第1268話 予想以上
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
「
「
何かあったんですか?」
「「シーッ!!」」
馬車が急に止まり、何かあったかと
全員が黙ったところでデファーグと目配せしたティフがチラリと馬車越しに前方を見ながら口を開く。
「さっきも言ったと思うが、お前たちはデファーグと一緒にペトミーたちと合流しろ。
合図したら全力で西へ迎え。
何があっても振り返るなよ?」
月明かりに照らされたティフの顔は緊張で強張っていた。
「な、何かあったんですか?」
先ほどまでとはガラリと変わったティフの様子にスワッグはおっかなびっくり尋ねた。ティフはゴクリと唾を飲み、何かを答えようとしたがティフが言葉を紡ぎ出す前にデファーグが先に答えた。
「前にスゲェ奴がいる。
あれは間違いなく強いぞ」
「そんなに!?」
ソファーキングの声がひっくり返った。デファーグは
「間違いない!
見た目は人間みたいだけど、絶対人間じゃないぞ!?
まだ百メートルはあるのに立ってるだけでビンビン魔力が伝わって来る。
本気で怒った時のママみたいに目が赤く光ってんだ」
「それって……」
魔物ですか? と、訊きかけてスワッグは言葉を飲んだ。彼らが「ママ」と呼ぶのは大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフのことである。そして彼女は愛する息子の成長を見届けるために、自らアンデッドになった人物だった。つまり、彼女は強力な不死属性の魔物なわけだが、彼女のことを魔物呼ばわりすることはムセイオンの聖貴族の間ではタブーとなっている。目が赤く光るのは魔物の特徴ではあったが、怒っている時のフローリアのようにと言われた直後に「魔物ですか」と尋ねれば間接的にフローリアを魔物呼ばわりしたことになってしまいかねない。スワッグは聖貴族特有の危機感を働かせて口から零れかけた言葉を慌てて飲み込んだのだった。
だが言葉に出さなくても言いたいことは伝わったのだろう。デファーグはコクリと頷いた。
「お前たちは感じないのか?
見ろ、俺なんか鳥肌がまだ収まらん」
デファーグはそういうと袖を少しめくって腕を見せた。薄暗い中でもデファーグの白い肌は月明かりを受けて光って見えるが、さすがに白い肌に生えた金髪の産毛は暗視魔法を使っていても良く見えない。ソファーキングは思わず目を凝らし、覗き込んだ。
スワッグの方は最初からデファーグの鳥肌を確認するつもりは最初からなく、ゴクリと唾を飲む。
「確かにさっきから魔力が急に強くなったのを感じてました。
てっきり砦が近くなったから《
確かに馬車と一緒に一つ前の山荘を出た直後暗いから地属性の魔力が不自然に高まるのは感じていた。それはおそらく《地の精霊》の魔力だろうと予想もつけていた。今までの経験からおそらく今から行こうとしている砦に《地の精霊》がいる証拠だろうぐらいに考えていた。だが、さっきのカーブを曲がった直後からその魔力が急激に強まり始め、どこか不可解に思ってはいた。だが、だからといって自分たちを何者かが待ち構えているとまでは予想もしていなかった。
戸惑いながらどこか言い訳がましく言うスワッグに横からティフが前方を見たまままるで叱責でもするように言う。
「それどころじゃない。
アレは多分、一昨日ペイトウィンを
「「「グルグリウス!」」」
三人が一斉に不吉な名を呟く。その声は三人ともわずかに震えていた。
ムセイオンのハーフエルフたちの中でも攻撃魔法の多彩さ・強力さでトップレベルの実力者、ペイトウィン・ホエールキングを独力で捕まえた化け物グルグリウス。それが本当ならフローリアの息子ルード・ミルフ二世にも劣らぬ実力者ということになるが、それでも魔法や魔物に関してはド素人の盗賊の言うことだからとどこか半信半疑だった。きっと魔法のこととか何も知らないNPCが初めて本格的な魔法戦を目の当たりにして敵を過大評価しやがったんだ……心のどこかでそんな風に考えていた。だがそれはどうやら誤りだったようである。そんな甘い考えを持っていた自分を責めるように、ティフはどこか悔しそうに表情を歪めた。
「そうだ、そんな名だったな。
一人でペイトウィンを捕まえたなんてさすがにちょっと信じられなかったがアレを見たら納得だ。
あんなの中ボスどころじゃないぞ、きっと四天王とか
「もしかしたらママより強いかもな」
ティフに続いてデファーグがそう言うと、スワッグとソファーキングは震えあがった。
「そ、そんなのと戦うんですか!?」
「俺たちだけで!?」
「シッ!」
悲鳴じみた声をあげる二人をティフが鋭く制止する。次の瞬間、四人が四人とも急に周囲を取り巻く重苦しい雰囲気が和らいだのを感じた。
「お!?」
「あれ?」
「チッ!」
スワッグとソファーキングが重苦しい威圧感から急に解放されたような感覚に戸惑っているとティフが舌打ちした。
「何かあったのかティフ?」
デファーグが問いかける。前方の様子が見えているのは今ティフだけなのだ。
「アイツ、気配を急に殺しやがった。
こっちを油断させる気か?」
どういうわけか前方のグルグリウスが発散していた魔力を急に抑えたのだ。どれどれとデファーグが馬を外側に寄せて馬車越しに前方を見ると、グルグリウスらしき巨漢は相変わらず中央に立ったままだったが、確かに巨漢から感じられる魔力は弱まっており赤く光っていた目の光もほとんど見えなくなっている。
「まだこっちが気づいてないと思ってるってことですか?」
「油断してるなら逆に奇襲をしかけてみますか?」
馬車が邪魔で前方を見えず、イマイチ状況を掴めない二人はあえて積極策を口にする。決して楽観的なわけではない。一応、攻撃的なことを一度くらい言っておかないと、あとで臆病の
「いや、忘れるな。
俺たちは戦いに来たんじゃない。
話し合いに行くんだ。
お前たちは俺の脱出を助けるために、ペトミーと合流しに行くんだ」
ティフは前を見たまま言った。その声はどこか震えている。ティフにしては珍しいようにスワッグやソファーキングには思えた。つまり、前方の敵は彼らが予想している以上に強力だということだろう。
スワッグとソファーキングはゴクリと
こうしている間にも馬車は、そして馬車の後ろに隠れ続けている彼らはどんどん砦へ、その前に居るグルグリウスへと近づいていく。
グルグリウスとの対決の時はもう間もなくというところまで迫っていた。
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