第496話 閑話休題:旅先でも続く不断の努力

統一歴九十九年五月六日、夕 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 昼間行われた、昨夜捕虜になったメークミー・サンドウィッチの尋問の後の会議を経て、ようやく入ることが出来た御風呂バルネウムからルクレティアが上がると、時間はもう夕食ケーナの時間になろうとしていた。


 リュウイチから授かった魔道具マジック・アイテムを使って浄化魔法をかければ、風呂に入らなくても清潔は保てる。だが、風呂でしなければならないのは身体の汚れを落とすことだけではない。

 身体を温めてリラックス?…それもあるだろう。公衆浴場テルマエに行けばマッサージコーナーがあり、金を払えば専門のマッサージ師が身体を揉み解してくれるサービスが当たり前のようにあるし、貴族ノビリタスともなれば自分でマッサージ専門の奴隷や使用人を持っていることも珍しくはない。だがまだ十代半ばのルクレティアの若い肉体にマッサージを必要とするわけではない。

 ルクレティアが風呂でやっている事…それはムダ毛の処理だった。


 忘れもしない五月一日、ルクレティアのリュウイチとの同衾どうきんが初めて認められたその日の夕食ケーナで、ルクレティアは聖女サクラとして先輩にあたるリュキスカに教えを乞うたのだ。リュウイチ様と同衾する上での心構えや準備についてお教えくださいと…実際は緊張のあまり言葉はそこまでスムーズではなかったが、顔から火が出る思いでそう問うたルクレティアにリュキスカは真剣に答えてくれた。そして、その中の教えの一つがムダ毛処理だったのだ。


「いいかいルクレティア様?

 女は首から下は、ムダ毛は一本たりとも残しちゃダメだよ。」


「い、一本…たりとも?!」


「そうさ、男は女のムダ毛を嫌うもんなんだよ。

 だからアタイら娼婦はだいたい公衆浴場で金払って全部抜いてもらうんだ。

 リュウイチ様だってアタイを初めて抱いた夜は、アタイのアソコに毛が無いのを随分喜んでおられたよ?」


 公衆浴場にはだいたい毛抜きを持ったムダ毛処理専門の公共奴隷がおり、金を払うとムダ毛を抜いてくれるサービスがある。料金はそれほど高くはないし、利用者は割と多く、女だろうが男だろうが大股開きで座るなり寝転がるなりして奴隷にムダ毛を抜かせている姿は珍しいものではなかった。


「そ、その・・・恥ずかしくは・・・」


「そんなこと言ってらんないさぁ!

 だいたい、一人でやったって目に見えないところは確認のしようがないからね?」


「ま、まあ、そうですが…」


「・・・ムダ毛処理、ちゃんとやってる?」


「えっ!?あ、はい…その…軽石でこするくらいは…」


「それじゃあ駄目さぁ!」


「ダメ!?…です、か?」


「軽石だとある程度成長した毛は処理できるけどさぁ、剃刀かみそりで剃るのと同じで根元の所は少し残っちゃうだろ?」


「そ、そうかも、ですけど…でも、触っても大丈夫だし…」


「甘いよルクレティア様。

 そりゃ軽石でこすれば毛先が削られて先端が柔らかくなるから剃刀で剃った後みたいなチクチクは無いけど、やっぱり毛自体が無くなるわけじゃないからね。産毛みたいのは残っちまうんだよ。

 それに触った感じは普通でも、見たら毛穴に残った毛がブツブツみたいに見えるんだからね?金髪とか銀髪なら目立たないかもだけど…」


 ルクレティアの毛髪は濃い目の栗色だった。髪の毛はオシャレで脱色していて明るめのブラウンだったが、眉毛を見れば実際の毛の色が濃いのは明白である。


「そ、その…暗い臥所ふしどでも、そんなに目立つものなのですか?」


 ゴクリと唾を飲んで問いかけるルクレティアにリュキスカは溜息をかみ殺しながら答えた。


「リュウイチ様は降臨者様だよ?

 それも暗黒騎士ダーク・ナイト》様だ。

 暗闇だって見通しちまうさ。

 それにね……」


「そ、それに…何ですか?」


「ん~~~…」


 リュキスカは言うべきか言うまいか呻りながら迷い、そしてヴァナディーズをチラッと見た。同席していた彼女も興味津々といった様子で目を輝かせ、小鼻を膨らませて聞き入っていたのである。


「チョイと先生、こっから先は遠慮してもらえるかい?」


「え!?何?」

「え~、聞きたいです!!」


「ダメだよ!こっから先は、リュウイチ様の聖女サクラエ以外は知っちゃいけない事なんだ。」


 そういって渋るヴァナディーズを遠ざけたリュキスカが打ち明けた話はルクレティアにとって実に衝撃的な物だった。


「ええ!!リュウイチ様がお口で!?」


「シィーッ!!声が大きいよ!?」


 リュウイチ様は「クンニリングスする男フェッラートル」…確かにレーマの常識では到底考えられない事実であった。男尊女卑社会のレーマで男が女に口で奉仕するなど、決してあってはならない屈辱的かつ変態的な行為である。だが、リュキスカによるとリュウイチはそれをするという。しかも一度だけの何かの間違いというわけではなく、リュキスカが夜伽よとぎする時は必ず一度はするというのだ。

 最初は信じられなかった。だがリュキスカは真剣そのものでとてもウソをついているようには見えない。


「分かったね?これはリュウイチ様の聖女だけの秘密だよ?」


 リュキスカにそう言われ、ルクレティアは頷いた。リュキスカがヴァナディーズを遠ざけるのも無理はない。そして、リュキスカがルクレティアにそれを教えたということは、リュキスカが本当に真剣にルクレティアが聖女になることを援けてくれているということでもあった。


 それ以来、ルクレティアはムダ毛の処理に余念がない。

 確かに今でも信じられないことではある。リュウイチが口で自分のソコを…などと想像することすら罪深いような気がする。だが、ルクレティアは聖女である。リュウイチの第二聖女サクラ・セクンダなのだ。身も心も降臨者様に捧げるのが聖女である以上、リュウイチの口を身体のどこで受けても良いように覚悟を決め、準備を万端に整えねばならないのだ。


 だからこうして旅先であっても、たとえリュウイチから離れていてもムダ毛処理は怠らなかった。本当は一人で全部やりたかったが、ガラスが普及してないこの世界ヴァーチャリアではムダ毛処理に使えるような鏡は存在していない。うすぼんやりとボヤけて見える金属鏡だけだ。顔なら近いからまだ見えるが、少し離れると毛なんか見えなくなってしまう。自分の股座の毛なんか鏡じゃ見えやしない。だからどうしたって人に手伝ってもらうしかなかった。

 恥ずかしかったがクロエリアに理由を打ち明け(もちろんリュウイチがフェッラートルだという部分は伏せて)、自分で見えない部分のムダ毛を毛抜きで一本一本引き抜いてもらっているのだった。

 そして、そうした作業は風呂場以外では出来ない。魔法でも処理できない。だから浄化魔法が使えるようになった今でも、ルクレティアは毎日の入浴を欠かさないのだった。

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