第876話 宴の終わり
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
ルクレティアはその後、リウィウスの助言に従って大ホールへ戻った。
本当に
『勇者団』には配下の盗賊団がいるのでは?盗賊団なら《地の精霊》には探知できないのでは?……それらは事実ではあるが盗賊団は所詮は只の人間である。できることは限られているし、
そう考えるとあえてここで晩餐会を中座して罠かもしれない危険性を無視して手紙の確認を急ぐ必要はないというのがリウィウスの判断だった。そしてその判断にはルクレティアも同意せざるをえなかった。
ルクレティアが大ホールに戻ったのは本来なら
その後メニューは
野菜のタルトはタルト生地で作った皿の中に薄くスライスした季節野菜を並べ、生クリームに摩り下ろした
「
カボチャのタルトは熱したカボチャの実を磨り潰して裏ごしし、卵と塩と砂糖を加えてよく混ぜ合わせ、そこへ牛乳と生クリームを少しずつ加えながらダマが出来ないようによくかき混ぜて生地を作る。そしてできた生地をバターを塗った型に流しいれ、湯を張ったバットに型を入れて湯煎状態にしてオーブンで焼いた物である。
カボチャの甘み・旨味を最大限に引き出すコツは最初にカボチャを熱する際、傷のないカボチャを丸ごと皮付きのままオーブンで一時間ほどかけてじっくり焼くことだ。それからオーブンから取り出した熱々のカボチャに包丁を入れ、湯気を立てる実をスプーンで削ぎだすのである。そしてダマが出来ないようにするコツは牛乳と生クリームの温度管理にある。事前に牛乳と生クリームを混ぜたものを鍋に入れ、決して沸騰させないように、だが人肌よりはずっと温かい温度に温めておくことだ。
こうして作られた黄色いケーキはロウソクの灯りの元では金色に輝いてすら見え、そのカボチャの豊潤な香と甘味は食べた者の舌を
赤い果実のコンポートはよく洗ってヘタを取り除いたベリー類を赤ワインと水と砂糖で良く煮込み、柔らかくなったら一旦火を止める。その煮汁を冷ましたもので小麦粉を溶き、それをベリー類に振りかけてかき混ぜながら再び弱火で煮込んでとろみをつけたものだ。
料理名の「
蛇足だがレーマ帝国内で本格的にクランベリーを生産しているのはアルビオンニア属州だけである。サウマンディア属州以北では比較的温暖な気候の地域が多いことも相まって本格的な商業栽培には成功しておらず、クランベリーはアルビオンニア属州にとって重要な特産品の一つではあったが、強い酸味と後に残るエグミが特徴のクランベリーはレーマ人にはあまり人気が無く、残念ながら輸出には成功していなかった。
黒香茶は茶葉を深煎りして淹れた香茶であり、深煎りしたことで苦みが増すが渋味が無くなるので口当たりは良くなり、寝る前に飲むと寝つきが良くなると言われている。
黒香茶に添えて出された木苺のトルテはタルト生地に木苺のジャムをたっぷりと分厚く塗り、その上からタルト生地を網目状に被せて焼きあげた物だ。パイのような見た目だが食感はクッキーに近く、味わいは素朴である。「
最後の香茶と菓子が出された後、晩餐会は意外なくらいあっさりと閉幕し、列席者たちは三々五々会場を後にしていく。元々主賓であるカエソーがブルグトアドルフで繰り広げられた盗賊団との激しい戦闘によって負傷したらしいこと、それゆえに深酒は出来ないことなどが
が、彼ら二人が最終的に満足できたのは胃袋だけだったと言っていいだろう。晩餐会が終わった時、彼らの心の中には何か不安のようなものが渦巻いていたからだ。
ルクレティアが会場へ戻ってきた時、メークミーとナイスはホッとした。少なくともメークミーが予見したような《
なんだろう、何かあったのか?
疑問に思いつつも料理を楽しんでいたナイスとメークミーに、背後から先ほどの百人隊長が不意に近づいて耳打ちをしていく。
「失礼いたします。
伯爵公子閣下、軍団長閣下がお二人に後でお話を伺いたいと申しております。
まことに申し訳ありませんが、本日は御就寝をお待ちいただき、両閣下にお話をお聞かせ下されば幸いに存じ上げます。」
百人隊長の英語は完璧でその内容は聞き間違えようが無かった。百人隊長の態度は
「あ、ああ分かった。」
「承知した。」
二人の返事を聞いた百人隊長はニッコリ笑い「ありがたくあります」と答えて引き下がっていった。それ以来、彼らの心中にはずっとグルグルと不安が渦巻き続けていた。
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