第584話 包囲拘束
統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
星明りさえ届かぬ暗い森が、突如吹き上がった
当然、この魔法を使っている間は魔力を注入しつづけねばならないため、火力次第では
その炎の明かりに照らされたスモルの顔が
「見たか!?
これで森を全部焼き払ってやる!!」
『森を焼くですって!?
本気なの!?』
か細く恐怖で震えるような少女の声にスモルは勝利を確信した。
そうだ、
召喚獣を直接
《
ならば森を丸ごと焼き払ってしまえば力を失い消滅する!!
「そうだ!
後悔しても遅いぞ!?
お前は俺を怒らせた!!」
「よせスモル!やめるんだ!!」
「ブルーボール様!思い止まってください!!」
形勢が逆転したにもかかわらずティフ・ブルーボールとスタフ・ヌーブはなおもスモルを制止しようとしがみ付き続ける。スモルは苛立ち、二人を怒鳴りつけた。
「ええい、二人とも放せよ!
形勢逆転してんのが分かんないのか!?
俺たちは勝てるんだよ!余裕で!!」
『ふーん…アナタたち、やっぱりあの弓使いと一緒で悪い人なのね。』
先ほどの恐怖におびえるようなか細い声と違い、冷めたような低い口調にティフはドキリと背筋の凍るような思いをし、慌てて打ち消した。
「違います、ドライアド様!
コイツは今冷静じゃないだけでハッ!?」
だがティフの弁解もむなしく、地面から突如として魔法の
「「「あっ!?」」」
三人から離れたところから見ていたスワッグ・リー、エイー・ルメオ、そしてクレーエは突然の出来事に驚きの声を漏らし、唖然としたまま固まってしまう。
「がっ!?」
「ぐぅっ!?」
「くそぉ…また
縛られた三人は苦しそうに呻いた。《地の精霊》の時と違い、荊は容赦なく三人の身体を締め付け、その棘が衣服を貫いて肌に直接突き刺さる。そして突き刺さった荊に魔力を奪われ、スモルの剣に纏った炎も急速に弱まり、そして
辺りは再び暗闇に閉ざされた。暗視魔法を使っていなかったら、ほのかに光るドライアドの姿以外何も見えなくなっていただろう。だがシュバルツァー川で拘束された時と違い全く身動きの取れなくなった状況でもスモルは諦めなかった。
「ぐぅぅぅぅ…スワッグ!」
「は、はい!?」
想像すらしていなかった展開に我を失っていたスワッグはいきなり名前を呼ばれて条件反射的に返事をした。
「何をしている!?
早く助けろ!
この森を焼いちまえ!!」
そうだ、みんながやられているのに…ここで助けなきゃ勇者じゃない!
「よせ、スワッグっ」
「ダメだスワッグ、言う事を聞くな…」
ティフとスタフが振り絞るように言った制止の言葉はスワッグには届かなかった。「おおお」と声を絞り出すように気合を入れると、スワッグの両拳が炎に包まれる。
『ふん、アナタもなの?』
面倒くさそうに鼻を鳴らす少女に向かって地を蹴ったスワッグの身体が弾丸のように飛び出した。その直後、地面が弾けると宙に浮いたスワッグ目掛けて鞭のように荊が飛び出る…いや、それは荊ではなかった。『荊の
「「「!?」」」
声を上げる間も無かった。地面から伸びたソレはたちまち宙を飛ぶスワッグを捕え、包み込むように絡まっていく。
「あっ、クソッ、何だ、コレ!?」
それは荊ではなく
立ち上がった蔓草の巨人の胴体部分はどうやら空洞になっており、蔓草の網目から中にいるスワッグの様子が透けて見える。スワッグは訳の分からないままに巨大な
「何だ!?何だこれ!?
くそっ!出せ!出しやがれ!!」
自身を取り囲む蔓草を解こうと引っ張ったり殴ったりするが網目はまったくほどけない。内側から全力で殴ったり蹴ったりしても、柔軟な蔓草によって衝撃は吸収され、ギシッギシッと
「なっ、これが、トレントか!?」
先ほどまでの勢いはどこへやら、スモルが顔色を無くして呻くと少女がフゥ~と溜息をついて残念そうに説明した。
『違うわ、これは《
《
ザワザワと森全体から枝葉の擦れる音が響き始め、樹々の向こうで何か巨大な影が動く。それは左右に揺れながらズルズルと重々しく何かを引きずるような、時折ズシンズシンと重たい何かが地面を叩くような地響きを立てながら近づいてくる。
「きた…来た、来た来た来た、また出やがった旦那ぁ~」
「あ…ああ…」
周りを見回しながらクレーエが情けない声を上げてエイーにすり寄り、エイーはエイーで周囲を見回しながらゴクリと喉を鳴らしてその場に立ちすくむ。気づけば彼らは全周をトレントの群れに完全に囲まれてしまっていた。
「これが…こいつらがトレント…」
《藤人形》などとは比べ物にならないほど巨大な動く老木のモンスターたちに囲まれ、見下ろされ、スモルも遂に戦意を喪失してしまったようだった。《藤人形》の中で暴れていたスワッグも、自分たちが絶体絶命の危機に陥ったことに気付き、暴れるのをやめて蔓草の網目から顔を突き出すようにして周囲の状況を見守る。
『さあ、どうするの?
私はアナタたちが悪さ仕掛けてこない限り何もするなって言われてるんだけど、森を焼くっていうなら容赦しないわ。
でも、森に火を付けたら真っ先に燃えるのはこの《藤人形》よ。』
余裕たっぷりといった調子で少女が言うと唐突に、スモルたちを縛っていた荊が消えた。
「「「!?」」」
荊の支えを失った三人は態勢を崩し、転ばないよう姿勢を保つために互いに離れた。スタフはしかし、そのまま後ろによろけて尻もちをつき、へたり込んでしまう。ティフも転びそうになったが何とか持ちこたえ、両膝に手を突いて俯き、ゼエハァと荒い息を繰り返す。
『アナタが森に火を付けたら、この《藤人形》に火を消させるの。
火を叩いてね。
それで消せたらいいのだけれど、消せなくて《藤人形》に燃え移っちゃったら中の人も一緒に焼け死んでもらうわ。』
《藤人形》は「まかせろ」とでも言うように葉の生い茂る両腕を広げてガッツポーズを作ってみせた。
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