第209話 随行者

統一歴九十九年四月十八日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



 結局、奴隷たちの疑念を完全に晴らすことは出来なかった。疑り深い人間は疑わしいから疑うのではない、疑いたいから疑うのだ・・・誰の言葉だったか忘れたがその通りなんだろうな・・・と、奴隷たちの質問攻めに丁寧に答えながら頭の片隅でリュウイチは思った。

 相手は奴隷で自分リュウイチは主人なんだから無理やり話を切り上げる事は容易であろう。「この話はもう終わり、これ以上気にするな」その一言で済むはずだ。だが、リュウイチはそういうのはあまり好まなかった。

 幼いころの「ダメなものはダメ」の一言で押さえつけられる経験もあったし、中学高校時代の学校生活での先輩からのイビリの経験あった。会社に入ってからもそういうパワハラな先輩や上司や顧客は居たし、力づくで黙らされる事に対する不快感は忘れていない。しかし、彼が務めていた会社の社長はそう言う事はあまりせず、一従業員に過ぎない田所龍一リュウイチの愚痴にも時間の許す限りは耳を傾けてくれていた。その社長の事は今でも尊敬しているし、自分も見習いたいと思っていた。


 だいたい、彼ら奴隷たちはリュキスカの身を案じているからこそ、こうして進言して来てくれているのである。純然たる善意だ。それを力づくで黙らせたりしたら、彼らはもし同じように何か疑わしい事に気付いた時に、今回のように進言してくれなくなるだろう。

 しかし、時間が押し迫っているのも事実だった。そろそろリュキスカの迎えの馬車も来ることだろう。



『わかった!

 でも、エルネスティーネさんは多分向こうで待ってるし、今から行くなとは言えない。スケジュールは変更できない。

 じゃあどうしたらいい?』


 奴隷たちは黙りこみ、お互いの顔を見まわして考えだした。気づけば奴隷たちは八人全員がこの場に集まっていた。途中で参加した三人も、リュウイチとの質問に加わっていなかったリウィウスやカルスから説明を受けて一応状況は把握している。

 奴隷たちはキレイに四人ずつに分かれていた。陰謀論を支持しているのがゴルディアヌス、ロムルス、ヨウィアヌス、アウィトゥスの四人。そして陰謀論に懐疑的な者がネロ、リウィウス、オト、カルスの四人・・・もっともカルスはオトの考えを盲信しているだけで自分で特にこうだと言う考えがあるわけでは無い。


「ご、護衛は付けられんのでしょうか?」


「護衛はカッシウス・アレティウスクィントゥス様が付けておいでじゃないか?」


「そ、そうだけどよぉ」


 ロムルスの提案をネロが否定すると、ゴルディアヌスも加わって反論し始める。


「ア、アレティウスクィントゥスの旦那はスパルタカシアルクレティア様の側だぜ、絶対。」

カッシウス・アレティウスクィントゥス様を疑うのか!?」

「そうは言ってねぇよ、ただ・・・」

「疑ってるじゃないか!」

「落ち着けよネロ」

カッシウス・アレティウスクィントゥス様は大丈夫でも、部下も全員が大丈夫ってわけじゃねぇじゃねぇか!?」


 そういうことを言い出したらキリがないんだが・・・


 さすがにリュウイチもこれ以上は無駄だとパンッと手を叩いた。全員の視線がリュウイチに集まる。


『わかった。じゃあ君らを御供に付けられないかクィントゥスさんに相談してみよう。』


「「「「旦那様ドミヌス!?」」」」


『しょうがない。リウィウスさん、クィントゥスさんを呼んできてください。』


「へ、よ、よろしいんで?」


『相談するだけなら大丈夫でしょ?

 「護衛」って名目だとさすがにクィントゥスさんたちに失礼だから「御供」ってことで』


合点がってんで・・・」


 リウィウスは戸惑いながらもクィントゥスを呼びに行った。


「あ、ありがとうごぜぇやす旦那様ドミヌス

「さすが旦那様ドミヌス、話がお分かりになるぜ」

「おう、さっそく準備だ!」

「待てお前ら、旦那様ドミヌスの御世話もしなきゃいけないんだぞ!?

 全員で行くわけじゃないんだ」

「あ、そうか」

「だ、誰が行くんだ!?」


 奴隷たちがそうっとリュウイチの顔を見上げた。


『私はクィントゥスさんに相談しに行くから、人選はネロさんに任せます。

 何人行かせられるかわからないから、何人って言われても対応できるように選んでおいてください。

 ただ、ダメだって言われたらダメだからね?』


「ハッ!お任せください!」


 ネロはビシッと姿勢を正して答えた。


 まあ、ネロは奴隷になる前は彼らの隊長だったみたいだし、ネロに任せるのが一番いいだろう。


 リュウイチは人選をネロに任せるとクィントゥスが来るであろう公的エリアの方へ歩いて行った。




「御供だと?」


「へぃ、そうなんで・・・」


 リウィウスからリュキスカに御供をつけられないか相談したいという伝言を聞いたクィントゥスは我が耳を疑った。


「どういうことだ?」


 その質問に真正直に答えるほどリウィウスは愚かでも単純でも無かった。リュウイチが最年長のリウィウスにつかいを頼んだのにはそれなりの理由がある。


「へぇ、その・・・奥方様リュキスカは既に聖女様であらせられやす。

 その奥方様リュキスカが御供も連れずに一人というのはどうかと思いやして、アッシらが旦那様リュウイチに御供をおつけしてはどうかとお伺いをお立てしやしたら、旦那様リュウイチも御承知くださいやして・・・」


 クィントゥスは目を閉じ俯いて眉間を揉み始める。


「あの、奥方様リュキスカあかさんも御連れですし、オシメディアスプルムとか、汗拭きスダリオなんかもいっぺぇ持ってかなきゃいけねぇ御身でやすから・・・」


 リウィウスの説明はもっともだった。むしろ、言われるまで気付かなかったクィントゥスとしては気の回らなかった我が身が恥ずかしい程である。

 リュキスカは赤ん坊がいて、面倒を見る人物がいない以上ティトゥス要塞カストルム・ティティまで連れて行かざるを得ない。侯爵夫人エルネスティーネ子爵ルキウスといった貴族パトリキと謁見するのに、赤ん坊と赤ん坊用の荷物をドッサリ抱えて行かせるわけにはいかない。

 せめて謁見の間だけでも赤ん坊と荷物を預ける相手が必要だろう。それはもちろん侯爵家の使用人らに頼ることは出来るだろうが、送り出す側としては先方にそういう負担をなるべくかけさせないようにする配慮は当然あってしかるべきものだ。


「しかし、今からでは御供の人選は間に合わんぞ!?

 軍団兵レギオナリウスは独身者ばっかりだ。赤ん坊の世話なんて経験者じゃないと・・・」


 クィントゥスは陣営本部プラエトーリウム広場フォルムを見回した。

 非番の将兵は宿舎に戻っているし、訓練中の隊は要塞カストルム内の練兵場へ行っている。リュキスカの護衛を務める予定の隊はその準備作業中で、クィントゥスの目に映る範囲にいるのは何かあった時に備えて待機している将兵たちだけである。もし、御供を選ぶとしたらその中から選ばなければならないだろうが、クィントゥスにはその中で赤ん坊の面倒を見られそうな人材の心当たりなど全くなかった。

 軍団兵レギオナリウスは基本的に独身者だけで、百人隊長ケントゥリオ以上の将校に出世しないと結婚は認められない。もっとも、軍団兵レギオナリウスの結婚は事実上黙認されているような状態で、実際には軍団レギオーには内緒で結婚している者もいる事はいる。だが、生憎とクィントゥスは全員について事情を把握しているわけでは無かった。



「あ、いや、旦那。

 オトが赤ん坊みれやすから、よけりゃアッシらで行こうって話で・・・」


「お前たちはリュウイチ様の世話があるだろう?」


「ええ、まあ、ですんで全員は無理ですが、だからって御供に人数が必要ってわけでもありやせんし・・・」


 リウィウスがボリボリと頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。


「なんだ、話は付いてるってことか?」


「いや、そういう言い方をされるとなんでやすが、まあそう言うこって・・・」


「わかった、行ってみよう。」


「申し訳ねぇでやす旦那、御案内いたしやす。」

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