第494話 メークミーの説得

統一歴九十九年五月六日、午後 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 ジョージ・メークミー・サンドウィッチは大戦争当時に啓展宗教諸国連合側で活躍したゲーマー、メークミー・サンドウィッチの五人の子供たちの末子、ジョン・メークミー・サンドウィッチのそのまた末子として生まれた。現在、この世界ヴァーチャリアに存在するゲーマーの子供たちの多くがそうであるように、ジョン・メークミー・サンドウィッチもまた戦後、父親の死後に生まれている。当然、ジョージ・メークミー・サンドウィッチは祖父の顔など知らない。人から聞かされる話や読み物の中で知っているだけだ。

 だがそれでも、聖貴族の子弟として育てられる以上は、太祖たるゲーマーのことは常に意識させられる。「アナタはかの高名な〇〇様の血を引く聖貴族なのですから、その名を汚さぬよう立派にならねばなりません」という類の話をしょっちゅう聞かされるのだ。そして、そのゲーマーに関する話を定番の寝物語として毎夜聞かされるのである。

 ゆえに、メークミーもまた太祖メークミー・サンドウィッチ一世について常に意識してきた。意識させられてきた。だからメークミーは見たこともない祖父をあがめ、そして尊崇そんすうの念を抱き、自分もかくあるべしと常に考えている。


 自分を治療してくれた女神官、ルクレティア・スパルタカシアが話したいことがあると言われれば、誇り高き聖騎士メークミー・サンドウィッチ一世の孫たる彼に断ることなど出来ようはずもない。恩人に恩を返す機会をみずみず逃すことなど、真に高貴な騎士のすべきことではないとメークミーは信じていた。


「サンドウィッチ様、お言葉に甘えてお願いがございます。」


「遠慮なく申されよ。

 私にできることであれば、いかな難事であれ全力で叶えましょう。」


 胸に手を当て、ためらいがちに話しかけるルクレティアを励ますようにメークミーは力強く応えた。


「では申させていただきます。

 ヴァナディーズ先生を狙うのを、そして降臨を起こすことを諦めていただきたいのです。」


「ん、んん~~~っ」


 メークミーはルクレティアを真正面から見ながら息を飲み、そして小さく低く呻った。室内に居る全員の視線がメークミーに集まっている。


「だめ、でしょうか?」


 予想していたとはいえメークミーの様子にかんばしくない返事を予見したルクレティアは不安そうに尋ねた。そのすがるような視線に突き動かされ、メークミーは重々しく口を開く。


「姫よ。スパルタカシウス家の姫よ。

 其方そなたは我が恩人、その其方が頼むと言うのであればそれを叶えることはやぶさかではございません。私一人が諦めればよいというのであれば、喜んで叶えましょう。

 ですが、我がともがらもそろってとなれば、いささか難しいと言わざるを得ません。」


「ど、どうして駄目なのでしょうか!?」


「私一人に関して言えば姫よ、既に願いは聞き入れられたと御理解ください。

 私は元々、祖父を再臨させることに対してそこまでの執着はない。ですから、諦めろと言われれば諦めましょう。

 ですが、私一人が諦めたところで『勇者団ブレーブス』は止まりません。

 降臨を起こそうと思っているのは主にブルーボール様やハーフエルフの皆様方です。我らのうち、ヒトの聖貴族たちは彼らに協力しているに過ぎないのです。

 そしてヴァナディーズという御婦人についても、何としても殺さねばならぬと考えておられるのはハーフエルフの皆様方です。」


 目の前の少女の願いを叶えることのできない悔しさを滲ませた顔でメークミーは小さく顔を左右に振りながら説明した。


「では、無理なのですか!?

 サンドウィッチ様が御仲間を説得なさっても?」


「私一人が説得したところで言うことを聞いてくださるとは思えません。

 ハーフエルフの皆様と私たちでは降臨にかける情熱が違います。

 私には両親がいます。母は一昨年死にましたが、それでもここまで大きくなるまでの間、母は私をずっと愛し育んでくださいました。たまにしか会えない父も、やさしく接してくださいました。マ…大聖母グランディス・マグナ・マテルフローリア・ロリコンベイト・ミルフ様も、ずっと第二の母として接してくださいました。

 だから私はこれまでの自分に満足しています。


 ですが、ハーフエルフの皆様は違います。

 ゲーマーの子の多くがそうであるように、彼らは父親の顔を知りません。温もりも、父の愛情も知りません。そして彼らは寿命が長く、成長が遅いため、早くに母とも生き別れてしまっています。

 彼らは百年ちかく生きていますが、その百年ずっと幼子おさなごのままだったのです。なのに、彼らは御両親の愛を十分に受けることが出来ませんでした。彼らの母上のほとんどは七十~八十年前に死んでしまったのです。

 大聖母様は彼らにも惜しみなく愛情を注ぎました。ですが、一人で何百人もの子を満足させることはできません。そして、彼らは両親の代わりに十分な愛情を注いでくれる人物に恵まれなかったのです。

 だから彼らはずっと、愛に飢え続けて来ました。父親を求め続けて来ました。彼らが半世紀以上に渡って募らせ続けてきた渇望を、私の一言で簡単に解消することなどできようはずがありません。彼らは私が生まれるずっと前から、求め続けていたのです。」


 メークミーは沈痛な面持ちでそう説明した。


「で、ではせめてヴァナディーズ先生だけでも…」


「それは言ってみなければわかりませんが…しかし、先ほども申しましたように、ハーフエルフの皆様は何十年も募らせ続けてきた父への想いを、今度の降臨実現にかけています。それを邪魔したヴァナディーズを許すとは思えません。」


 ルクレティアに良い返事を出来ない後ろめたさからか、メークミーは答えながら目を伏せ、顔を背けた。その様子に絶望に近いものを感じながらも、ルクレティアは身を乗り出して懇願する。


「そ、それは誤解なのです!」


「誤解?」


 ルクレティアの思わぬ言葉にメークミーは顔を上げ、再びルクレティアを見た。


「そうです!

 ファ、ファド様との会話から推察しますに、皆様はココで降臨を起こそうと思われた。でも、ココをサウマンディアの兵が守っているので、ヴァナディーズ先生が皆様の事を密告したと考えた。それでヴァナディーズ先生を殺そうと思われた…違いますか?」


「いや…ま、まあそうだと聞いている。」


「それは違うのです!

 く、詳しくは申せませんが、ここをサウマンディアの兵が守っていたのは全く別の理由があったのです。皆様のことを先生が密告したからではありません。

 先生は三日前、シュバルツゼーブルグでファド様とお会いするまで、皆様がアルビオンニアに来ていたことを御存知なかったのです。」


 メークミーは無言のまま眉をひそめ、ルクレティアの顔を覗き込んだ。そしてしばしルクエティアの目を観察した後で表情を緩め、確かめる。


「待て、それはまことか!?」


「はいっ!ウソはつきません。」


「う~~むむむ…」


 顎髭を撫でるように顎に手を当て、メークミーは考え込むように呻った。


「いかがですか!?」


「いや、それがまことならば説得も出来るやもしれんが…」


「では?!」


 ルクレティアは期待を込め、お尻を椅子から浮かさんばかりに身を乗り出した。


「いや、だが…う~ん…ヴァナディーズが知らなかった???

 うーむむむ・・・」


 メークミーは相変わらず顎に手を当てて首をひねり呻り続ける。


「ま、まだ何か?」


「いや、何か引っかかるのだが…うーむ、わからん。

 いやっ!そうであれば、そうなのかもしれんな…」


 メークミーは考えるのをやめた。


「では!?」


「うむ、機会を与えられるなら説得はしてみよう。」

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