第499話 スパルタカシアの実力

統一歴九十九年五月六日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



「ルクレティア・スパルタカシア?」

「ヴァナディーズのヤツが家庭教師をしているっていう相手じゃなかったか?」

「あの神殿の神官だろ?」

「そうだ!南から来た軍勢は、そいつの護衛って話だった。」


 目を覚ましたファドの言葉に『勇者団ブレーブス』のメンバーは口々にルクレティアに関して知っていることを話し、確認する。それをリーダーのティフ・ブルーボールがまとめて口にした。


「そうだ、ルクレティア・スパルタカシアは降臨者スパルタカスの末裔で、あの神殿の神官で、満月の夜にあの神殿で祭祀を行うため、毎月ここから西のアルトリウシアってとこから通って来ている。ホントかどうかは分からんが、あのホブゴブリンの軍勢はその護衛だって話だ。

 ヴァナディーズはそのスパルタカシアの家庭教師だ。だからスパルタカシアに付き添って、あの軍勢と一緒に来ているんだろう?

 言伝ことづてってことは、会ったのか?」


 ファドはコクリと頷いた。


「ヴァナディーズがスパルタカシアと一緒にいたので…

 私がヴァナディーズを襲った時、スパルタカシアがホブゴブリン兵どもと共に立ちはだかり、撃退されてしまいました。」


 ファドの苦しそうな表情は体調が回復しないせいなのだが、話を聞いていたメンバーたちにはファドが当時を思い出して悔しがっているようにも恐怖しているようにも思えた。しかし、ファドはヒトではあるが『勇者団』でも認められている実力者である。その彼がわずかな数のホブゴブリン兵とスパルタカシアのために撃退されたなどという話は信じがたかった。

 ティフを始め何人かは「ウソだろ?」とばかりに半笑いを浮かべる。


「その、ホブゴブリン兵ってのが多かったのか?

 雑魚どもを引き付けきれなかったのは悪かったが、しかしそれでも大した人数は残ってなかったはずだ。」


「いえ、ホブゴブリン兵は三人だけです。

 手練れではありましたが、手ごわいと言うほどではありません。」


 ティフの半笑いがますます大きくなり、目が泳ぎ始める。


「待て、じゃあスパルタカシアにやられたとでも言うつもりか?

 降臨者スパルタカスの直系の子孫だが、血統が古すぎてもう魔力は失われているって話だ。お前を撃退するような力なんて…まさか?」


 話している間もファドの表情は全く変わらず、ジッとティフの目を見つめている。話している間にその様子に気付いたティフの顔からは笑みが消えていた。


「その『まさか』です、ブルーボール様。

 スパルタカシアは私の目の前で『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプを立て続けに四体、召喚しました。しかも三体を同時に召喚し、使役して見せたのです。」


「ウソだ!」


 ファドの説明に驚いたソファーキングがまるで亡霊でも見たかのような顔で叫び、横槍を入れる。


「ウィル・オ・ザ・ウィスプは自然界でも発生する、割と少ない魔力でも簡単に召喚できるモンスターだ。俺だって三体くらいなら召喚できる。

 だがアレは寿命が短いんだ。何かに触れればそれだけで爆発して死んでしまうモンスターで…知ってるだろ!?

 知能だって無いんだぞ!?

 ただ、魔力を感じる方へ自分から勝手に突っ込んで行って自爆しちまうんだ。だから一体召喚したら次のを召喚する前には消滅しちまう。それを三体同時に召喚してって、あり得ない!」


 ソファーキングは立ち上がってメンバー全員に向かって口早に説明した。

 彼は降臨者ソファーキング・エディブルスの孫にあたるヒト種の聖貴族であり、ハーフエルフはもちろん、彼の親の世代には敵わないがゲーマーの孫世代のヒトの中ではトップクラスの魔力を誇っている。魔法の実力もかなり高い。そして、他の『勇者団』メンバーと同様に祖父の英雄譚に憧れ、一種の中二病になってしまった結果、これまでの人生の大半を攻撃魔法の修行に明け暮れてしまった人間だった。


 そのソファーキングに言わせれば、召喚モンスターとしてのウィル・オ・ザ・ウィスプは実に使い勝手の悪いモンスターだった。

 ウィル・オ・ザ・ウィスプは属性も何も関係なく、魔力の塊に霊魂が宿ってしまっただけの、精霊エレメンタルの成り損ないのような存在である。普通は何か大きなエネルギーに霊魂が宿ることで肉体を持たないエネルギーの生命体…すなわち精霊と化すのだが、ウィル・オ・ザ・ウィスプの場合は魔力に宿った霊魂が魔力を制御しきれず、暴走してしまった状態だと考えられていて、絶えず魔力が光や熱といった形で放出されつづけるため、そのままでいると短時間で消滅してしまう。そこで、ウィル・オ・ザ・ウィスプは消滅すまいとして、補充すべき魔力を求めて魔力が感じられる存在に近づこうとするのだ。だが、魔力が暴走して放出されっぱなしの状態なので、何かに接触するとエネルギーが一気に放出されてしまい、爆発を起こして却って消滅してしまうのである。

 だから、攻撃魔法としては威力はそこそこだが、動きがあまり速くない上に常に派手に光りつづけるため、簡単に敵に察知され逃げられてしまう。おまけに何かをぶつければそれだけで勝手に消滅してしまうため防ぐのはとても簡単だ。しかも、魔力を感じる方へ飛んでいくため、下手すると敵ではなく自分の方へ飛んでくる危険性もあり、召喚する際は自分よりも敵に近い場所に召喚しなければならない。要は、敵味方識別能力のない制御不能な自爆型ドローンのようなものだ。

 

 それでいて、召喚にはそれなりに魔力を消費する。召喚モンスターの中では必要な魔力は少なくて済むほうだが、気軽にポンポンと召喚できるほどお手軽なわけでは決してない。先ほどソファーキングは「俺だって三体くらいなら召喚できる」と言ったが、逆に言えばソファーキングほどの実力者でさえ三体しか召喚できないと言う事でもあった。

 そして、ソファーキングの経験上、二体目を召喚する前に一体目消滅する。一体の召喚に必要な時間、魔力を集中している間に、先に召喚した一体目が何にも接触しなかったとしても、魔力の自然放出によって寿命を迎えるのだ。


 それなのにスパルタカシアが四体立て続けに召喚した。おまけに三体同時に操って見せたというのは到底信じられる話ではなかった。それを実際にやったというのなら、ルクレティア・スパルタカシアはソファーキングなどよりずっと、おそらくハーフエルフよりも強力な魔法の実力を持っていることになってしまう。


「私も目を疑いました。

 ですが、確かにスパルタカシアは私の目の前で立て続けにウィル・オ・ザ・ウィスプを召喚したのです。

 最初に召喚されたウィル・オ・ザ・ウィスプを倒し、暗闇の中でホブゴブリン兵と戦っていたと思ったら、次の瞬間スパルタカシアが呪文を三度連続して唱え、そしてウィル・オ・ザ・ウィスプが三体生じていました。

 部屋はまるで真昼のように明るくなりました。」


「待て!室内でウィル・オ・ザ・ウィスプを召喚したのか!?」


「はい、この小屋と…同じくらいの広さでした。」


 ファドは軽く木こり小屋の内部を見回しながら言った。そこは壁際に木こり道具や薪などが置かれていることもあって、彼ら十三人が寝るには少し狭いくらいの広さだった。

 逃げ場のない狭い建物の中で制御不能な自爆モンスターを召喚する…常識では考えられない事である。


「ウィ、ウィル・オ・ザ・ウィスプは、それで間違って味方を攻撃したりとかしなかたのか?」


「いえ、ゴブリン兵たちと共に等間隔を保って私を壁際へ追いつめ、囲んでいました。そしてそのまま私が動けないように牽制し、スパルタカシアが私に話しかけてきたのです。」


 知能が無く、魔力を感じられるものへ近づき自爆するだけのモンスター、ウィル・オ・ザ・ウィスプ…そんなものが間近に複数発生していたら、互いに近づきぶつかって大爆発を起こすはずだ。少なくとも、ソファーキングやペイトウィンの認識ではそうである。


「そんな…信じられない。」

「ああ、とてもじゃないが…」


「ファドがウソついてるって言うのか!?」


 ペイトウィンとソファーキングが困惑していると、ペトミー・フーマンが怒気を孕んだ声を上げ、二人を睨んだ。


「い、いや、そうじゃないよ!」

「ファドを疑ってるわけじゃないです、ただ、その…」


「ただ、何だよ?」


 弁解しようとする二人にペトミーが腰を上げて迫ると、ファドが興奮するペトミーを宥めた。


「ペトミー様、どうかおたいらに、お二人が信じられないのも無理はありません。

 私自身、信じられないのですから、お二人が疑うのも無理はありません。」


「そ、そうなんだよ!

 俺たちはファドがウソをついてるって言ってるんじゃない。」

「そうです!

 その、理解が及ばない現象が起きているっていう事で…」


 ファドの助け舟に二人が乗ると、ペトミーはようやく落ち着きを取り戻した。


「そ、それならいいけどよ…」


 木こり小屋を支配した緊迫した空気はペトミーが再び腰を落ち着かせたことで取り払われた。聖貴族同士の…特に彼ら『勇者団』同士の喧嘩はなまじ魔力に優れていることもあって周囲に甚大な被害が及ぶことがあるのだ。

 再びメンバー間の空気がおかしくならないうちにティフは話の続きを促す。


「それで、じゃあスパルタカシアは実はとんでもない実力を持っているってことだな?」


 ファドが言わんとしていた事をティフが要約するとそういうことになる。だが、ファドが報告しようとしていたのはそれだけではなかった。彼は報告する前に言っていたのである。「ルクレティア・スパルタカシアと《地の精霊》について」と…そして、その報告はティフや他のメンバーの理解を超えるものだった。


「それだけではありません。

 どうも、先ほどから皆様が警戒しておられる《地の精霊》…あれはどうやらスパルタカシアが使役しているようなのです。」

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