第495話 状況確認

統一歴九十九年五月六日、午後 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「ありがとうございましたルクレティア様。」


 ジョージ・メークミー・サンドウィッチの尋問を終え、別室へ戻ってきたカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子とアルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム・レギオニス・アルトリウシアセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスは相次いでルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアに礼を述べた。


「いえ、そんな…私の方こそ、サンドウィッチ様とお話しする機会を与えてくださり、ありがとうございました。」


 互いに礼を言い合い、三人はそれぞれの椅子に腰かけた。そこは少し広い食堂トリクリニウムであり、広さが手ごろなので会議室代わりに使われていた。三人がメークミーへの尋問を終えて戻ってきたことを知らされ、セルウィウス・カウデクスをはじめとするアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア側の百人隊長ケントゥリオやピクトル・ペドーをはじめとするサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの指揮官らが遅れて入室する。

 彼らは当初、昨夜のような戦闘など全く想定していなかった。想定外の出来事に対応するため、現場指揮官らを集めて現状の確認と今後の方針を決めねばならない。


「各位、集まってくれて礼を言う。

 では、まずは状況を確認する。」


 カエソーとセプティミウスが互いに司会進行役を譲りあった後に、司会進行役を引き受けたカエソーがそう切り出した。この場での司会進行役はすなわち、会議の主導権を誰が握るかである。

 本件はゲイマーガメルの降臨を目論んでムセイオンを脱出してきた『勇者団ブレーブス』を名乗る聖貴族コンセクラトゥムが引き起こした事件への対応ということになる。まだ確定したわけではないが、この『勇者団』が今回のメルクリウス騒動の元凶である可能性が高く、その対応の最高責任者はカエソーの父親でありサウマンディア属州領主ドミヌス・プロウィンキアエ・サウマンディアであるプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵ということになる。カエソーは父の名代でもあるので、本来全体の指揮権はカエソーに帰するはずである。

 だが、ここはアルビオンニア属州の州都アルビオンニウムだ。サウマンディウス伯爵家にとっては他人の領地であり、領主貴族パトリキとしてはその地の本来の領主を尊重しなければならない。他人の領地でその領主をないがしろにして好き勝手することはできないのである。それでカエソーはあえてセプティミウスに主導権を譲ろうとしたのであった。

 セプティミウスは辺境軍リミタネイ軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムであり軍人としての地位はカエソーとほぼ同格である。カエソーの役職は筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスなので同じ軍団幕僚でもカエソーの方が序列は上だが、セプティミウスの方が先任だからどちらが指揮を執ったとしても問題はない。

 しかし彼はアルビオンニア属州領主ドミナ・プロウィンキアエ・アルビオンニアであるエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人の家臣ではない。同じアルビオンニア属州に属するとは言ってもアルトリウシア子爵家の家臣であり、いわば陪臣ばいしんに近い存在だ。

 その彼にあえて司会進行役を振ることで、サウマンディウス伯爵家はアルビオンニア侯爵家をないがしろにするわけではありませんよという姿勢を示した形になる。つまり単なるパフォーマンスであって本気でセプティミウスに主導権を譲るつもりがあったわけではなかった。セプティミウスもそれを承知しているので、カエソーに司会進行役を譲ったのである。

 面倒くさいが、こういう一つ一つの儀式を経ることで物事が円滑に動くのだから必要なことなのだった。


 集まった各百人隊長の報告をまとめると、現状での人的損害は神殿テンプルムの西へ向かった二個百人隊ケントゥリア以外はほぼ無視できるものだった。

 難民が収容されている宮殿跡に向けて進行中に盗賊団の中央軍と遭遇し、そのまま戦闘に突入したのは第八大隊コホルス・オクタウァだったが、彼らの先頭に立って突撃した軽装歩兵隊ウェリテスはあまりにも速く前進してしまったために、本隊と連絡が取れなくなるほど戦場となった廃墟の中へ散ってしまった。このため一時は消息不明となっていたのだが、驚くべきことに人的被害はほとんど生じていなかった。負傷者が数名程度であり、作戦能力に影響はない。

 神殿南東から攻めて来た盗賊団右翼軍の迎撃に当たったアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの軽装歩兵とハン支援軍アウクシリア・ハンの混成部隊も同様で損害は生じていない。南の盗賊団も南東の盗賊団も、こちら側の攻撃を受けるや否や算を乱して逃げ惑う有様だったのだ。どちらも抵抗らしい抵抗をせずに逃げに徹しており、追いかけるレーマ軍の方が追い付くのに苦労したほどだった。

 しかし、これまで同様に逃げに徹していたはずの盗賊団も、昨夜は大損害を出している。神殿南の廃墟から東へ逃げた盗賊団中央軍と神殿南東斜面から南東へ逃げた右翼軍が、暗闇と煙のせいで視界が利かない廃墟の中で鉢合わせし、相手をレーマ軍と間違えて一部が同士討ちを始めてしまった。そこへ追い打ちをかけるように西から追って来たサウマディア軍団と北から追って来たアルトリウシア軍団の双方に半包囲され、十字砲火を浴びる結果となったのである。

 そこに集結していたと推定される百五十~百六十人ほどの盗賊団は、サウマンディア軍団とアルトリウシア軍団の三個百人隊からの攻撃を受け、七十名近い死傷者を出して壊滅したのだった。


 対照的な動きを示したのが西側から攻めてきた盗賊団左翼軍だった。

 左翼軍の迎撃に向かったのはサウマンディア軍団の二個百人隊だったが、盗賊団は広範囲に火を放っており、まずは消火活動に当たらねばならなかった。二個百人隊の内一個に消火を任せ、もう一個が《地の精霊アース・エレメンタル》によって存在を知らされていた盗賊団への対応に当たることにしたのだが、その盗賊団に当たった百人隊が大損害を出してしまったのである。

 盗賊団はまるですべてを見越して罠を張っていたようだった。盗賊団は小集団ごとに分かれて廃墟に潜んでおり、火器も効果的に分散配置していた。

 一隊が消火活動を開始すると何処からともなく笛の音が響き、それに合わせて一つの盗賊団が銃撃や爆弾の投擲とうてきを行う。こちらが攻撃してきた敵に反撃すべく突撃すると、今度はそれを別の方向から別の盗賊団が攻撃し、その間に攻撃を済ませた最初の盗賊団は雲を霞と逃げ去ってしまう。それが何度も何度も繰り返されたのである。


 最終的に総勢八十五名からなる百人隊が三十人を超える重軽傷者を出し、確認できた戦果は捕虜・死者合わせてたったの八名という惨憺さんたんたる結果となってしまったのだった。その重軽傷者は戦闘終了後に速やかに後送され、ルクレティアによる治癒魔法で回復したのだが、その内六名はルクレティアに診せる前に絶命してしまっている。


 深刻なのは人的被害ではなく、消費した弾薬だった。サウマンディア軍団は、ケレース神殿調査のために派遣された神官らの警護と、ティトゥス街道再開通工事のために派遣されていたのである。本格的な戦闘任務など全く想定していなかったので武器弾薬は二会戦分程度しか持って来ていなかったのだ。

 それが昨夜の戦闘で三分の一以上消費されてしまったのである。実際に戦闘に参加したのは全軍の半分にも満たなかったうえに、戦闘自体も決して本格的なものではなかったにもかかわらず…だ。


 これは戦闘が夜間であったこと、そして実際に戦った兵士の大部分が軽装歩兵たちであったことが原因と考えられた。

 軽装歩兵は戦列を組んで指揮官の号令の下に一斉射撃をする重装歩兵ホプロマクスと違い、少数ごとに分散して戦う散兵戦術さんぺいせんじゅつを採っている。ただでさえ視界の利かない夜間に、火災の煙と硝煙が充満した廃墟群の中で少人数ごとに分散して戦ったのである。どこに敵が潜んでいるか分からない…その恐怖から、彼らは必要以上に弾薬を消費してしまったのだった。実際、戦闘が終わってみたら弾薬盒だんやくごうの中に一発も残っていなかった、あるいは数発分しか弾薬が残っていなかったという兵士が多数いたのだ。


 おそらく、敵盗賊団は戦力を半減しているはずである。捕虜と死者で百人近い戦果を確認しているのだ。仮に三百人いたとして戦力の三割以上を消耗していることになるのだから、これが机上演習きじょうえんしゅうなら全滅判定を下されているだろう。敵は作戦能力を喪失した…そう考えていいはずだ。

 だが、今回は机上演習ではないし、普通の戦争ですらない。何せ敵の背後には『勇者団』が控えているのである。メークミーの尋問から『勇者団』の中に強力な治癒魔法の使い手の存在が既に確認されており、捕虜からは「スタミナポーションの配布を受けた」という証言も得られていた。つまり、普通なら全滅判定を降されるような損害を受けた相手が、復活してくる可能性が懸念されるのである。

 実際、こちら側も第八大隊以外の負傷者はルクレティアの治癒魔法によって全員完治してしまっている。第八大隊の負傷者は全員軽傷なので作戦能力に影響はない。


 それを考えると現状での弾薬残量は非常に心もとなかった。もしも、ヴァナディーズ暗殺とメークミー奪還を狙って再び夜襲を仕掛けてこられたら、それによって本格的な戦闘が生じれば、弾薬が欠乏する部隊が出てくる懸念がある。

 少なくとも現在、彼らは積極的な作戦を展開できる余力は無かった。


「ルクレティア様は予定を変更してもう一泊なされる。

 一応、サウマンディアから弾薬の補給を得られるはずだが、到着は明日以降になるだろう。今夜は警戒を厳に、防備を固めるしかない…」


 現状を確認した彼らは重苦しい表情で、そう認識を共有したのだった。

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