第502話 交渉方針決定

統一歴九十九年五月六日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



「待ってくれ、みんな!

 ちょっと、静かに!聞いてくれ!」


 一度は座り込んで一人で考え込んでいたティフ・ブルーボールは再び立ち上がり、あーでもないこーでもないと思い思いに意見を交わすメンバーたちの発言を止めさせた。再び眠りについたファド以外の全員がティフに注目する。


「もう一度、話を整理しよう。」


 何人かは一瞬「またか」というような顔をしたものの、一応全員がティフに耳を傾ける。


「思い出してくれ、これまでの経緯と、ファドの報告を。

 俺たちはムセイオンから脱走し、先々月だったか、サウマンディアまで来た。それでサウマンディウムで気づかれて騒ぎになってしまった。」


 予想外に古い話から始められてしまったせいか、何人かがウンザリしたような顔をつくり、小声で文句を言い始める。


「ええ!?そこから~?」

「聞けよ!」

「あの時、ホエールキング様が魔法なんか使うから…」

「今はそれはいいだろ!?」

「そうだ、あの時はあの船乗りの方が悪かったんだ!」

「いや、どっちが悪いじゃなくて魔法を使う必要なんてなかったでしょ!?」

「そうだ、どっちかっていうとルメオの方が目立ってたんじゃないか!?」

「誰彼構わず怪我人や病人治すから、人だかりができちゃったしな。」

「だってこっちじゃムセイオンの金が使えないんだぞ!?

 こっちで路銀を稼ぐしかないじゃないか!

 だいたいあの人たちは助けてもらったんだから、俺たちの事で口を滑らしたりなんかしてないよ!」

「じゃあ、何であんなに評判になっちゃってたんだよ?」


「静かに!!」


 話をそっちのけで脱線してしまったメンバーをティフが鎮め、話を続ける。


「ともかく、捜索が始まって一旦ナンチンへ逃れた俺たちはヴァナディーズの助言に従い、船でアルトリウシアへ渡ったと見せかけ、別の船でクプファーハーフェンへ上陸した。

 クプファーハーフェンでも見つかりそうになったが、のおかげで何とか目立たずに済んだ。それどころか、随分世話になった。」


 またメンバーが口を開きそうになるが、すかさずサブリーダーのスモル・ソイボーイがキッと睨みを利かせて黙らせる。


「馬や馬車を用意してもらって、いざアルビオンニウムへ来てみたら神殿にも警備の兵隊たちが居た。事前に聞いた話じゃ、無人だってことになっていたのにだ。」


「そうだ、だからヴァナディーズの奴が裏切ったんだって…」


 今までみんなを黙らせる役だったスモル自身がしゃべり出してしまい、今度はティフがジェスチャーでスモルを黙らせる。


「そうだ、ヴァナディーズが裏切ったから神殿が守られていると、俺たちは思い込んでしまった。ヴァナディーズからは、俺たちが目立ってしまったせいで次の祭祀では護衛のために軍隊が同行するけど、祭祀が終わったらすぐに帰るって…そう連絡があったのに、あの神殿には二百人もの軍隊が居たからだ。

 ヴァナディーズがウソをついたとしか思えない。だから俺たちはヴァナディーズが裏切ったと思い込んでしまった。」


「違ったって言うのか!?」


 ペイトウィン・ホエールキングが怪訝けげんな表情を浮かべる。ティフはその顔を見返し、かすかに口角を引きつらせた。


「思い出してくれ、シュバルツゼーブルグでのファドの報告を…」


「一昨日…いや、その前か?」


「そうだ。

 すぐに居なくなるはずの軍隊がいつまでも神殿に居座ってるから、俺たちは盗賊どもを集めて軍隊を追い払う事にした。だけど時間がかかった。二百人の軍隊を追っ払うのに必要なだけの盗賊が集まる前に、次の満月が近づいてきてしまった。そして、毎月満月の夜…つまり昨夜、再び祭祀が行われる。

 スパルタカシアが再びアルビオンニウムへやってくる!神殿にいる軍隊も邪魔だがスパルタカシアも邪魔だ。だから俺たちはシュバルツゼーブルグを出たところで待ち伏せ、盗賊どもをぶつけて追い返す手はずだった。そのための情報収集でファドがシュバルツゼーブルグの領主の屋敷に忍び込み、偶然ヴァナディーズを発見、接触を試みたわけだ。」


 ティフのもったいぶった話に何人かは苛立ち始めていた。


「契約を果たせと言ったファドにヴァナディーズは言ったそうだ。

 『いまさら何を言ってるの?もう終わった事でしょう!』と…そして『裏切ったのはアナタたちの方でしょう!?ウソなんかついて』と…」


「それが、どうかしたのか!?」

「女の逆ギレだ!?」

「生理の時の女は言ってること支離滅裂になるぜ?きっとそれだよ。」

「そうだ、俺たちは何も悪くないのに、裏切ったとかとんでもない言いがかりだ

。」


「まあ待てよ。

 俺たちだって何も悪くないってことはないぜ?

 サウマンディウムで魔法を使って騒ぎを起こしたあげく、アルビオンニウムに来るのが遅れてしまったのは事実だ。本当なら俺たちは先月の頭にはこっちに来てなきゃいけなかったんだからな。」


「でも、それで裏切ったなんて無いぜ!

 たしかに騒ぎは起こしちまって予定も狂わせたけど…」

「ええ、まだ挽回は可能な範囲のことでした。」


「と・も・か・くっ!」


 痛いところを突かれて口を尖らせるペイトウィン・ホエールキングとエイー・ルメオをティフは作り笑顔で黙らせた。


「ヴァナディーズは『アナタたちの事なんて言わない!言うわけないでしょ!?』と言った。そして、スパルタカシアが言ったようにヴァナディーズが俺らの事を話したのが本当に昨日の夕方だっていうのなら、実際にヴァナディーズは裏切っていないのかもしれない。」


「待てよティフ!

 昨日の夕方までは裏切ってなかったのかもしれないけど、話しちゃったなら結局裏切ったってことだろ!?」

「そうです!実際、神殿で俺たちを出迎えた敵将は俺たちの事を、『勇者団ブレーブス』のことを知っていました!」


 抗議するペイトウィンとエイーにティフは笑顔のまま指を振り、「それはどうかな?」とジェスチャーをする。


「冷静になってもう一度思い出せ。

 スパルタカシアの伝言…『ハーフエルフの皆様と、できれば穏やかにお話したく存じます』だ。『ティフ・ブルーボール様と』じゃない。『スモル・ソイボーイ様と』でもないし、『ペイトウィン・ホエールキング様と』でもない。『ペトミー・フーマン様と』でも『デファーグ・エッジロード様と』でもなかった。」


「どういうことだ?」

「あ、名前が分かってなかったってこか!?」


 期待した通りの答えにティフはパチンと指を鳴らした。


「そうだ!

 ヴァナディーズが全部話してしまったなら、俺を名指ししてくるだろう!?

 なのに『ハーフエルフの皆様』だった。つまりヴァナディーズはまだ全部を話してないんだ!」


「いや、待ってくれティフ!」


 だがそれに顔をしかめたスモルが慎重に異を唱える。


「神殿の前で俺たちを待ちかまえていた敵将。たしかサウマンディウス伯爵公子を名乗っていた奴…あいつは俺たちがまだ正体を明らかにしてなかったのに『ティフ・ブルーボール二世閣下とお見受けいたしましたが、相違ございませんか』って言ってた。

 ティフの名前を知っていたんじゃないか?」


 スモルのその指摘に対し、ティフはおどけるように答える。


「その前に誰かが俺の名前を呼んでただろ!?

 ハーフエルフでティフって言ったら、世の中に俺以外居ないんだ。レーマの辺境とは言え、伯爵公子くらいの大貴族なら俺の名前ぐらいは知っていたっておかしくないさ。」


 彼らは自分たちがこの世界ヴァーチャリアで特別な存在で有名人であることを良く知っていた。見たことも会った事も無い人が自分の事を知っている…それは彼らにとって当たり前の事だった。実際、旅の途中に泊った宿で、乗った船で、食事に入った店の中で、見ず知らずの人たちに彼らの名前が話されるているのを何回か聞いたこともあった。実は彼らの父祖が英雄譚として語り継がれているのと同様に、彼らの幼いの頃の出来事が色々脚色されて子供英雄譚として世間に流布されていたりするのだ。中には当の本人が赤面するような話もあったが…。


「てことは…」


「ヴァナディーズは裏切ってない。

 多分、やむを得ない事情で少しは話をしなきゃいけなくなったんだろう。向こうの《地の精霊アース・エレメンタル》には俺たちがハーフエルフだってバレてたみたいだしな。

 だが、すべては話していない。」


 ティフが確信したように言うと、多くのメンバーが一斉に考え込むような顔つきになった。そして一人、デファーグ・エッジロードだけがパアッと表情を明るくして背伸びするようにティフに問いかける。


「じゃ、じゃあ?」


「ああ、ヴァナディーズは殺さなくってもいいだろう。

 とにかく一度、ヴァナディーズとはもう一度連絡を取る必要があるな、ペトミー?」


 ペトミー・フーマンは自信にあふれた表情で頷き、快諾の意を示した。


「任せてくれ!また、今までみたいに使い魔を使って連絡を取ってみる。」


「頼む!

 あとは、スパルタカシアからの呼びかけだが…」


「応じるのか!?」


 意外だったのかペイトウィンが驚きの声をあげた。


「応じないわけにはいかないだろう。

 向こうにはメークミーが人質になってるんだ。」


「力づくで奪い返すんじゃないのか!?」

「無理でしょう、あの《地の精霊》から奪い返すなんて」

「何を弱気な!!父さんたちだって何度も負けながら勝ち方を探したんだぞ!?」

「おいおい、俺たちはまだ回復しきってないんだぜ?」

「そうです、ファドだってこんな状態だし。」

「でもノコノコ出て行ったら捕まるだけだよな?」

「何か、交換材料でもなきゃ無理でしょうね。」


「交換材料ならあるさ!」


 一同が再びガヤガヤと話し始める中、ティフが快活に声を上げた。


「敵はまだこっちがヴァナディーズの命を欲しがっていると思っている。

 なら、ヴァナディーズの命を狙うのを諦めるのと交換に、メークミーを引き渡してもらうさ。」

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