勇者団初の苦境

第497話 見誤っていた敵戦力

統一歴九十九年五月六日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 アーノルド・ナイス・ジェークが獲ってき山羊はまだ解体しておらず、内臓だけ抜きとって吊り下げ、血抜きをしている状態である。彼らの遅い昼食を飾ったのは山羊と一緒に獲ってきたウサギだけだった。煮込んだウサギ肉は彼らの胃袋を満たすには量が足らなかったが、消耗しきった彼らの身体にはポーションのように染み渡るような旨さだった。

 消耗し、疲労し、そして冷え切った身体をウサギ肉のスープで温めた彼らは、ウサギを仕留め、そして料理までしてくれたナイスに心から感謝した。だが、空腹を満たし、山羊の解体作業に戻ろうとしたナイスを『勇者団ブレーブス』のリーダー、ティフ・ブルーボールは呼び止め、そして再び寝床に潜り込もうとするまだ回復しきっていないメンバーたちにも声をかけると、現在判明している情況について説明を始めた。その内容は彼らを愕然とさせるには十分な物だった。


「じゃ、じゃあたったの七十人しか残ってないのか!?」


「ああ、昨日だけで半分以上やられてしまった。」


 ペトミー・フーマンが朝から盗賊たちの生き残りを探し回って状況を確認した結果は惨憺さんたんたるものだった。昨日の作戦に投入した盗賊は二百二十人ほどだったが、昨夜のうちに盗賊が百十人ほど…この内訳はわからないが、死亡した者もいれば捕虜もいるだろう。結構な数の捕虜が出ていることをペトミーは使い魔を使って確認しているが、正確な人数は分からない。死亡した者が相当数いるのは確かだが、何人かは逃亡した可能性もある。

 なんとか生き延びていた盗賊の中にも負傷者はおり、ペトミーが到着する前に死亡してしまった盗賊が十七人ほど…さらに重軽傷者は三十人以上いる。生き残った盗賊のうち、まだ使は合計で六十八人といったところだった。予想外の損害にメンバーの表情は一様に暗い。昨夜の敗北が、より一層強く突きつけられた形になってしまったからだ。


「その他にエイーの治癒魔法で復活させられそうな怪我人はいるのか?」


 『勇者団』サブ・リーダーのスモル・ソイボーイの質問にペトミーは皮肉めいた笑みを浮かべて首を振った。


「それを含めて六十八人だ。」


 『勇者団』のヒーラー、エイー・ルメオは治癒魔法の達人である。彼の祖父は名うての回復役ヒーラーとして知られたゲーマーであり、『勇者団』の他のメンバーと同様父祖に憧れて同じ職業を目指して修行を積んだのだ。ヒトの聖貴族としてはトップレベルの治癒能力を誇っているが、手足の欠損といったレベルの傷を治すことは流石に出来ない。

 盗賊たちの一部の重傷者は銃弾を受けて骨を砕かれてしまった手足を、ペトミーが来る前に仲間たちによって切り落とされてしまっていた。そうしなければ命に関わるのだから仕方がないと言えば仕方がなかったのだが…。


「なんてこった…」


 スモルは額に手を当て、首を振りながら床に視線を投げる。投入戦力の三分の二の喪失…ここまで高い損耗率を記録するような戦は、本物の戦争でも滅多にあるものではない。


「一応、昨日の作戦に間に合わなかった連中が五十人ほど残ってる。

 そいつらを合わせればまだ百二十人にはなるはずだ…

 そういえば鉄砲とかは残ってるのか?」


 ティフが全員を励ますついでに尋ねると、ペトミーは額を掻きながら記憶を探った。


「え~っと…たしか、鉄砲も結構失われてたな…

 残ってるのは全部で五十二丁だったはずだ。その内どれくらいが使えるかはまだわからないが…銃弾は正確な数字は分からない。全部で千発もないだろう。

 あと、爆弾は三十発も残って無かったと思う。」


 短小銃マスケートゥムは三割以上失われた計算になる。

 鉄が非常に貴重なこの世界ヴァーチャリアではフリントロック式の鉄砲も《レアル》とは少し違った発展の仕方を遂げている。基本的に鉄は使われていない。銃身は青銅だし、主要パーツもほぼ青銅か真鍮で出来ており、バネは真鍮製だ。火打石フリントを衝突させて火花を発生させる火打ち金フリンジは、その部分だけ黄鉄鉱おうてっこうで出来たチップを嵌め込んであり、弱い真鍮バネの力で火打石を打ち付けて火花を発生させる都合上、角度の調整などがデリケートである。一度調整すれば数発~数十発程度はそのまま撃てるはずだが、あまり乱暴に扱うとそれだけで火花が飛ばなくなって撃てなくなってしまうこともあった。昨日や一昨日、初めて銃に触ったというようなド素人の盗賊には扱いきれる代物ではなく、扱える者が代わりに調整してやる必要があったのだ。


「その戦力でペトミーを救出するのか…あの《地の精霊アース・エレメンタル》から?

 そんなのホントにできるのかよ!?

 もうあんな役に立たない奴らなんか捨てっちまおうぜ?」


 ペイトウィンが毒づくように言い、頭を抱えると、全員がペイトウィンを見てため息を漏らした。この中で一番恵まれているのは彼である。彼の父、ペイトウィン・ホエールキング一世は恐ろしく裕福なマジック・キャスターであり、強力な魔道具マジック・アイテムをいくつも装備して実力を底上げし、あらゆる敵を圧倒して倒してきたことで知られるゲーマーだ。その子だけあって彼自身も他の聖貴族たちが呆れるほど多数の魔道具を保有し、現に今も装備している。

 他のメンバーがまだ諦めていないのにその彼が真っ先に弱音を吐く…恵まれた子供にありがちなことだが、ペイトウィンは困難に対する耐性があまりなく、周囲に気を遣えるのは彼に余裕がある時だけだった。

 ティフがわずかに眉間に皺を寄せたまま苦笑いを浮かべてペイトウィンを慰める。


「アイツ等は《地の精霊》にぶつけるわけじゃない。そんなのはただの無駄さ。

 アイツ等は邪魔くさい兵隊ザコどもを引きはがすためのただの囮役さ。

 その役目は今までもちゃんと果たしてくれているさ。」


「でも、ほとんど同じ数の敵兵にこれだけの大損害を出してるんだぜ?

 それがもう半分になっちまった。次はもっと役に立たないぜ!?」


 ペイトウィンが愚痴るように返すと、ペトミーがティフと互いに困ったような顔をしながら一度目を見合わせ、追加で説明を始めた。


「それなんだが…どうやら俺たちは敵の戦力を随分と見誤っていたらしい。」


「どういうことだペトミー?」


 場の空気を替えたかったのだろう、ペトミーの発言にスモルが少し大袈裟に食いついてきた。


「ああ、俺たちは敵の数を五百ぐらいだと見込んでいた。

 あのケレース神殿を守っていたヒトの軍隊がざっと二百人、そして南から合流してきたホブゴブリンの軍隊がざっと三百人だ。」


「うん、それで二百二十人の盗賊を三方向からぶつけて、そのほとんど全軍を神殿から引っぺがした…そのはずだったな?

 神殿には何故かホブゴブリンが二百近く残ってたけど…」


「ところがだ、実際は五百どころじゃなかったのさ。

 俺たちが南へ行っている間に…多分、昨日か一昨日あたりに船で援軍が来てたのさ。今日見たら港には船が八隻も泊まっていたぜ。一隻は出港していくところだったけど、どれも大砲を並べた三本マストの速そうな船だった。

 一隻あたり兵隊百人を乗せていたとしたら、援軍は最大で八百人くらいかもな?」


「「「「「はっぴゃく!?」」」」」


 ペトミーの報告に事前に聞いていたティフ以外の全員が目を丸くし、息を飲んだ。その反応を見てさすがに吹かし過ぎたと思ったペトミーは半笑いを浮かべ慌てて打ち消し始める。


「いやっ、実際はそんなにいない…と思う。多分…

 ただ、宮殿の方には凄い人数の軍隊が入ってるみたいだった。

 そっちは、西側の盗賊が気を利かせて様子を見てくれてたんだが、そいつらによるとシグヌムって言うのか?なんか知らんけど、各部隊が一個掲げる旗みたいなもんがあるらしいんだが、それが七つ掲げられてたって言ってた。」


「じゃあ、七つの部隊ってことか!?」

「レーマ軍って百人隊センチュリアっていうくらいだから、多く見積もって七百?」


 メンバーがざわつき始めると、ティフが割って入って解説する。


「いや、レーマ軍ってのは名前は百人隊って名乗ってるが実際は六十から八十ってとこだ。その百人隊で一つのサインを掲げるらしいから、多分それだろう。

 七百も居ないさ。」


 すると今度はペイトウィンが再び口を尖らせて愚痴り始める。


「それにしたって七つの百人隊なら七かける八で…五十六だから、五百六十人は居るって事だろう!?

 それも宮殿に入っている部隊だけでだ!それが敵の援軍の全部とは限らないじゃないか!?」


 一度は落ち着きかけたメンバーだったが、ペイトウィンの指摘はもっともだとばかりに再びざわつきはじめる。ティフは舌打ちしたくなるのをギリギリ堪えてペイトウィンを宥めた。


「いや、レーマ軍は百人隊六つで一つの大隊を編成するんだ。それで大隊にも一つのサインを掲げる。だから七つ目のサインは多分それだ。だから百人隊六つで…えっと…四百八十人ってとこだ。」


「でもそれで援軍全部ってわけじゃないだろ!?

 他の場所に隠れてるかも・・・神殿とか、港にも船が居るなら、港にもいるかもしれん。」


 なおも愚痴り続けるペイトウィンに今度はペトミーが反論する。


「いや、あの神殿にはそんなに大人数は入れないよ。

 それに港も見たが、船の乗員らしいのしか居なかった。

 だから、多分援軍は五百ぐらいで、元のが五百だから、千人ってとこだ。」


「結局のところ二倍の敵が居たって事じゃないか!?

 そんなの負けるに決まってる!!」


「いや、さっきも言ったがアイツらが負けるのは最初から織り込み済みだ。

 敵を引きずり出すだけの囮だったんだから、むしろ二倍の敵を相手によくやったぐらいさ。戦力としてはあてにしたことは無いし、これからも期待しない。

 だが、囮としてはこれからも必要だ。偵察とかにも使えるし、道案内だって、今までも役に立ってる。

 それとも俺たちだけで敵の兵隊ザコの相手もする気か?

 あの《地の精霊》を攻略しなきゃいけないのに!?」


 それを言われるとさすがにペイトウィンも黙らざるを得なかった。口を尖らせたままではあったが、渋々ながら俯き、謝罪の言葉を口にする。


「わかった…その、済まなかった。

 ちょっと、冷静じゃなかったかもしれん。」


「いや、分かってくれればいいんだよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る