第498話 目覚めたファド
統一歴九十九年五月六日、午後 ‐ アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム
アルビオンニウム郊外の、丘と呼ぶには険しすぎ、山と呼ぶには低すぎる樹々に覆われた森の中にある木こり小屋は、『
しかし、予想外に大きい被害と、想定をはるかに上回る敵の強大さにすっかり気分が沈んでしまっている。
「うん、いやっ、俺も、偵察が甘かった。
昨日、陽があるうちに港の方まで見ていれば、もう少し何とかなっただろうに…済まなかった。」
取り乱してしまった事に対する反省と謝罪の言葉を口にしながらも、尚も拗ねるような態度を見せるペイトウィン・ホエールキングを見て、今度はペトミー・フーマンが反省の言葉を述べた。このままペイトウィンだけが悪いみたいな空気を作ると、ペイトウィンは後々まで不満を引きずりかねない。
ペトミーの意図を察したのか、リーダーのティフ・ブルーボールもペトミーに慰めの言葉をかける。
「ペトミーは謝ることはないさ。
そんな大軍が来てるなんて、誰も想像してなかったし、第一そんな暇はなかっただろう?
俺たちがこっちに着いてから敵の援軍に気付いたとしても、作戦の変更をしてる暇なんて無かったさ!むしろ、そんなに急ぎ過ぎた俺が悪かったんだ。」
ティフとペトミーも互いに反省の態度を示しあったことでペイトウィンの機嫌がそれ以上悪くならないようにしたところで、誰かがそこから責任追及ごっこを始めてしまわないよう、サブリーダーのスモル・ソイボーイがすかさず話を戻した。
「では、敵が多分千人くらいいるらしいってことが分かったとして、これからどうするかだ…こっちは手持ちの盗賊どもが半減しちまったから昨日と同じようなことはもう出来ないし、やれたとしても敵は多分引っかからないんじゃないのか?」
「スモルの言う通りだ。
少なくとも今のままじゃどうしようもない。
兵隊だけなら何とかできなくもないが、あの《地の精霊》がいるとなるとな…」
姿を見たわけじゃないが強力な《地の精霊》が存在していることは間違いない。サウマンディウスとかいう敵将がそんなことを言っていたし、現にあの場で地属性の魔法が全く使えなかったのだ。
その点、『勇者団』の魔法攻撃職であるペイトウィンとソファーキングは、どちらもどの属性の精霊とも相性が良い特異な才能を誇っていた。相性の悪い属性が無く、あらゆる属性の魔法を自在に使うことができる。使えないのは自分の魔力では行使できないような強力過ぎる魔法だけだ。なのに昨夜は地属性の魔法だけが使えなかった。これは、異常と言って良い。
考えられる理由はただ一つ、あの場を支配していた《地の精霊》が『勇者団』と明確に敵対していたからだ。強力過ぎる《地の精霊》が、他の地属性の精霊たちに『勇者団』への協力をさせなかったからに他ならない。《地の精霊》の気配は確かにあるのに、どれほど魔力を投じても《地の精霊》はまったく応じてくれなかった。これでは魔法は発動しない。
魔法を使う戦い方を得意とする彼らにとって、それは非常に重要な問題だった。一部とはいえ、戦力を封じられたようなものだからだ。
「まさか、メークミーを見捨てるのか!?」
みんなの間に諦めに近い空気が流れていることに心配になったデファーグ・エッジロードがまだ青ざめている顔を更に青く染めて悲痛な声を上げる。
彼はメークミー・サンドウィッチが捕虜になってしまった事に対して大きな責任を感じてた。昨夜撤退する際、デファーグ、スモル、メークミーの三人が
アレさえなければ、自分さえ最後まで戦えていれば、メークミーは捕虜にはならなかった…その思いがデファーグを苦しめている。
「そんなわけないだろ!?
今考えてるんだ。
ただ、どうしたってあの《地の精霊》はどうにかしなきゃいけないんだ。」
「でも、あんな強力な精霊なんて初めてだ。
ゴーレムを三十も召喚してたぞ!?」
ティフが慌ててデファーグに言い返すと、ペイトウィンが再び愚痴りだす。すると、今度は同じ魔法攻撃職のソファーキング・エディブルスが重くため息をつくように言った。
「あれじゃあ、どこかで神として崇められていてもおかしくないレベルですねぇ」
二人とも攻撃魔法の専門家なだけあって、ゴーレム三十体を同時に召喚することがどれだけ人間離れしているかよくわかっているのだ。
「もしかして、あのケレース神殿の守護神なのかもしれないな…」
誰かがポツリと言うと、それを受けてメンバーたちが口々に話し始めた。
「あの、最近噴火したっていう火山の主だったりするんじゃないのか?」
「ああ、この街を滅ぼしたっていう火山か…」
「待てよ、火山を噴火させて街を滅ぼすなんて、ドラゴンだってできないぞ!?」
「そんなの手に負えねぇよ」
「だとすれば、ここに居る限り無理だぞ!?」
「そうだな、ここは敵のホームグラウンドだ。」
どんどん悲観的な方向へ話が流れていくことに危機感を覚えたティフがあえて楽観的な口調で打ち消しにかかる。
「いや、逆に考えるんだ。
あの精霊がこの地の守護神ならこの場を離れれば、あの精霊の力は及ばなくなるんじゃないのか?
奴らだってメークミーをいつまでもここに置いておくはずはないんだ。必ずどこかへ移動させようとするはず。」
「ここから移動させる時を狙おうっていうのか?」
スモルが感心したように訊くと、ティフは我が意を得たりと手を打ち鳴らす。二人はどうやら一昨日も《地の精霊》に苦杯を舐めさせられたことを忘れてしまったようだ。
「そうだよ!敵は船で北へ行くか、馬車で南へ行くかするんだ。
船で行くなら、あの湾の狭い出入り口を通過しなきゃいけない。あそこなら崖の上から船を攻撃できるだろう!?
南ならまた一昨日の街に泊まるはずだ。
襲撃できるポイントはいくつかあるから、チャンスはある。」
最初は思い付きで言った事だったが、スモルにフォローしてもらうと何だか良いアイディアのように思えてきたティフは顔をほころばせた。
「そうか、千人も敵兵が居たって、移動中は流石に警備も薄くなるよな。」
「神殿から離れて《地の精霊》も力が出無くなれば…」
「そうだな、まだやれるかも…」
「御言葉ですが…」
ティフにそう言われてメンバーの中にも楽観ムードが漂い始めたところで、今度は思わぬところから冷ややかな声があがった。
「なんだファド?」
唯一、反省会から少し離れたところで横たわったままファドだった。一人、負傷して戻った彼はエイー・ルメオによる治癒魔法で傷だけは治してもらえていたが、それまでの失血が響いて起き上がれないでいたのだった。
ファドが意識を回復したことに気付いた全員が一斉にファドの方を振りむく。
「あ、起きたのか!?」
「お、もう大丈夫なのか?」
「心配したんだぞ!?」
「ファド、お前の分のウサギのスープ、まだあるぞ。食えるか?」
ファドは苦しそうに上体だけを起こした。顔色は真っ青でまるで死人のようである。
「あ、ありがとうございます。後で戴きます。
それよりも、報告せねばならないことがございます。」
「報告だと?」
「無理に起きるな」「まだ寝てろ」という他のメンバーの声を無視して、ファドはティフの方を見て話し始めた。
「はい、ルクレティア・スパルタカシアと《地の精霊》について…
それと、ルクレティア・スパルタカシアからの伝言を
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