第1242話 ハッタリと挑発と

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ ライムント街道第三中継基地スタティオ・テルティア・ライムンティイ宿駅マンシオー/アルビオンニウム



 『勇者団』ブレーブスが寄こした使いの男の御追従おついしょうにアッピウスはフンッと機嫌よさそうに笑った。互いの立場を明確にする……それはどうやら成功したらしい。予想は当たったということだろう。


 正直言ってアッピウスは急いでいた。サウマンディウムには既に帝都レーマ経由でムセイオンから脱走した聖貴族コンセクラトゥスたちの手配の通知が届いている。そしてそれがアルビオンニアまで届くのをわざと遅らせているような状態だ。だがそれもいつまでもは遅らせることはできない。

 アッピウスが今こうしてアルビオンニア属州まで出張って『勇者団』の捜索に乗り出せているのは、『勇者団』がメルクリウス騒動の容疑者だからだ。今回のメルクリウス騒動の捜査に関してはアッピウスの兄でサウマンディア属州領主ドミヌス・プロウィンキアエ・サウマンディイでもあるプブリウスが最高責任者となっており、容疑者の捜索と身柄の扱いに関してはサウマンディアが最優先権を持っている。アッピウスはそれにかこつけてムセイオンから脱走してきた聖貴族……特にハーフエルフの身柄を手に入れようとしているのだ。

 だがムセイオンから聖貴族が脱走したという事実が公表され、『勇者団』とメルクリウス騒動は無関係だというような方向へ話が流れていくようなことにでもなれば、アッピウスらは今のように『勇者団』を捜索できなくなるし、確保した身柄についても優先権を得られなくなる。サウマンディウムへ連れて帰るどころか、アルビオンニア側へ即時引き渡さねばならなくなるかもしれない。もちろん、『勇者団』の存在が公表されたからといって『勇者団』が即時メルクリウス騒動の容疑者でなくなってしまうというわけではないし、既に捕えたという捕虜についてもアルビオンニア側に簡単に引き渡すことは無い。だが、ムセイオンからの脱走者の存在が明るみになった後で『勇者団』のメンバーがここから遠く離れた地域で見つかったなら……「そいつはメルクリウス騒動の容疑者だから引き渡せ」と主張しても認められにくくなってしまうだろう。多少強引な手を使って通知を遅らせるのも、いつまでも続けられるものではない。ゆえにアッピウスは、『勇者団』の存在が明るみになる前に、『勇者団』はメルクリウス騒動の容疑者だという認識を共有しているエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人やルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵らの領地以外へ逃れてしまう前に、何としても捕まえねばならぬのだ。そのためには『勇者団』の使者であろうこの男との交渉も手早くせねばならない。魔法でハッタリをかまし、大仰な態度と言葉遣いでアッピウスよりも優位に立って交渉しようと試みるこの男の出鼻を、最初に挫いておく必要があったのだ。


「つまらぬハッタリなど利かぬと分かったなら勿体もったいぶった物言いは止すのだな。

 私は時間を無駄にするのは好かぬ。

 貴様は誰だ?

 最初はファドとかいう聖貴族コンセクラトゥスの従者かとも思ったが違うな。」


 ファドの名を出すと男は目を大きく見開き、半笑いを浮かべた。


「おお、その名を!?」


「脱走した全員の名と特徴は把握しておる。

 ムセイオンから脱走した中で唯一聖貴族コンセクラトゥスではないのがファドで、ハーフエルフのペトミー・フーマン二世に仕えておるヒトだそうだな。

 我々に使いするとなれば、そのファドが妥当であろう。」

 

 だがファドは目の前に立っているようなランツクネヒト族ではない。それに本当にムセイオンから来た聖貴族の従者で、アッピウスにハッタリをかますならラテン語ではなく英語で話しかけてくるだろう。しかし目の前の男は英語ではなくラテン語で話している。芝居がかった言葉遣いはしているが、アルビオンニアのランツクネヒト族っぽい訛りがあるということは、この男はムセイオンから来たわけではないということだ。

 大事な交渉をしようというのに最も適当な人物を送ってこない……これはファドが別の場所で別の任務についているか、あるいは『勇者団』はこの交渉に乗り気ではなくただ時間を稼ごうとしているのだろう。そしてその答は後者だ。ランツクネヒト族はおそらくこの地で従者にした者で、使い捨てにしても良い人材だ。

 アッピウスは笑顔を消した。


「名乗れ、そろそろ時間が惜しい。」


 アッピウスは足組したことで浮いた右足の指を屈伸させて突っ掛けた上履きソレアを振り、自分の踵にペッタンペッタンと繰り返しぶつけ始める。

 男は少し残念そうに口を結び、フーっと周囲に聞こえない程度に溜息をつくとようやく口を開いた。


「私が仕えるのはエイー・ルメオ様にございます、閣下。」


「エイー・ルメオ……」


 ハーフエルフ……ではないな……


「そして私の名はクレーエ……と申します。」


「クレーエ……“カラスクレーエ”だと?」


 アッピウスは口元をわずかにゆがめた。クレーエとはドイツ語でカラスを意味する単語である。アッピウスは特に堪能というわけではなかったが、隣の属州の領主がランツクネヒト族ということもあって、簡単な会話ぐらいは出来る程度にドイツ語を学んでいた。


「この期に及んで偽名か、本当の名は何という?」


「昔の名は捨てました。

 今はクレーエだけが私の名です。」


 薄笑いを浮かべてクレーエと名乗る男はお辞儀する。それを見てアッピウスはフンッと鼻で笑った。


「やはり盗賊か……

 貴様がエイー・ルメオ殿の使いだというのは本当なんだろうな?」


「魔法をお見せしたではありませんか!」


魔道具マジック・アイテムを盗んだのではないか?

 魔道具マジック・アイテムを使えば誰でも魔法を使えるようになるというぞ!」


 クレーエは一度そっぽを向くと呆れたように肩をガックリと落とし、すぐに元の姿勢に戻ってアッピウスを見下ろす。


「ならば試してみられるがよろしかろう。

 これがその魔法の杖マジック・ワンドです。

 これを使って魔法を行使してみられるがいい。

 一発で魔力欠乏におちいるでしょうがね。」


 そう言いながらクレーエはまとっていた外套の下から、先ほど外でマッド・ゴーレムを出す際に使ったのと同じ杖を取り出してみせた。

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