第1427話 十人隊崩壊

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞陣営本部プリンキパーリス・カストリ・マニ/アルトリウシア



 ロムルス、暴力はいけない。

 軍隊ではそれが当たり前だったかもしれないけど、君たちはもう軍人じゃないんだ。暴力は使わないように気を付けてほしい。

 それからアウィトゥス、確かに私は女を買いに出かけた。そしてリュキスカを連れて来てしまった。バレなければ大丈夫……そう考えてしまったことは否定しない。その通りだ。軽率だったと反省している。

 けど、一つ言っておかなければならないことがある。

 私は脱走し、リュキスカを連れこんだ。半分誘拐してきたようなものだ。けどそれは誰のせいだ? ……難しく考えなくていい、私のせいだ。私がやったんだから私の責任だ。私が一番悪い。

 じゃあ君たちがもしも同じようなことをやったらどうかな?

 君たちは奴隷だ。だから君たちが何かしでかしたら私が責任を取らなければならなくなる。わかるかな?

 君たちが何かしてしまった時、それで他に迷惑をかけてしまったら、私が謝って私が弁償しなきゃいけなくなるんだ。君たちは自分で責任を取りたいと思っても取れない。なんか、そういうことらしいよ。

 だから私に何も知らせずに勝手に何かをやるっていうのは、やめてほしいんだ。

 君たちが何かをして、誰かに迷惑をかけてしまったら、そしてその人が謝罪や弁償を求めてきたら、私がそれに対応しなければならないのに、私が何も知らないままでは対応できない。それだと困るんだ。

 バレなきゃそれでいいっていうのは……まぁ、確かにそういうこともあるんだけど、ただ、バレたらどうなるかもちゃんと考えておいてほしい。その時、私が何かしなければならないのに私が何も知らされてないってことは、ないようにしてほしいんだ。わかるかい?


 リュウイチは多少の苛立ちはあったようだが、それでも一応は穏やかさを保った口調でそう説明すると、本当に誰も罰することなく食堂トリクリニウムを後にした。ネロはリュウイチについて行こうとしたが、リュウイチに「後は任せる」と言われたためにこの部屋に留まっている。本来なら誰かがリュウイチの供をして、おそらく寝室クビクルムへ戻ったであろう主人に追従し着替え等の手伝いをするべきなのだろうが、残念ながらリュウイチはそうしたことを望まない。それどころか着替えを誰よりも早く一瞬でやってしまう。また衣服などは全て彼がストレージと呼ぶどこか知らない別空間に仕舞われているため、整理整頓の必要すらなく奴隷たちが手伝う余地も無い。その上、リュウイチは寝室にいる時は魔法やスキル、アイテムのチェックをするとかで寝室に結界を張って閉じこもってしまうことが多いため、こういう風にリュウイチが一人になりたがる時のネロたちは従者としての立つ瀬が本当にないのだった。

 ともあれ、こうして「後は任せる」と言われたからにはネロとしては残された奴隷たちの差配をすべきなのだろうし、問題を起こしながらも罰らしい罰も説教らしい説教も受けなかったゴルディアヌスやオトのことを、そしてアウィトゥスのこともどうにかしなければならないだろう。彼らの主人たちの晩餐会ケーナが開かれるまでの時間に……。


「……………」


 ネロがリュウイチの姿を消した後に閉ざされた扉から室内を振り返った時、室内に残されていた四人のホブゴブリン奴隷たちは一斉に面倒くさそうな顔になった。リュウイチは去った。誰も罰しないと明言して……なのにこれ以上何をどうするというのか? リュウイチが許してくれたんだからもうこれで解散でいいだろうに……


「お前たち、自分が何をしたのか分かっているのか!?」


 始まった……ネロは真面目過ぎる。上官がもう許したことでも、部下の反省が足らないと判断すると御説教やら懲罰やらを勝手に追加しようとするのだ。


「一つ間違えば大問題になってた!

 子爵家や侯爵家に累が及んだかもしれないんだぞ!?」


「うるせぇな、いい加減にしろよ」


 お説教を始めたネロを遮ったのはまたしてもアウィトゥスだった。


「何ぃ!?」


 顔を赤く染めるネロとは対照的に、他の四人はウンザリした表情を浮かべる。


「よせ馬鹿!」

「いい加減にしろ」


 ロムルスやオトがたしなめるがアウィトゥスは聞き入れない。それどころか全身を揺すって止めようとするロムルスの腕を振り払った。


「オレぁ出かけてたから何があったか分かんねぇんだよ!

 分かんねぇことでいくら叱られたって分かっかよ!?

 何でオレまでお前の御説教聞かなきゃいけねぇんだ!」


 アウィトゥスの訴えは悲鳴じみていた。確かにアウィトゥスはこの件にまったく関わってないのに御説教なんかされたらたまったものではないだろう。それが原因でリュウイチにまで反発してみせたアウィトゥスだ。ネロなんかに素直に従えるわけがない。


「連帯責任だ!

 一人は関係なくても、同じ十人隊コントゥベルニウムなら責任も共通だろ!?」


 レーマ軍では軍団兵レギオナリウスの連帯感を高めるため、誰か一人が手柄を立てれば同じ十人隊に所属する全員が賞与を与えられ、誰か一人が不始末をしでかせば同じ十人隊に所属する全員が同じ懲罰を受ける。ならば、ゴルディアヌスが不始末をしでかしたなら十人隊全員が叱られ、罰せられるのは当然ではないか。ネロにとってそれは自明の理だった。が、どうやらアウィトゥスにとってはそうでもなかったようである。


「何が十人隊コントゥベルニウムだ!

 お前は何なんだよ!?」


 アウィトゥスは猛然と言い返す。しかし、アウィトゥスが何を言いたいのか、何を言おうとしているのかはネロには理解できなかった。怪訝けげんそうに顔をしかめ聞き返す。


「何を言ってる!?」


「お前が何様のつもりだって訊いてんだよ!

 未だに十人隊長デクリオのつもりかよ!?」


 ネロはここでようやくアウィトゥスが聞こうとしていたことに気づいた。もちろんネロは十人隊長のつもりでいた。が、厳密に言えばそうではない。彼ら八人のホブゴブリン奴隷……同じ十人隊に所属していた彼らの十人隊長はネロだった。だから奴隷になった後でも取りまとめ役はネロが勤めていた。しかしその役目は別にネロが誰かから命じられたものではない。ネロが勝手にやっていたことだ。いや、もちろん他の奴隷たちも面倒ごとを請け負いたくなかったからネロに任せていたというのはあるが、だがネロのまとめ役としての立場は何の裏付けもなかったのである。


「いいか、俺たちはもう軍団兵レギオナリウスじゃねぇんだ!

 十人隊コントゥベルニウムなんか知ったことか!

 連帯責任なんてもう関係ねぇだろ!!

 奴隷セルウスなんだよ!

 オレも、お前も、みんながだ!

 いつまで軍団兵レギオナリウスのつもりでいんだよ!?

 だいたいお前のせいでオレたちは奴隷セルウスにされちまったんだろうが!?

 それなのに何でお前は未だに十人隊長デクリオづらしてやがんだ!!

 いい加減にしろ!!」


 アウィトゥスに指を突き付けられてそう言われると、ネロは目を見開いたまま愕然とした様子で固まってしまった。ネロとアウィトゥスが殴り合いを始めたら一斉に飛び掛かって押さえつけようと身構えていた他の三人も、アウィトゥスの思わぬ反撃と凍り付いたネロの様子に戸惑いを隠せない。

 言うだけ言ったアウィトゥスは実はぶん殴られるくらいは覚悟していたのだが、何の反応もないことから改めてネロを見、そしてネロが衝撃を受けていることにようやく気付く。その様子は、ネロの目に浮かんでいた表情は、アウィトゥスに衝撃を与えるものだった。

 アウィトゥスは「チッ」と舌打ちし、「知るか!」と小さく捨て台詞を吐くと、部屋の入り口を塞ぐネロを突き飛ばすように脇をすり抜け、部屋から飛び出て行った。




★★★ 著者からの御挨拶 ★★★


 拙著『ヴァーチャリア』をお読みいただきありがとうございます。

 おかげさまをもちまして拙著『ヴァーチャリア』は「カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト」の最終選考まで生き残ることができました。コンテストで中間発表を突破し、最終選考に至ることができたのは今回が初めてのことで、これもひとえに応援してくださっている読者の皆様のおかげと感謝に堪えません。


 拙著『ヴァーチャリア』のコンテスト最終選考進出は大変うれしいことですが、困ったことにおかげで毎年参加しているカクヨムコンへの参加ができなくなってしまいます。したがいまして、今年のカクヨムコンには別作品で参加することとし、本話でちょうど一つの章が終わることから拙著『ヴァーチャリア』は休載することにしました。

 カクヨムコン開始には少し早いですが、明日11月27日より新作の投稿を開始いたします。


 参加作品はやはり異世界ファンタジーで、今回は拙著『ヴァーチャリア』のような「ライト文芸」ではなく「ライトノベル」を目指します。目指せ大作病脱却!!

 タイトルが実はまだ未定です。公開してから変更するかもしれません。お付き合いいただければ幸いです。


 なお、拙著『ヴァーチャリア』はカクヨムコン終了後に再開する予定です。

 引き続き、お引き立てくださいますようよろしくお願い申し上げます。

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ヴァーチャリア 乙枯 @NURU_osan

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