第1398話 状況把握

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 『勇者団』ブレーブスのリーダー、ティフ・ブルーボール二世と交渉したが失敗し、『勇者団』は西へ……すなわちアルトリウシア方面へ向かった。グナエウス砦ブルグス・グナエイのカエソーからの手紙を読んだアルトリウスはラーウスを伴って養父ルキウスの元へ向かった。ルキウスはちょうど陣営本部プリンキパーリスへ向かうために控室から出たところだった。本来の予定ではルキウスはこのままアルトリウスが宿舎に使っている陣営本部で風呂に入り、それから着替えてリュウイチの陣営本部へ戻って晩餐会ケーナに挑むはずだったのだが、事が事だけに変更を余儀なくされる。


『勇者団』ブレーブスがグナエウス峠を越えたのは今日の未明か……ならば連中、もうアルトリウシアに着いておるのではないか?」


 腕を伸ばして遠く離した手紙を何度も繰り返し読み返すルキウスが呻くように言った。その顔がしかめっ面なのは老眼で小さい字が読みにくいせいで目に力を入れなければならないからだったが、心情的に険しいものがないわけではもちろんない。


「可能性として否定はできませんが、怪しい人馬を見かけたというような報告は今のところ上がってきておりません」


 アルトリウスが答えながら横目でラーウスを見、視線で「そうだな?」と確認を取るとラーウスは小さく頷いた。


「街道を使うとは限るまい。

 実際、ブルグトアドルフの一件では、警察消防隊ウィギレスの哨戒網に引っ掛かることなく移動を繰り返しておっただろう?」


 レーマ帝国は軍や早馬の通行を円滑にするため、版図内の主要な都市同士を街道で結んでいる。その街道沿いには一定間隔で中継基地スタティオが設置され、警察消防隊が常駐して街道の整備と街道付近の治安維持とを担っていた。その警察消防隊に見つかることなく都市間を移動し、あまつさえ複数の中継基地に襲撃を繰返すとしたら街道以外の道路……すなわち裏街道を使ったとしか考えられなかった。『勇者団』が裏街道を自由自在に動けるのなら、街道上でそれらしき姿を見つけられなかったからと言って安心はできない。

 ルキウスの指摘に対しアルトリウスは首を振った。


『勇者団』ブレーブスはシュバルツゼーブルグ周辺の盗賊たちを傘下に収めて使役しておりました。

 ライムント地方の地理は盗賊たちから得たのでしょう。

 しかし、グナエウス峠よりこちら側の地理を得ているとは考えにくいものがあります」


 この世界ヴァーチャリアには旅行文化と呼べるようなものは存在しない。少なくともレーマ帝国においてはそうだ。理由は交通の便が悪すぎることである。レーマ帝国の全ての都市は軍隊が行軍できるように設計された広い街道で結ばれている。だがそれを利用して他所の土地へ行こうとする者は限りなく少ない。移動に掛かるコスト……負担が大きすぎるからだ。他の土地へ移動するのは公用、あるいは商用で止む無く移動する必要がある者に限られ、下級貴族ノビレス以下の人間は大半が自分が生まれ育った土地から一歩も外に出ることなく生涯を終える。避暑や観光のために旅行するのは上級貴族パトリキ以上の限られた人たちのみが経験できる贅沢であり、火山災害で放棄されたアルビオンニウムから避難を余儀なくされた住民たちの例などは、この世界では例外中の例外と言っていいだろう。リュキスカのように幼少の頃に母に連れられてアルビオンニウムへ移住し、そこから更に火山災害に見舞われてアルトリウシアへ避難するような経験は極めて珍しく、同じような経験をした人物はレーマ帝国中を探しても一パーセントも存在しないくらいだ。都市間をまたぐ移動や引っ越しがそれほど珍しいこの世界では人々はどうしたところで土地に縛られる。それは盗賊も同じであった。

 盗賊とは言うまでもなく人から金品を奪うのが仕事だ。当然、獲物である人間が多くいる場所でしかできない。人口百人かそこらの小さな村落では、近くに余程多くの旅行者が頻繁に通りかかるのでない限り成立しない。しかも捕まらずに逃げるためにはそれなりに土地勘がなければならず、他の地域に遠征に行くということは無いわけではないが、土地勘のない土地への遠征は地元民の反撃にあうリスクが高く成功率は高くない。ゆえに、一部の土地にしがみついて盗賊を働くことになる。もちろん、治安機関がそれを放置するわけもなく、盗賊の寿命は三年に満たないのが通例だ。

 シュバルツゼーブルグ周辺の盗賊たちも同じで、シュバルツゼーブルグがそれなりの人口を抱えるからこそ彼らは獲物にありつくことができているのだし、土地勘があるのと、大量の難民を受け入れたせいでシュバルツゼーブルグの人口が郷士ドゥーチェヴォルデマール・フォン・シュバルツゼーブルグの私兵たちの処理能力を上回る規模に膨れ上がり、周辺地域の治安維持に手が回らなくなったからこそ盗賊として生きながらえることができていたのだ。地元で十分な獲物にありつけ、他の土地へ遠征に出る必要のない盗賊たちがアルトリウシアの土地勘を得ているわけがない。


「アルトリウシアに土地勘のある盗賊が『勇者団』ブレーブスに使役されとる可能性はゼロではあるまい?」


 ルキウスは手紙を近くのメンサに置きながら指摘する。アルトリウシアからすればその指摘はかなり無理筋だ。グナエウス街道周辺の盗賊被害の報告はほとんどなかったからだ。理由は街道上の警備が厳重であることと、街道から一歩外れれば未開拓の森林地帯が広がっており、盗賊が襲うに足る獲物がそれほど多くないからである。せいぜい木こりや炭焼き職人、そして猟師ぐらいなものだろう。例外として数万人の労働者とその家族が生活している水道工事現場があるが、そこの人口の一割近くは軍団関係者が占めているため盗賊たちが襲うにはリスクが高すぎる。

 つまりアルトリウシアのグナエウス街道周辺には盗賊なんていなかったし、土地勘を持つ者はすべて定職に就いている者だけなので盗賊に身を堕とすことも考えにくい。よって、アルトリウシアのグナエウス街道周辺の山中に土地勘を持つ盗賊などという者が存在する可能性は限りなくゼロに近かったのだ。

 しかし養父とはいえ主君でもある領主のルキウスのいうことを真っ向から否定することも出来ない。アルトリウスは苦笑いを浮かべ、やんわりと否定しつつ肯定もするという選択をせざるを得ない。


「ゼロではなくとも限りなくゼロに近いと言わざるを得ないでしょう。

 しかし、峠を越えたはずの『勇者団』ブレーブスが街道上で姿を見せないということは、街道から外れて行動していることを示しても居ます。

 何らかの方法で地理を得ている……そのように考えるのが妥当でしょうな」

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