第1399話 期待するもの

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 ルキウスはジロリとアルトリウスをにらんだが、それ以上特に責め立てるようなことはしない。ルキウスも元・軍団幕僚プレ・トリブヌス・ミリトゥムとはいえ現役を退いてから十六年……自分が軍人としては既に第一線では通用しないことぐらいは承知していたし、アルトリウスは養子だが現役の軍団長レガトゥス・レギオニスだ。自分が挙げた懸念をこうも否定するのはそれなりに理由があるのだろうということぐらい察することは出来る……もちろん、面白くはない。面白くないから睨む。睨みはするが事情は察せられるのでそれ以上はしない。


「で、現状は分かった。

 それで、これからどうするのだ?」


 ルキウスはアルトリウスから目を逸らすと溜息をついて問うと、アルトリウスは背筋をスッと伸ばして答えた。


「それを御相談しにまいりました」


「質問を変えよう。

 お前はどうしたいのだ?」


 眉間を揉みながらルキウスが苛立ちを隠しつつ問い直す。アルトリウスにはもちろんアルトリウシアの兵権の全ての預けてある。先週からはグナエウス街道周辺での森の管理を担っている猟師たちも預けているのだから、グナエウス街道周辺の問題を処理するのにルキウスが提供できるものはもうこれ以上はなく、アルトリウスは全てを自分で判断し、自分で対処できる筈である。にもかかわらずルキウスに相談しに来たということは……


「リュウイチ様の、御協力を仰ぎたいと……」


 予想通りの答にルキウスは深い溜息をついた。


「アルトリウス、リュウイチ様を戦闘に巻き込むようなことは……」


「もちろんしません!」


 釘を刺そうとするルキウスの反応は予想していたのだろう、アルトリウスは言い切る前に断言する。


「ではどう御協力を仰ぐつもりだ。

 《レアル》の恩寵おんちょうに頼らぬようなものだろうな?」


 リュウイチの魔法や持ち物を借りるような話ならダメだ。この世界で再現できないものなら等しく《レアル》の恩寵として位置づけられるため、大協約に抵触してしまう。植物状態になっていたカール・フォン・アルビオンニア侯爵公子を治療してもらったこと、ネロたち奴隷に下賜された聖遺物アイテムの数々、聖女サクラとなったとはいえルクレティアが魔導具マジック・アイテムを貰ったことなど、既にかなり危険な橋を渡ってしまっている。ルキウスは既に最悪の場合は自分が責めを負うつもりでいるが、だからといってこれ以上は流石に難しい。

 ルキウスの覚悟を知ってか知らずか、アルトリウスは自信たっぷりに答えた。


「グルグリウス様をご紹介いただきたいのです」


「グルグリウス様?」


「はい、最近のカエソー伯爵公子閣下からの報告に度々名前が出ていた……」


「ああっ!」


 途中で思い出したルキウスは手を上げ、食いつくようなアルトリウスの説明を中断させる。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属だろう?

 たしか、グレアトル・ガルゴイレとかいう……」


「グレーター・ガーゴイルです、養父上ちちうえ


 グレーター・ガーゴイルをラテン語読みしたルキウスをアルトリウスが訂正すると、ルキウスはうるさそうに顔をしかめた。アルトリウスは構わず前のめりになって続ける。


「グルグリウス様はカエソー伯爵公子閣下の依頼に応じ、これまでもいくつか仕事をこなしております。

 一昨夜、かのペイトウィン・ホエールキング二世を捕えてグナエウス砦ブルグス・グナエイへ連行したのもグルグリウス様でした。その実力は疑いようもありません。

 そして此度はグナエウス砦ブルグス・グナエイから西へ向かった『勇者団』ブレーブス一行を監視する役目を果たしているそうです」


 アルトリウスの熱心な説明にルキウスは顔を顰めたままではあったが、顎に手を当て考え始める。確かに『勇者団』に対抗しうる十分な実力を有していて、なおかつグナエウス砦とアルトリウシアの間でコチラ側のために働いてくれる唯一にして最強のカード……それを思えば利用しない手は無いような気はしてくる。


「それで、そのグルグリウス様に『勇者団』ブレーブスを捕えさせようというのか?」


 ルキウスに問われたアルトリウスは前のめりにしていた上体を起こした。


「いえ、そこまでは……

 しかし既に『勇者団』ブレーブスを監視しているのであれば、連携はできるのではないかと存じます」


「連携か……」


 これまでのカエソーやルクレティアから送られてきた報告を信じるならばグルグリウスは確かに信頼しうる戦力だろう。ムセイオンの魔法使いとしては最強とも言われるペイトウィンを単独で追跡し、捕えてくるのだからその実力は疑いようがない。しかし、実力さえあれば他はどうでもいいというわけでも無かった。


「連携できると思うか?」


「と、いいますと?」


 アルトリウスはグルグリウスは既に『勇者団』を監視する仕事に就いているのだから、連絡さえできれば連携は可能だと考えていた。そしてそれが可能となればアルトリウス率いるアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが受ける恩恵は大きい。ただでさえ深刻な人材不足でグナエウス峠方面へ割ける兵力は決して多くは無い。その限られた兵力でハン支援軍アウクシリア・ハンのダイアウルフに対処するだけでも大変なのに、ここへきて『勇者団』まで相手にしなければならないとなると最早対処不能と言って良いだろう。だがそこへグルグリウスが加わるなら鬼に金棒どころではない。アルトリウスにとって全ての問題を解決するワイルド・カードを手に入れるようなものなのだ。

 だがルキウスの口ぶりからするとどうやらアルトリウスが気づいていない問題点があるようだ。普通の若者なら年寄ルキウスの懸念など若さに任せて一蹴してしまいそうなものだが、政敵の多い帝都レーマへの留学に備えて貴族としての英才教育を受けたアルトリウスは他人の意見を安易に否定しないだけの慎重さを身に着けていた。それは他人の意見を引き出すという、同年代の一般人では困難な問題を解決する美点となる。


「グルグリウス様は今カエソー伯爵公子閣下の仕事を請け負っておられる」


「その通りです」


「ならば、我々の都合ではなくサウマンディアの要請に従って行動するのではないか?」


 アルトリウスは表情を険しくした。


「つまり、グルグリウス様は我々に協力しないということですか?」

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