第501話 揺らぎ始める団結
統一歴九十九年五月六日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム
「はい、…ブルーボール様。
ルクレティア・スパルタカシアは『ハーフエルフの皆様と、できれば穏やかにお話したく存じます』と…言いました。」
そう話すファドの顔色はもう相当悪くなっていた。瞼もだいぶ重そうであり、さきほどはしっかりとしていた視線も時々焦点を失っている様子である。メンバーたちはそのことに気付いていたし、心のどこかでファドを休ませるべきだと思ってはいたが、彼の話の重大性がそれを後回しにさせていた。
「『ハーフエルフの皆様と』だと?」
「はい、スパルタカシア様は、我々の中に…ハーフエルフ様たちがいることを知って…おりました。」
ファドはおそらく貧血を起こしているのだろう。時折目をパチクリさせ、言葉をつかえさせながら話した。
「やはり、ヴァナディーズがしゃべっていたのか、俺たちのことまで。」
「不味いな、アイツはどこまで喋ったんだ?」
「もう全部バラされてしまったと覚悟すべきです。」
「やっぱりアイツを信用すべきじゃなかったんだ。」
「今更もう遅い!」
「いえっ!」
『
「ファド!もう横になった方がいい!」
「いえ…いいえペトミー様、これだけ、これだけ話せば、横に…話せば…」
「分かった。だが、横になっても話は出来るだろ!?
先に横になれ、横になって話せ、な?
俺が聞いてやる、声も、大きくなくていい。」
ペトミーはファドを労わりながら、起こしていたファドの上体をゆっくり床につかせる。
「はい、はい、すみませんペトミー様…」
仰向けになったファドは目を閉じてそう言うと、何度か深呼吸してから目を閉じたまま話を再開した。
「スパルタカシアが…ハーフ…エルフ様の…存在について…知ったのは…一昨夜…《
…一昨夜の…《地の精霊》…あれは…昨夜の…と…同じ…スパルタカシア…使役する…《地の精霊》…です。…」
一昨夜戦った《地の精霊》…それがあまりに強大過ぎるがゆえに、アルビオンニウムの
「ヴァナディーズは…しゃべって…います…が…それは…ヴァナディーズが…しゃべったの…は…昨日の…夕刻…のこと…だそう…です。
スパルタカシアが…やつらが…『勇者団』…知ったのは…昨日………軍隊が…サウマンディア軍が…神殿を守る…いたのは…別の…理由…ヴァナディーズは…我らを…裏切ってない…我らが…アルビオンニア…来ている事…一昨日まで…知らなかった…だから…これ以上…ヴァナディーズを…狙うなと…そして…ハーフ…エル…さま…に…話したい…ことがある……と………」
ファドはそのまま気を失ったようだった。ペトミーはファドを起こすようなことはせず、ただ呼吸している事を確認し、単に眠っただけだと判断するとファドの口もとに耳を寄せていた状態から身体を起こし、メンバーの方を振り向いた。
「大丈夫、眠っただけだ…しばらくは寝かせておこう。」
心配そうな顔をしていた何人かはペトミーの言葉に安堵をため息をつき、立ち上がったままジッと話を聞いていたティフ・ブルーボールは無言のまま顔を背けた。
それを見てペトミーはスッと立ち上がり、メンバー全員に向かって話し始める。
「聞こえなかった者がいるかもしれないから、ファドの代わりに繰り返すぞ?
スパルタカシアがハーフエルフの存在を知ったのは一昨夜、《地の精霊》のお告げがあったからだ。そして、一昨夜に俺たちが戦った《地の精霊》と昨夜、俺たちが戦った《地の精霊》は同じ、スパルタカシアが使役する
ヴァナディーズは俺たちの事をしゃべったが、しゃべったのは昨日の夕方の事だった。スパルタカシアたちが『勇者団』のことを知ったのは昨日の事で、サウマンディア軍が神殿を守っていたのは別の理由だった。
ヴァナディーズは俺たちを裏切っていなかったし、俺たちがアルビオンニアに来ているのを一昨日まで知らなかった。だから、ヴァナディーズの事はこれ以上狙うな。そして、俺たちハーフエルフに話したいことがある…それがファドが持ってきた伝言だ。」
それを聞いて全員が唸り始めた。他のメンバーと顔を見合わせる物もいれば、腕組みをして床を見る者もいる。そして天井を見上げる者もいた。
「ヴァナディーズはしゃべってなかったけど、《地の精霊》には一昨日見つかってしまっていたってことですか?」
「では、あの神殿を兵隊が守っていたのはヴァナディーズが裏切ったせいではなかったという事になりますね。」
「でもしゃべっちまった事には変わらないだろう!?」
「そうじゃない!アイツが裏切ったんじゃなくて、俺たちが裏切ったと勘違いして襲ったせいで、白状しなきゃいけなくしちまったんじゃないかって事だ。」
「俺たちが悪いってことですか?」
「そうなるな。」
「全部しゃべっちまったのなら一緒じゃないか!
結局アイツは裏切ったんだ!」
「でも、全部しゃべってしまったのならもう口封じする意味がないだろう!?」
「そういう問題ですか!?」
「感情的にならないでちゃんと考えろ!
ヴァナディーズはムセイオンの学士だぞ!?
彼女を殺したりしたら、ママだってきっと許さないぞ!」
「ヴァナディーズは裏切ってるんだ!
どこまでしゃべったかわからないが、アイツの証言次第じゃ俺たちが相当不利になるんだぞ?!」
「もう全部しゃべったに決まってる!」
「そんなはずはない!
そんなことすりゃヴァナディーズだってタダじゃ済まないんだ。」
「そうだ、しゃべったにしても全部はしゃべらない筈だ。」
「だったらやっぱり今のうちに口封じすべきだ!」
「待ってください、既に俺たちの正体はバレてるんですよ!?
ここでヴァナディーズが死ねば犯人は明らかだ。
無理して罪を重ねる必要はないでしょ!?」
「今更何を言ってる!?
俺たちは大協約に背いて降臨を起こそうとしてるんだぞ!?」
「そうだ、捕まれば『奈落』へ堕とされるに決まってる!
罪の大小など、気にしたってしょうがない!」
「そんなことを言って!
降臨が成功して父さんたちに顔向けできるのか!?」
「きれいごとを言ったところで、既に俺たちは百人以上殺してるんだ。」
「いや、ヴァナディーズはムセイオンの学士だ。他のNPCと一緒にすべきじゃない。」
「NPCって言うなよ!」
「ともかく、もうアッチはほとんど知ってるんだ。
今更殺したところで俺たちが得る物は無い。」
「いいえ、アイツは知りすぎています!
アイツを生かしておいたら、自分だけ罪を免れようと都合の好い証言を…俺たちに不利な証言をされてしまうかもしれない。」
「そんなウソついたってすぐにバレるさ!」
「いや、アイツが先に“自首”しちまったんなら、役人はアイツの証言の方を信じるかもしれないぞ。先に裏切った奴を優遇するのはよくある話だ。」
おおよそ議論とは言い難い、思いついたことを言葉にするだけの応酬が続く。結局のところ、彼らも一枚岩ではなかったのだ。降臨を引き起こして父や祖父と再会する。そして父や祖父の…
ヴァナディーズが裏切った…その口を封じなければ今後、自分たちはどんどん不利になっていくだろう。だが、裏切者を粛清しようにもヴァナディーズは絶対に敵いそうにない敵の手の内にある。
彼らはその問題の困難さを、今ようやく理解しようとしているのだった。
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