第495話 状況確認
統一歴九十九年五月六日、午後 -
「ありがとうございましたルクレティア様。」
ジョージ・メークミー・サンドウィッチの尋問を終え、別室へ戻ってきたカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子と
「いえ、そんな…私の方こそ、サンドウィッチ様とお話しする機会を与えてくださり、ありがとうございました。」
互いに礼を言い合い、三人はそれぞれの椅子に腰かけた。そこは少し広い
彼らは当初、昨夜のような戦闘など全く想定していなかった。想定外の出来事に対応するため、現場指揮官らを集めて現状の確認と今後の方針を決めねばならない。
「各位、集まってくれて礼を言う。
では、まずは状況を確認する。」
カエソーとセプティミウスが互いに司会進行役を譲りあった後に、司会進行役を引き受けたカエソーがそう切り出した。この場での司会進行役はすなわち、会議の主導権を誰が握るかである。
本件は
だが、ここはアルビオンニア属州の州都アルビオンニウムだ。サウマンディウス伯爵家にとっては他人の領地であり、
セプティミウスは
しかし彼はアルビオンニア
その彼にあえて司会進行役を振ることで、サウマンディウス伯爵家はアルビオンニア侯爵家をないがしろにするわけではありませんよという姿勢を示した形になる。つまり単なるパフォーマンスであって本気でセプティミウスに主導権を譲るつもりがあったわけではなかった。セプティミウスもそれを承知しているので、カエソーに司会進行役を譲ったのである。
面倒くさいが、こういう一つ一つの儀式を経ることで物事が円滑に動くのだから必要なことなのだった。
集まった各百人隊長の報告をまとめると、現状での人的損害は
難民が収容されている宮殿跡に向けて進行中に盗賊団の中央軍と遭遇し、そのまま戦闘に突入したのは
神殿南東から攻めて来た盗賊団右翼軍の迎撃に当たった
しかし、これまで同様に逃げに徹していたはずの盗賊団も、昨夜は大損害を出している。神殿南の廃墟から東へ逃げた盗賊団中央軍と神殿南東斜面から南東へ逃げた右翼軍が、暗闇と煙のせいで視界が利かない廃墟の中で鉢合わせし、相手をレーマ軍と間違えて一部が同士討ちを始めてしまった。そこへ追い打ちをかけるように西から追って来たサウマディア軍団と北から追って来たアルトリウシア軍団の双方に半包囲され、十字砲火を浴びる結果となったのである。
そこに集結していたと推定される百五十~百六十人ほどの盗賊団は、サウマンディア軍団とアルトリウシア軍団の三個百人隊からの攻撃を受け、七十名近い死傷者を出して壊滅したのだった。
対照的な動きを示したのが西側から攻めてきた盗賊団左翼軍だった。
左翼軍の迎撃に向かったのはサウマンディア軍団の二個百人隊だったが、盗賊団は広範囲に火を放っており、まずは消火活動に当たらねばならなかった。二個百人隊の内一個に消火を任せ、もう一個が《
盗賊団はまるですべてを見越して罠を張っていたようだった。盗賊団は小集団ごとに分かれて廃墟に潜んでおり、火器も効果的に分散配置していた。
一隊が消火活動を開始すると何処からともなく笛の音が響き、それに合わせて一つの盗賊団が銃撃や爆弾の
最終的に総勢八十五名からなる百人隊が三十人を超える重軽傷者を出し、確認できた戦果は捕虜・死者合わせてたったの八名という
深刻なのは人的被害ではなく、消費した弾薬だった。サウマンディア軍団は、ケレース神殿調査のために派遣された神官らの警護と、ティトゥス街道再開通工事のために派遣されていたのである。本格的な戦闘任務など全く想定していなかったので武器弾薬は二会戦分程度しか持って来ていなかったのだ。
それが昨夜の戦闘で三分の一以上消費されてしまったのである。実際に戦闘に参加したのは全軍の半分にも満たなかったうえに、戦闘自体も決して本格的なものではなかったにもかかわらず…だ。
これは戦闘が夜間であったこと、そして実際に戦った兵士の大部分が軽装歩兵たちであったことが原因と考えられた。
軽装歩兵は戦列を組んで指揮官の号令の下に一斉射撃をする
おそらく、敵盗賊団は戦力を半減しているはずである。捕虜と死者で百人近い戦果を確認しているのだ。仮に三百人いたとして戦力の三割以上を消耗していることになるのだから、これが
だが、今回は机上演習ではないし、普通の戦争ですらない。何せ敵の背後には『勇者団』が控えているのである。メークミーの尋問から『勇者団』の中に強力な治癒魔法の使い手の存在が既に確認されており、捕虜からは「スタミナポーションの配布を受けた」という証言も得られていた。つまり、普通なら全滅判定を降されるような損害を受けた相手が、復活してくる可能性が懸念されるのである。
実際、こちら側も第八大隊以外の負傷者はルクレティアの治癒魔法によって全員完治してしまっている。第八大隊の負傷者は全員軽傷なので作戦能力に影響はない。
それを考えると現状での弾薬残量は非常に心もとなかった。もしも、ヴァナディーズ暗殺とメークミー奪還を狙って再び夜襲を仕掛けてこられたら、それによって本格的な戦闘が生じれば、弾薬が欠乏する部隊が出てくる懸念がある。
少なくとも現在、彼らは積極的な作戦を展開できる余力は無かった。
「ルクレティア様は予定を変更してもう一泊なされる。
一応、サウマンディアから弾薬の補給を得られるはずだが、到着は明日以降になるだろう。今夜は警戒を厳に、防備を固めるしかない…」
現状を確認した彼らは重苦しい表情で、そう認識を共有したのだった。
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