第1267話 眼前の異変

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ前/西山地ヴェストリヒバーグ



 む、何だ?


 グルグリウスは目を細めた。目の前のグルグリウス街道を東へ行った最初のカーブから姿を現した騎馬と馬車の一行。あれは《地の精霊アース・エレメンタル》が察知しグルグリウスが待ち受けることになった『勇者団』ブレーブスの一行だ。先頭の二騎の騎手からはヒトを大きく上回るハーフエルフの魔力が感じられるから間違いないだろう。それがカーブから姿を見せた途端に脚を止め、ジッとこちらを見ている。


「お、アレがそうなのかよ?」

「止まったみたいだ……」


 ヨウィアヌスとカルスも気づいたのか相次いで声をあげた。この強風の中で彼らの松明たいまつは吹き消される寸前であり、灯りとしては全くアテにならないことから、二人には既にグルグリウスが闇夜を見通せる暗視魔法をかけてある。他にも冷気耐性強化魔法や聴覚強化魔法などもかけてあった。

 本来は今、『勇者団』の一行が立ち止まっているカーブの先まで行って彼らを待ち受けるはずだったのが、ヨウィアヌスが駄々をねだしたせいでこんな砦のすぐ真ん前で待ち受けることになってしまったわけだが、その後もヨウィアヌスはやっぱり寒いから砦の中で待とうとか寒くて堪えられないとか泣き言を言い出したので、仕方なくグルグリウスが魔法をかけてやらざるを得なかったのだ。

 それに対して二人は感謝を述べたが、ヨウィアヌスはその感謝の言葉に更にどうせならもっと早くかけてくれればよかったのにとか余計な一言を添えてくれている。魔法をかけるとその分余計な魔力をまとうことになり、魔力感知能力に長けた者や魔物たちに気配を察知されやすくなるのでグルグリウスはあえて控えていたのだが、そういう事情はヨウィアヌスたちには分からないのだから仕方がなかったのかもしれない。

 ともあれ、松明の火も吹き消されてしまいそうなほどの寒風にもかかわらず、二人のホブゴブリンたちは闇夜の彼方に騎馬と馬車の一団を観察することが出来ていたのだった。


 そして彼らが見ている前で先頭にいた騎馬二騎のうち片方が馬首を巡らせて後ろへ下がると、馬車の御者と何やら話し始める。


「クソ、何か話してやがんな……」


 ヨウィアヌスが毒づく。魔法で聴覚を強化している筈だが、さすがにこの距離で暴風の中では、遠くの話声を聞き取ることなど出来はしない。


「だからアソコまで行くべきだったんだよ」


「うるせぇぞカルス!

 あっちに行ってたら行ってたで、今度はもっと手前で止まられて同じようにコソコソ相談してたに決まってら!」


 今更のように愚痴るカルスをヨウィアヌスが𠮟りつけた。ヨウィアヌスが言うようにカルスの言い分は結果論でしかないが、しかし我儘から計画を変更して今の状況を作り出してしまったヨウィアヌスにそれを言う資格があるとはカルスには思えない。カルスはチッと小さく舌打ちする。

 本来ならそれは小さすぎて聞こえるはずのない舌打ちだったが、魔法で聴覚を強化されていたヨウィアヌスの耳には届いてしまっていた。カルスの生意気な態度にヨウィアヌスが怒ろうとした時、グルグリウスの声が二人の耳に届く。


「今はそんなことを言いあってる場合じゃありません。

 今のうちから彼らの特徴を憶えて置くことです」


 何を話し合っているかは聞こえないが、だからといって今のタイミングで出て行くことも良くない。《地の精霊》とペイトウィンの情報では『勇者団』に戦う意思は既になく、ここへは話し合いをするために来ている筈だからだ。一連の事件を穏便に解決したいのはレーマ側も同じ。ここで下手に刺激し、せっかく成立するはずだった話し合いの機会をフイにするわけにはいかない。今は大人しく、向こうの出方を見守るしかないが、しかし何もできないわけではなかった。彼らはまだ『勇者団』リーダー、ティフ・ブルーボール二世の姿を目にしたことは無かったのだ。今、彼らの視線の先にいるハーフエルフたちのどちらかがティフである可能性が高い。そして彼らはもしかしたらこのまま姿をくらませてしまう可能性も無いわけではないのだ。ならば今の彼らの姿を観察し、その特徴を、人相を覚えられる限り覚えるべきなのだ。


「そうは言ってもよぅ、ここからじゃ遠すぎて良く見えねぇぜ」


 暗さは暗視魔法でどうにかなっても、遠さはどうにもならない。目を細めてもこの距離では人相まではわからなかった。


「こっちから行くか?」


 予定通りの場所で待ち受けるべきだった……その考えがまだ頭から離れないカルスがれたように言うと、今度はヨウィアヌスより先にグルグリウスが宥める。


「いえ、今余計な刺激はしたくありません。

 彼らはこれから話し合いに来るはずなのに、下手に刺激して逃げられては元も子もなくなります」


 これにはカルスも黙るしかなかった。そのうち、前方の様子に変化が起き始る。


「お、動き出したぜ?」


 前衛だった二騎が脇へ避け、馬車が前進しはじめたのだ。馬に乗ったハーフエルフたちはその場にとどまったままだ。


「あ、逃げるんじゃぁ!?」


 グルグリウスが先ほど刺激したようにハーフエルフが逃げようとしているのではないかと危惧したカルスが慌てる。


「いえ、まだ……お、やはり来るようですよ?」


 ハーフエルフたちは馬車が追い越すとその後ろについて前進を再開し始めた。一瞬、『勇者団』が逃げたと焦ったカルスとヨウィアヌスはホッと胸を撫でおろす。


 だが、それは彼らにとっては安堵の一瞬ではなく、更なる緊張の瞬間の訪れを告げるものでもあった。『勇者団』が逃げなかったということは、『勇者団』がいよいよ彼らのところへ来るということでもあったからだ。

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