・ヌーブが宥めるが、スモルは聞く耳を持たない。スモルがスタフの声に反応する前にティフが反論し始めたからだ。ティフはティフで《地の精霊》の
「違うぞスモル!
いきなり来たって助けられるわけないだろ!?」
「助けられたさ!
ナイスに俺たちが合流すれば戦力は五倍だ!」
「どういう計算だ!?
まっすぐこっちに来てたんならスワッグは合流できてないし、ペトミーはどうすんだよ!?」
「うるさい!
それにしたって三倍か四倍だ!
むざむざやられたりはしない!!」
「仮にナイスと会えたとしても、結界に飛び込んでどうやって出るんだよ!?
ナイスだって出られなかったんだぞ!?
俺たちが合流したって、結界から出られずに一網打尽にされるのがオチだろ!?」
スモルは普段、冷静な時は周囲に気を配ることができて面倒見の良い好男子なのだが、激昂すると激情に流されて周囲が見えなくなり、頭が回らなくなる傾向があった。がむしゃらに突き進めば良いような単純な状況では周囲を引っ張っていくリーダーシップを発揮するのに都合が良いこともあるのだが、状況が複雑だったり冷静な情勢判断が必要な場面では融通が利かない。要は猪武者なのだ。彼自身、そういう自分の欠点は自覚しており、それが彼が『勇者団』のリーダーの地位をティフに譲る最大の理由になっている。
そんなスモルなのだからこうも感情的になっている状態ではティフと言い争って勝てるわけがなかった。最初は勢い良かったスモルも言葉を重ねるごとに次第にティフに言い負かされて勢いがなくなっていく。これでティフに一度抑え込まれてしまえば良かったのだが、スモルに卑怯者呼ばわりされた上に自分をないがしろにして勝手に言い争いを始められてしまったドライアドは、スモルの形勢が悪くなったところへ口を挟んでしまった。
『そうよそうよ!』
ドライアドからすれば自分を罵ったスモルが言い負かされていく様子に少しばかり胸のすく思いをしていたのだろう。調子に乗って『勇者団』を小馬鹿にするかのように言い放った。
『あの弓使いだって出られなかったのよ?
アナタたちなんてイチコロよ!』
一度はティフに言い負かされる寸前まで追い込まれていたスモル…彼は相手がティフだから大人しく引き下がりかけていたのだ。相手が親友でもハーフエルフでもないなら遠慮はしない。ヘソを曲げて意地を張る。
「へんっ!
結界なんて結界を張った本人を斃せば勝手に解けるに決まってるだろ!」
『私を斃すですって!?』
「ああそうさ!
姿を見せなければ俺たちにやられずに済むとでも思ってんだろ、卑怯者!」
「馬鹿、よせスモル!!」
せっかく大人しくなりかけていたスモルは再び興奮の度合いを高めていた。ティフはスモルを宥めようとするが、スモルとドライアドは売り言葉に買い言葉で互いにエスカレートしていく。
『また卑怯者って言ったわねぇ!?』
その一言と共にザワザワと彼らの周辺で風が渦巻くように枝葉の鳴る音が響き始めた。まるで森全体がざわめくようである。
「お、おい…こりゃヤバいぜ…」
辺りを見回しながらクレーエが独り言ちる。それは《
「ルメオの旦那、ヤバいですよ。
あのソイボーイの旦那を止めてください。」
「そ、そうは言っても…」
クレーエは一番近くにいた…というより、安全だと思ってクレーエの方が近寄っていたのだが…エイー・ルメオに小声で頼んでみるが、ヒトであるエイーにはハーフエルフのスモルに対して普段でもあまり強くは出られない。なのにこうもスモルが興奮している最中ではそう気軽に声をかけられるわけもなかった。同じ理由でスワッグも声をかけるにかけられず、
「おう、卑怯者を卑怯者と言って何が悪い!?
悔しかったら姿を見せて見ろ!!」
スモルがそう言った直後、彼らの周囲で鳴っていたざわめきが急に止み。さきほどとは打って変わって静寂が訪れる。
何が起こったかわからず、周囲を見回し続けていた一同はスモルの正面に緑色に光る半裸の少女の姿を見つけた。
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