第585話 決着
統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
十数体の《
腹の中にスワッグを納めてガッツポーズをとる《
「…ズ、ズルいぞ!!」
『ズルい?』
呻くようにスモルの絞り出した声にドライアドは眉を寄せ、
「人質なんかとって!
おまけに、大勢で囲んで!!」
『あら、私一人に大勢で襲い掛かろうとしたのはそっちよ?
それに、森の草木や動物ももろとも全部焼くなんて言い出したのもそっち。
私にとっては人質をとられた様なものだわ。』
少女が
「スモル、もうよせ…
あっちは最初から、少しも本気なんか、出しちゃいないんだ。
それでも、俺たちは、俺たちの実力では、勝てない。」
『
「うるさい!
スワッグ!そこから出れないのか!?」
スモルも
「ソイボーイ様ぁ…無理です…助けて…
うっ、ウォエエエエエエッ……」
スワッグは《藤人形》の網目から青い顔を覗かせて情けない声をあげると、言い終わらないうちに嘔吐した。ビシャビシャと水っぽい音を立てて
「スワッグ!おいスワッグどうした!?
おい!スワッグに何をした!?」
《藤人形》から少女に向き直ったスモルが訊くと、少女はとぼけたような調子で答えた。
『ん~…ああ、《藤人形》はね、中に飲み込んだ生贄の魔力を吸収できるの。
きっと魔力を吸い取られちゃったのね。』
「魔力を!?」
『普通はあの中に入っただけじゃ魔力を吸われる事なんてないんだけどね。
あの中で魔法なんか使おうとしたから、魔力を放出させた瞬間に吸い出されちゃったんじゃないかしら?』
魔力は生命エネルギーそのものだ。ありとあらゆる生物は魔力を有しており、魔力を失うと死んでしまう。そして魔力は、普通に生きている分には外にこぼれ出たり他者に奪われるといったことは無い。
『荊の桎梏』のように棘を持つ魔法植物は棘を刺して皮膚を食い破り、獲物に出血させることでそこから魔力を強引に奪うことができるが、《
だが《藤人形》の中で魔法を使おうとすると話が違って来る。
魔法を使える者は修行によってその魔力を自在に操れるようになり、魔法を使う際は魔力を対価として
そして《藤人形》はその腹の中に飲み込んだ獲物から絶えず魔力を吸い取ろうとし続けているため、その内側は魔力密度がマイナスになっている。魔力を大気に例えるなら、《藤人形》の内部はそこだけ気圧が低くなっているような状態だ。そんなところで魔力を放出するための口が開けばどうなるか?
本人が絞り出そうとしている以上に凄まじい勢いで魔力が吸い出されてしまうのである。
スワッグは《藤人形》の中から外に出ようと一人で様々な攻撃を試みていた。そして試した手段の中にはいくつかの魔法も含まれていたのである。結果、予想以上に魔力を消耗してしまい、気づけば誰も予想しえないほど早い段階で魔力欠乏状態に陥ってしまっていたのだった。
今やスワッグは酷い魔力欠乏で満足に身体を動かすことも辛くなっており、グラグラと頭を揺さぶられるような
「何だと…スワッグ…!?」
スモルが再び《藤人形》に視線を戻した時、さっきまで網目から覗かせていたスワッグの顔は見えなくなっていた。わずかに
愕然としたスモルをチラリと見上げると、ティフは改めて声をかける。
「スモル、もうやめろ…
俺たちは戦いに来たんじゃない…
ドライアド様…御無礼の数々、申し訳ありません。
どうか、どうかお許しください。
コイツには、スモルにはボクからよく言って聞かせます。
二度と、この森で悪さはしないと、誓います。」
ティフが両膝をつき、スモルの前で腕組みしたまま仁王立ちしている少女に向かって頭を下げて謝罪すると、少女はブスッと不満そうな顔でスモルを睨んでいたのだが、チラッとティフを見て数秒考えた後にフゥ~と少し長い溜息を吐いた。
『いいわ、悪さしないっていうんなら許してあげる。
こっちも大した被害を受けたわけじゃないし…
ちょっと、失礼な事言われただけだし…』
少女は腕組みを解いて両手を腰に当て、今度はエイー・ルメオとクレーエの方をジロッと睨んだ。
『それで、そっちの人たちは?』
「ひっ!?」
「お、お助け!」
エイーとクレーエは無意識に身を寄せ合って震えあがる。
『ボサッと突っ立ったまま何もしてないみたいだけど、そいつらが生贄なの?』
「いけに…ちっ、違います!!」
ティフが飛び上がるように身体を起こして咄嗟に否定した。
『じゃあ何?
さっき魔力を捧げるとか言ってたじゃない。
他の人より魔力が乏しいみたいだけど、仲間なんでしょ?』
まさか俺から魔力を吸おうってのか?!
「ち、違います!!
お、お、お、俺は道案内を頼まれただけで…ねっ、ねっルメオの旦那!?」
「う、う、う、うんっ?!」
クレーエはまるで条件反射のように誰よりも早く否定した。エイーもその勢いに飲まれて話を合わせてしまう。まさかクレーエとルメオが話題に上がるとは思ってなかったティフは、そこから更にクレーエとルメオが予想もしなかった受け答えをしている事に混乱し、クレーエの方を振り返った。
『道案内!?
この人たちの仲間じゃないの!?』
《森の精霊》は驚いて
「とっ、とんでもねぇ!
こんな人らぁと仲間だなんて!
お、お、俺ぁ、俺たちゃただ森の外でとっ捕まって道案内するよう言われただけで…ねっ、ルメオの旦那!?」
『勇者団』と仲間だと思われたら魔力を吸われちまう。『勇者団』みたいに魔法を使いこなすような魔力の持ち主でさえアッと言う間に魔力欠乏を起こすような勢いで魔力を吸われちまったら、普通の人間が生きてられるわけがねぇ!
というわけでクレーエは必死になって仲間ではないことをアピールした。自分だけ助かろうとすると他の『勇者団』に何を言われるか分からないから、どうやら自分と同じ普通の人間だと思われているらしいエイーも仲間に引き込んで一緒に他人のフリをする。
このまま他人のフリが成功すれば《森の精霊》はクレーエとエイーから魔力を奪おうとはしない筈だ。クレーエの機転のおかげでエイーがこのまま無傷で助かるのなら、他の『勇者団』もクレーエを切り捨てることはしないだろう。ティフは頭がいいからクレーエが何をしようとしているかぐらい気づいてくれるはず。ティフが話を合わせてくれれば、クレーエとエイーは無関係な他人だと思い込ませることが可能な筈だ。
だが、事態はクレーエの目論見とは全く違った方向へ流れ始めた。《森の精霊》は『勇者団』とは無関係な人間を巻き込んでしまっていたらしいことに気付き、慌て始めたのだ。
『どうしよう!?
関係ない人間には知られないようにしなきゃいけなかったのに!!
てっきり“悪い人”の一味だと思ってたから、うっかり姿を見せちゃったわ。』
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