第931話 助言者
統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
クケッ、ケェェェェェーーーッ!!
グルグリウスの手の中で激しく
知識としてはそれくらいのことは知っている。目の前で『火炎小竜』が戦い、散っていったのを目撃したのは今回が初めてではない。にもかかわらずペイトウィンがこうも衝撃を受けたのは、別に彼がロマンチストだったことが理由ではなかった。『火炎小竜』が彼自身によって召喚されたモンスター……つまり眷属であったことと、『火炎小竜』があまりにも近くに居たことが原因である。
例外はあるが基本的に召喚したモンスターは召喚主の眷属という位置づけになる。召喚主と眷属は魔力で繋がっており、眷属は召喚主から魔力を得る代わりに従属することとなる。だが誰でも魔法を使えるようにするための
しかし、『火炎小竜』のような
魔力は生命エネルギーそのもの……魔力が繋がっているということは命が繋がっているのと同じである。いわば分身そのものであり、ダメージを受ければ無事では済まない。まして物理的な距離が近くなれば互いの影響も大きくなる。
目の前で己の半身を滅せられ、何の衝撃も受けずに済むわけが無かったのである。まして彼は本来、召喚モンスターなど使わず自身の攻撃魔法をメインに戦うマジック・キャスターだ。支援してくれる仲間がいなかったので仕方なく召喚スクロールを使ったにすぎず、召喚モンスターを使った実戦経験はほとんど無かった。
「ホエールキング様!!」
「くはっ!ハッ!?」
『火炎小竜』を殺されたショックで過呼吸になっていたペイトウィンはエイーの叫び声にハッと我に返った。その目に映ったのは先ほど握りつぶした『火炎小竜』の代わりにペイトウィン本人を捕まえようと大きく広げられたグルグリウスの右手だった。
「クソッ!?」
咄嗟に大きく仰け反って避けると、先ほどまで自分の頭があった空間をグルグリウスの巨大な腕がすり抜けていく。大きくバランスを崩したペイトウィンは地面に片手を突いて辛うじて身体を支えると、エイーたちのいる方へ向かって駆けだした。
「おっと、あと少しというところで……残念。」
余裕を取り戻したグルグリウスは本心ではそう思ってなさそうな軽さでそう言うと、その巨大な身体を持て余しているかのように
「まだ逃げようというのですか?
シュバルツゼーブルグから貴方様方がここまで逃げてきた時間と、
とても逃げきれないと簡単にわかるでしょうに!」
「ホエールキング様!早く!!」
エイーが叫んで呼ぶがペイトウィンの脚は思うように進まなかった。
茂みを抜けると足に絡まるような植生は無いが、代わりに体重の軽いペイトウィンでさえ脚が沈み込むような柔らかな腐葉土の地面だ。柔らかすぎる地面と落ち葉の下に隠れた木の根に足を取られながら、エイーの呼ぶ方へ
「た、助けてくれエイー、気持ち悪い!
吐きそうだ!」
『火炎小竜』がグルグリウスの周辺に放った炎のせいで逆光になり、エイーからは良く見えてなかったが、ペイトウィンの顔は血の気が引いて真っ青になっており、額には冷たい汗がいくつもの粒になって浮かんでいる。
「はぁぁ~大変だ、いつの間に!?」
ペイトウィンの異変に気付いたエイーはペイトウィンがグルグリウスによって何らかの状態異常にされてしまったと勘違いし、慌てて支援魔法を繰り出した。
「えっと……大地よ、その
……ああっ、効いてない!?
毒とかじゃないのか。えっとそれじゃ……
大地よ、新たなる命
エイーは治癒魔法に特化して魔法を覚えた
「効果が無い!?
そんな、効いてるはずなのに……」
最初、ペイトウィンは何らかの毒に侵されたのかと思い浄化魔法を唱えた。だが効果が無かった。だから今度は何らかの
「ルメオの旦那!」
予想外の敵、予想外の事態にエイーは困惑を隠せない。そのエイーに少し離れたところからクレーエが叫ぶ。
「ホエールキングの旦那ぁ従魔を殺されてショックを受けたんだ!
気力を上げて、魔力の回復を!!」
振り返ったエイーはクレーエの言葉に耳を疑った。思わず目を見開いてクレーエを凝視する。
エイーは治癒魔法の専門家だ。体調を崩した者、怪我を負った者を見て、症状を判断し、適切な処置を選択し施す……そのことにかけてはエイーは
それなのにそのエイーに彼の専門分野について意見する者が居る。
「何で
「いいから早く!!」
専門家の自分でも気づいていない事を指摘してきたのはクレーエだった。彼は専門家どころか全くの門外漢。ただの盗賊である。医療の知識どころかまともな教育を受けたかどうかさえ怪しい辺境の盗賊だが、しかし言われてみれば確かにそれが正解なように思えてくる。
エイーはペイトウィンの方へ向きなおすと杖を構えた。
「水よ!彼の者の体内を巡る血よ、滞ることなく気をいきわたらせ、魔力を満たせ!
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