第1400話 内情予想

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 唸るように溜息を噛み殺しながらルキウスはアルトリウスを見上げ、その目をまっすぐ見据えた。


「グルグリウス様は強力な妖精だ。

 ペイトウィンホエールキング様を簡単に捕縛なさるほどにな……

 そのグルグリウス様と契約し、その力を存分に利用できるはずのカエソー伯爵公子閣下だが、こっちへ向かった『勇者団』ブレーブスを監視させるだけで捕まえようとはしておられん。

 お前にこの意味は分かるか?」


 アルトリウスは眉間にシワを寄せた。


「それはつまり、『勇者団』ブレーブスをわざと泳がせているということですか?」


 ラーウスはアルトリウスの出した答に驚き、無言のまま目を見開いてアルトリウスとルキウスを見比べた。


「理由は分からんが捕まえようとはしておらん……それは確かだろう」


「まさか!

 リュウイチ様をこちらに任せる代わりに『勇者団』ブレーブスはあちらが独占するのではなかったのですか!?」


 ルキウスは車椅子の背もたれに体重を預けた。


「そのような取り決めがあったわけではない」


 すべては暗黙の了解だ。いや、もしかしたらアルビオンニア側の思い込みだったのかもしれない。アルトリウスとラーウスは自分たちが問題解決の方法を考えるうえで前提としていた条件が、実は自分たちの勝手な思い込みだった可能性があることに眩暈めまいにも似た感覚を覚えていた。


「し、しかし……だとすれば余計に、意図して捕まえないというのはおかしくありませんか!?

 『勇者団』ブレーブスの身柄はサウマンディア側こそ欲していたはずです!」


 ルキウスは疑問を訴えるアルトリウスとしきりに頷くラーウスを見比べながら、首を傾げこめかみのあたりを抑えるように手で支えた。


「そうだからこそ、わざと捕まえないようにしておるのやも知れん」


「……どういうことですか?」


「グルグリウス様は《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属だ、そうだな?」


 アルトリウスとラーウスは互いに顔を見合わせてからルキウスに頷いて見せた。


「そのように、報告を受けております」


「そして《地の精霊アース・エレメンタル》様はリュウイチ様の眷属だ。

 そのグルグリウス様の手によって捕まえられた『勇者団』ブレーブスは、カエソー伯爵公子閣下のではなくリュウイチ様の手柄になるのではないか?」


 ルキウスの予想にアルトリウスは顔をしかめ、しばらく考えたのちに首を横に振った。


「申し訳ありません養父上ちちうえ、わかりません。

 もしかしたらおっしゃる通りリュウイチ様の手柄ということになるかもしれませんが、しかしそれが『勇者団』ブレーブスの捕縛をしない理由になるのですか?

 リュウイチ様が『勇者団』ブレーブスの身柄を御所望になるとは思えないのですが……」


「リュウイチ様が御所望になるかどうかは関係ない」


 そう言いながらルキウスは身体を起こし、こめかみに当てていた手を外してヒラヒラと空中に躍らせた。


「重要なのは、それを根拠にサウマンディア側が『勇者団』ブレーブスの身柄に対する優先権を損なうかもしれないということだ」


「失礼!

 『勇者団』ブレーブスが此度のメルクリウス騒動の中心にいることはほぼ確実です。

 メルクリウス騒動の捜査権を持つサウマンディアによる『勇者団』ブレーブスの身柄に対する優先権は揺るぎようがないと愚考いたします!」


 割り込んだのはラーウスだ。他の貴族ノビリタスならルキウスの子爵という爵位、領主という立場からして横から口を挟むなど考えもしないだろうが、ラーウスは実父が爵位持ちの元老院議員セナートルであるためか、そこら辺の遠慮がどうも弱いようだ。ルキウスはチラリとラーウスを見たが、特に不快を示すことも無くアルトリウスとラーウスの二人を相手に話し始める。


「お前たちは昨日の、ルーベルトアンブロスの言った事を覚えておるか?」


 アルトリウスとラーウスは表情を曇らせて息をのんだ。ルーベルト・アンブロスは侯爵家の家臣でアルビオンニア属州の経営を任されている属州の宰相とも呼ぶべき筆頭家令である。ルーベルトはプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の使者として遣わされたサウマンディア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム・サウマンディイマルクス・ウァレリウス・カストゥスに対し、ブルグトアドルフの損害賠償請求権を根拠に、メルクリウス騒動の捜査終了後に『勇者団』の身柄を引き渡すように要求していた。


ルーベルトアンブロスの要求は正当なものだ。

 プブリウス伯爵と言えど無視は出来まい。

 おそらく捜査の結果、ブルグトアドルフ襲撃の責任が認められた何人はアルビオンニア側へ引き渡さざるを得なくなるはずだ。

 もしかしたら、プブリウス伯爵が賠償を肩代わりすることを条件に『勇者団』ブレーブスの身柄をあくまでも独占しようとするかもしれんがな」


『勇者団』ブレーブス捕縛の手柄がリュウイチ様に移ると、その時の交換条件が不利になる……ということですか?」


 ルキウスはアルトリウスの口から自分の予想に合致する答えを引き出すと、満足したのか両肘を車椅子の肘掛けに置き、両手を腹の前で汲んだ。


「あくまでも予想だ。

 正確なところはカエソー伯爵公子閣下とグルグリウス様がどういう契約を結んだかが分からんことには何とも言えん。

 向こうの状況も、詳細は不明なままだしな。

 報告書に書かれていない何かがあるのかもしれん」


 話を聞いたラーウスは独り目を閉じ眉間を揉んだ。そのルーベルト本人からマルクスの態度が硬化したのは軍のせいではないかなどと詰られたことを思い出したのだ。


 いや、ルーベルトアンブロス殿があんな請求をしたことをカエソー伯爵公子閣下はまだ知らないはず。

 だがサウマンディア側の内情が知れてるわけではない以上、無関係とも言い切れない。

 ルキウス子爵閣下の話が真だとして、このままサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの態度が硬化すればその責任をアルトリウシア軍団われわれに求められかねんぞ……


 ラーウスの苦悩を共有していたかどうかはわからないが、アルトリウスは何かを振り払うように首を振るとルキウスに訴えた。


「それを知るためにも、グルグリウス様と連絡を取りたいと思います。

 養父上ちちうえ、リュウイチ様にこのことを御相談することをお許しください」

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