ティフ入城
第1266話 砦に挑む『勇者団』
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
南北に延びる
幾度もカーブを曲がり、ようやく見えた砦の前に異様な三人組が立っているのを目にしたティフは思わず息を飲む。手綱を握る手に、あるいは馬の背にまたがる両足に力が入ったか、ティフの乗る馬も騎手の緊張を察して身震いしながら行き脚を鈍らせた。
「……ティフ?」
隣を進むデファーグ・エッジロード二世も同じ三人組に気づいたか、ティフの方を見るでもなく呼びかけてくる。その声は緊張していた。
「あ、ああ……」
何かがつっかえたような喉から無理やり出した声は、どこか頼りなかった。この吹きすさぶ風の中では消え入り、誰にも届きそうにない。
なんだアイツ等……
三人組の内、中央に立つ男は長身なティフやデファーグをも上回る上背にゴリゴリの筋肉を
その両脇に控えるのはホブゴブリンだ。体格はホブゴブリンとしては常識の範囲内だが、二人とも両目がうっすら緑色に光っている。ティフはその理由を知っていた。何もない暗闇で両目が緑色に光るのは、ティフ達も良く知る暗視魔法の副次効果だった。つまりあのホブゴブリンたちは暗視魔法を使っているということであり、ただのレーマ軍の
何のためにあんな連中がこんな場所に? ……そんなのは決まっている。彼らの目的はティフ達だ。人の姿をした魔物と魔法を使ったホブゴブリン兵、そんなのは今のヴァーチャリア世界ではムセイオンか大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフのダンジョンぐらいでしかお目にかかれないだろう。しかし、こんなところにムセイオン関係者やフローリアの配下が来ている筈もない。
強大無比な《
「どうかなさいましたか、お二人とも?
あそこに見えるのが目的地の砦ですよ!?」
前方を行くティフとデファーグが急に行き脚を鈍らせたことに戸惑った御者が大きな声を出した。馬車を引く馬たちはその声に驚き、耳を盛んに動かす。
どこか間の抜けた御者の大声にティフ達はハッと我に返ると、後ろを振り返って答えた。
「分かってる!
少し予定を変更したいが良いか!?」
「何です!?」
戸惑う御者が馬車を止めると、ティフは馬首を巡らせて御者のすぐ近くまで戻ってきた。
「どうかなすったんで?」
「いや、どうってことはないんだが、予定を変えたいんだ」
「予定を変える?
だって、砦はもう目と鼻の先ですよ。
ホラ、あそこに見えるのがそうだ」
御者は事情が分からず少し混乱した様子を見せながら、坂道を登り切った先に見える砦を指差した。
「分かってる。
お前はあの砦へ行くのだろう?
俺もそうだ。
俺が会わねばならない相手はあの砦に居るはずだからな」
「じゃあこのまま行きやしょう。
もうすぐだ」
乗客である新米牧師メルキオルのために先を急ぎたい御者はティフに進むよう促すが、ティフは苦笑いを浮かべて首を振る。
「ああ、俺は一緒に行くが、仲間たちはこの先へ行かなきゃいけないんだ。
ホントは一緒に砦で一泊するつもりだったが、思ったより早くに峠を越えられそうだから行けるだけ先に行きたい」
御者は愛嬌のある顔を面倒くさそうに歪めると、悪い冗談でも聞いたかのように首を振る。
「待ってくだせぇ。
この馬車の馬はアナタ方にお借りしたもんだ。
この馬車の本来の馬ぁ今アナタ様とアナタ様の御連れさんが乗ってらっしゃる。
もしそうするなら馬を繋ぎなおさなきゃいけねぇ」
そう、御者の馬はここに来る前に疲れ切ってしまっていた。本当なら馬を替えて砦まで急ぐ予定だったが、峠にダイアウルフ出没の危険があるからという理由で替え馬の提供を断られてしまっていた。そこでたまたま出会ったティフ達からまだそれほど疲れていない馬と一時的に交換してもらい、馬車をここまで曳かせてきたのだ。
行き先が同じ砦なのだからそれで問題なかったはずだ。だがティフ達がさらに先に行くというのであれば、馬を返さねばならないだろう。この街道上で馬を繋ぎなおすのは出来なくはないが、こんなところで馬を繋ぎ変えるくらいなら砦でやった方が安全なはずである。それなのにわざわざここで予定変更して先へ行くと言い出すティフに御者が
「ああ、馬のことはいいんだ!」
ティフは慌てたように打ち消す。ティフとしてはそんな話をするつもりは無く、それどころか馬のことなどすっかり忘れていたからだ。
「馬はいい!?
いったい何がいいんで???」
馬は財産だ。奴隷一人と同じくらいの価値がある。庶民が簡単には買えないくらいの高価な生き物であり、そして優しく賢い。優しく大事に接すれば懐いてくれるし、人間の期待以上によく働いてくれもする。愛情には愛情を持って応えてくれる真に愛すべき動物なのだ。そうだからこそ御者や
この御者もそうした馬好きの人間の一人だったのかもしれない。ティフの「馬のことはいい」というセリフを、まるで馬を価値のない消耗品として扱う冒涜的態度としてとらえたらしく、その声と表情に怒気を含ませている。
「いや、俺たちの馬は借りた馬なんだ。
ほら、レーマ軍の焼き印があるだろ?」
ティフはそういうと馬車に繋がれた馬の尻を指差す。暗くてよく見えないが確かに焼き印らしき影が見えた。ティフは御者が焼き印を確かめるのも待たずにそのままの勢いで続ける。
「レーマ軍から借りた馬だからレーマ軍に返してくれればそれでいい。
お前の馬だってレーマ軍から借りた替え馬だろう?
レーマ軍の馬なら峠の先のどこかでレーマ軍に返しても問題ないんじゃないのか?」
そう言われると御者はどうやら自分が早合点して怒ってしまったようだと気づいたようだ。渋面は作ったままだが、同時にどこか申し訳なさそうな目でティフを見つめ返す。
「そういう話ならそりゃ問題ねぇが……
じゃあ、別にここで馬ぁ繋ぎなおせって話じゃねぇんですね?」
「ああ、俺以外の三人はこのまま砦に入らず砦の前を通り過ぎて先へ行くんだ。
あと、俺はあの砦は初めてなんでね。
砦の中は不案内だから、ここから先はお前に先に行ってくれると助かる」
一時は話がこじれそうになって不安に陥ったせいか、話が通じるとティフは安堵から自然と笑みをこぼした。御者もそれにつられ、愛強ある顔に似つかわしい笑みを浮かべて頷く。
「それくれぇはお安い御用だ。
アナタ様方にゃあ随分助けられた。
おかげでここまでダイアウルフに会うことも無くたどり着けた、
アナタ様方に助けてもらえなきゃ、アタシャ牧師様を今夜中に砦へ届けることも出来なかったに違ぇねぇ。
まかせておくんなせぇ」
御者はティフに向かって胸をドンと叩いて言うと、ティフは満足し、前で振り返りながら様子を見ていたデファーグに親指を立てて合図した後、ハンドサインで脇へ避けるよう指示をだした。
デファーグが乗った馬ごと脇へ避けると、それを合図に御者は手綱をピシャリと振って馬車を前に進め、デファーグを追い越しざまに感謝の言葉を告げる。
「皆さんに神の御恵みを」
馬車が前へ行きすぎると、ティフとデファーグは馬車の後ろから付いてきていたソファーキング・エディブルス、スワッグ・リーの二人と合流し、前進を再開する。
そうだな、是非祈ってくれ。
俺たちには今こそ、神の恵みが必要なんだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます