第500話 スパルタカシアと《地の精霊》

統一歴九十九年五月六日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 一昨年の火山噴火を受けて放棄され、現在は『勇者団ブレーブス』のアルビオンニウムにおける活動拠点として使われている木こり小屋。その中に集まった『勇者団』の一同はファドの報告に困惑を隠せなかった。

 『勇者団』のうちほぼ全員の十二人が力を合わせ、ほぼ全力で戦ったというのにゴーレム三十一体を同時に召喚し、姿を見せることすらせずに撃退して見せたあの《地の精霊アース・エレメンタル》が、たった一人の神官ルクレティア・スパルタカシアに使役されている…そんな話はとてもではないが信じられるようなものではない。


「そんなことあるのか!?」

「あり得ないよ!」

「ファドを疑うのか!?」

「そうじゃないけどファドが何か勘違いしているかもしれないじゃないか!」

「あの《地の精霊》は尋常な強さじゃなかったぞ!?

 俺たちが力を合わせても歯も立たなかった!」

「そうです、どこかの神殿で神としてまつられてもおかしくない実力でした。」

「歯が立たなかったわけじゃないだろ!?

 マッド・ゴーレムを半分以上たおしたぞ!?」

「でも、ロック・ゴーレムには手も届かなかったじゃないか!」

「そうだ、マッド・ゴーレムなんて雑魚だ!」

「あれはラスボスの強さですよ!?きっと魔王と同じくらいだ!」

「いや、それは言い過ぎだ。多分、大ボスくらいだ!」

「スパルタカシアってもう魔力が無い一族だろ!?」

「そうだ!そんな魔力があるなら俺たちが知らない筈がない!」

「こんなところに居るはずが無いよ!

 ムセイオンに行かせられてるはずだ!」

「報告もしてないってことですか!?」

「隠してたとしたら大協約違反だ!あり得ない!」


 彼らは自分たちがこの世界ヴァーチャリアでどういう存在なのかを良く知っている。ムセイオンでの教育で徹底的に教え込まれるからだ。

 ルクレティア・スパルタカシアの実力がファドの報告通りなら、魔力において彼ら以上の存在ということになる。少なくとも、『勇者団』のヒト種のメンバーよりは優れていることは疑いようもなく、ハーフエルフたちと同格か、それ以上である可能性すらあった。であるならば、ルクレティアの魔力についてムセイオンに報告されないわけがないし、ムセイオンがそのような魔力を持つ子供を収容しようとしないわけがない。当然、ムセイオンの中枢で育てられた彼らが知らない筈がなかった。

 それなのにムセイオンに知られていないということは、ムセイオンへの報告がされていないからに他ならない。ゲーマーの子、あるいはゲーマーの血を引いている可能性のある子、それに匹敵する魔力を有する子はその身に流れる血そのものが《レアル》の恩寵おんちょう…いわばであり、世界共通の財産とせねばならない。大協約に従う以上はムセイオンへ報告し、ムセイオンの管理下に置く義務があるはずだった。


「レーマはやっぱり大協約に違反してたんだ!」

「レーマは魔界で、レーマ皇帝は魔王なんだよ!!」

「待てよ、レーマ帝国が悪いみたいに言うな。

 アルビオンニアが勝手にやってることかもしれないだろ!?」


 啓展宗教諸国連合側出身のメンバーが騒ぎ、帝国出身のメンバーがそれに反駁はんばくし始め。話が変な方向へズレ始める。

 かつての大戦争当時、啓展宗教諸国連合ではプロパガンダの一環としてレーマ帝国がある南北レーマ大陸を『魔界ヘル』と呼び、レーマ皇帝を『魔王』デーモン・キングと呼ぶよう統一していた。その方が民衆を団結させるのに都合が良かったし、ゲーマーを自陣営に勧誘しやすかったからだ。実際それは成功し、連合側は多くのゲーマーを自陣営に引き入れることに成功している。ただ、戦後は民衆や下級貴族らのレーマ帝国に対する敵愾心てきがいしんを抑えることに苦労することにはなったのだが。


「よせ!帝国とか連合とか今は関係ないだろ!?」

「そうだ、俺たちがいがみ合ってる場合じゃない!」


 リーダーのティフ・ブルーボールとサブ・リーダーのスモル・ソイボーイが立ち上がって全員を黙らせる。ファドも話を本筋に戻すべく、声を上げた。


「皆様が信じられないのは分かります。

 ですが、私は確かに、この目で、見ました。」


 ファドの気になる一言に再び全員が注目する。


「“見た”だと!?」


「はい、《地の精霊》が、スパルタカシアの肩のところに姿を現しました。

 そして私に、『荊の桎梏』ソーン・バインドをかけ、私を捕えたのです。」


 ファドは苦しそうに顔をゆがめ、冷たい汗を浮かべながら、だがこれだけは言っておかねばと肘をついて半分起こした上体を前のめりにして言った。


「《地の精霊》を見たって!?」


「はい、確かに、この目で…緑色に光る、小さな、ヒトの形…それが、スパルタカシアの肩のところに、浮かんでいました。」


「ファド、お前精霊エレメンタルが見えるのか!?」

「ファドを疑うのか!?」

「そうじゃない!

 精霊エレメンタルが見えない筈の普通の人間の目にも見えたってことは、それだけその精霊が強力だって事だ!」

「そうだぞ!?

 どこかの神殿で神のように祀られている精霊だって、普通の人の目には見えないのがほとんどなんだ。大半はその神殿の神官が辛うじて声を聞けるぐらいなんだ。

 それなのに精霊が“見えた”っていうんだぞ!?」


 精霊が人間とコミュニケーションをとる例は、精霊全体の数からするとほとんどないと言ってよいだろう。力の小さな精霊は魔力を欲しさに人間の要求を受けて魔法を発動させるが、そうした小さな精霊は人間とコミュニケーションを取れるだけの能力がない。そもそも知能が低く、自我さえ無く、ただ本能のままに活動するだけだと言われている。そして、力の大きな精霊となるともはや人間を意に介さなくなる。神の領域に達した精霊にとっては人間が与える魔力などたかが知れており、相手にする価値もないからだ。よって、人間とコミュニケーションをとってくれる精霊は知能や自我を有する程度には強力で、なおかつ人間を無視するほど強大過ぎない精霊に限られる。

 だが、そのレベルの精霊は魔力の無い人間の目に見えるように姿を現わせるほどの力はない。肉体を持たない精霊が姿を形作るにはそれなりの魔力を消費しなければならないのだ。精霊にとって生命そのものと言って良い魔力を、ただ姿を見せるというためだけに消費するなど馬鹿々々しいとしか言いようがない。コミュニケーションをとるだけなら姿を現わす必要は無く、ただ念話で会話するだけで良いのだから、多少魔力を無駄にしても何ら差し支えないような強大な精霊でもなければ、人の前に姿を見せるということなどあり得ないのである。

 そんな精霊がファドに姿を見せた…すなわちそれは、その精霊が神の領域に達している強大な存在であることに他ならない。

 『勇者団』のメンバーたちはその事実に理解が追い付かず、木こり小屋の中にしばしの沈黙が流れた。互いに顔を見合わせ、無言のまま視線だけで「どう思う?」「信じられるか?」と語り合っているようだ。そんな中、ファドの様子をずっと凝視していたティフが恐る恐る口を開いた。


「ファ、ファド…その《地の精霊》をスパルタカシアが使役しているというのは、何か根拠があって言っているのか?」


「はい、ブルーボール様。

 スパルタカシアは《地の精霊》に神殿の外の様子を訪ね、盗賊どもも、そして皆様も既に逃げ去ったと答えを得ていました。」


「それだけか!?」


「いえ、スパルタアカシアは《地の精霊》と会話していました。

 《地の精霊》が何を言っていたか、私には聞き取れませんでした。ですが、スパルタカシアは《地の精霊》に言っていました。

『いえ、ひとまず一人捕えられたのでしたら…今は、こちらにいてください。』と…」


 一瞬の沈黙のあと、メンバーたちは再びしゃべり始めた。


「それはつまり、メークミーを捕まえたってことか?

 そうだよな!?」

「そうだよ!メークミーを捕まえたんなら、今度はこっちを…つまりファドの相手を手伝えってことだ!」

「じゃあ、あの《地の精霊》はスパルタカシアに従ってるってことですか!?」

「バカな、そんなことあるもんか!」

「そうだ、加護を与えてるってだけじゃないのか!?

 《地の精霊》があの神殿の神なら、あの神殿の神官に特別に目をかけてたとしてもおかしくないだろ?」

「そう言えばあの《地の精霊》とは一昨日も戦ったじゃないか!

 だとしたら《地の精霊》はあの神殿の神なんかじゃない!」

「ここから離れてもあの《地の精霊》は付いてくるってことですか!?」

「待て待て、《地の精霊》ってのはその土地に根付くんだ。

 移動なんかできるもんか!」

「じゃあ、一昨日の奴は何だったんだよ!?

 アレも《地の精霊》っぽい気配がしたぞ!」

「あれは多分、別の《地の精霊》だよ。そうじゃないなら、多分地下で地脈が繋がってて、その範囲は移動できるんだろ。多分、だけど…」

「では、どこまで移動できるんですか!?」

「それは…さすがにわらかん!」

「わからなきゃ作戦の立てようが無いぞ!?

 あんな強力な《地の精霊》とまともにぶつかりあっちゃ勝てっこない!」

「俺に言うなよ!!」


「落ち着けみんな!」


 立っていたファドが床をドンと踏み鳴らして叫ぶと、ワイワイと騒がしかった木こり小屋が急に静かになった。


「まだ、話は終わって無いだろ!

 ファド、まだ報告することがあるんだよな?

 その、ルクレティア・スパルタカシアからの伝言…聞かせてもらおうか?」

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