第512話 アース・エレメンタルとアルビオーネ

統一歴九十九年五月六日、夜 - アルビオンニア湾口/アルビオンニウム



 ふむ、そこな精霊エレメンタルよ。

 海峡をつかさどる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》アルビオーネとは、其方そなたのことか?


 はて、見たところ何処いずこかの精霊の使い魔と見ゆるが、わらわのその名を知る者はさして多くはない筈。まして《地の精霊アース・エレメンタル》に名乗った覚えはない。

 確かに妾はこの海峡を司る《水の精霊》アルビオーネであるが、使い魔を通して妾に話しかけてくる其許そこもと何処いずこの精霊ぞ?

 妾にしうる力の持ち主ならば、何処かの地を統べる神と崇めらし精霊であろう?如何いかにして妾のことを知りたもうた?


 確かにワシは《地の精霊》…なれど、ワシは偉大なる御方によって召喚されし者、いずれの地にも根差さぬ。

 其方の事は我が主の妻となりしヒトの子と、偉大なる我が主より聞き及んだ。


 はて異なことを…其許より感じる力は小さき者共に召喚されし精霊のものとはとても思えぬ。いやまさか、其許より感じる魔力の波動はもしや…!?


 なるほど、我が主の事を存じておるのは間違いないようだな。

 如何にも、ワシを召喚し顕現せしめたる主は其許もよくよく承知の御方よ。


 おお、まさかと思うたがの御方の眷属か!

 この世界ヴァーチャリアの何処の地の神でもなき精霊でありながらその強大な魔力、彼の御方の眷属と聞かば得心せざるを得ぬ。

 して、彼の御方の眷属殿が妾に如何なる用じゃ?

 さてはあの日よりもう百日経ったか!?


 さて、百日とは何のことだか分らぬ。


 妾はあの御方より御用をたまわったのじゃ。

 あの日より百日後に、あの御方の御降臨を世界中の精霊たちに告げる栄えある役目をな。

 じゃが、百日経ったら教えるはずの小さき者は未だに連絡を寄こさぬ。今日は百日か?明日で百日か?と、あの日より東の海より日が昇るたびに訊いておるが、待てども待てども「未だにございます」としか答えてくれん。

 あの小さき者…さては数を数えられんのではないじゃろうか?


 ワシはその者のことは知らぬし、ワシはそのことも知らぬ。


 なんと?!

 眷属殿が存じ上げぬとは…さてはあの小さき者、あの御方の御傍おそばはべることなくお世話を怠けておるのか!?

 妾をたばかるとは、小さき者の分際で不届きな奴!


 まあ待たれよ、ワシもつい最近召喚されたばかりで、召喚されて間もなく御役目であの御方の御傍を離れたのだ。あの御方の御傍に侍りし者どものすべてを知っておるわけではない。

 むしろ、わずかしか知らんのかも知れん。


 ……むぅ、そうか…其許が言うならばそうなのであろう。

 だが、あの者に彼の御方のことを尋ねても曖昧にしか答えてくれぬ。「つつがなくお過ごしたもう」というばかりじゃ。

 まて、そう言えば「主の妻となりしヒトの子」と言わなんだか!?


 うむ、ルクレティアのことであろう?


 おお!あの者、憶えておる。

 あの小さき者、彼の御方の妻となられたか!?


 そのようだ。


 おのれ、妾はそのようなこと聞いておらぬ!

 やはりあの者、彼の御方の御傍に仕えておらぬな!?


 まあ待て、小さき者同士はワシらのように念話できぬ。

 離れていては話も出来ぬから、なんぞワシのように御役目を帯びて離れておるのやも知れんではないか…


 彼の者、そのようなことは言っておらなんだ。

 じゃが確かにそういうこともあるのかもしれん。

 まあ良い、次の日の出を待って訊いてみるとしよう。


 其方はその小さき者と念話できる関係なのか?


 うむ、我がしろを授けたのじゃ。

 彼の者、妾にかしずき、妾のしもべとして妾の役に立つことに喜びを感じておるようだったでのう。

 彼の者が、彼の御方のお世話をするのであれば、妾の庇護を与えてやっても良いと考えたのじゃ。


 なるほど、ならば彼の御方に其許の依り代を直接献じればよかったではないか?


 馬鹿を申せ!

 そ、そのような、できるわけないであろうが!?

 彼の御方が御所望とあらば献じるのもやぶさかではないが、自ら捧げるなど、そのような押し付けがましいこと…其許も妾と同じ精霊でありながら、よくもそのような!


 そういうものなのか?

 すまんな、ワシは何せ顕現して間もない故、そういうことはわからん。


 常識じゃ!

 それで、其許の授かった御用とは何じゃ?

 彼の御方の御使いであろう?


 うむ、何、大したものではない。

 其方ならば容易たやすき事であろうよ。

 この海峡を司る神と見込んで頼みたきことがあるとの言伝ことづてじゃ。


 それは彼の御方からのよのう?

 とはまた他人行儀な、遠慮なく命じてくださればよかろうものを…

 さあ眷属殿、遠慮のう申してくだされ。


 うむ、実は明日、船がこのアルビオン湾より出港する。

 その船は対岸の港へ行くので、其方の力で守ってやって欲しい。


 そのような事か!?

 それくらいわけもない。妾はこの海峡を司る《水の精霊》アルビオーネ!

 たとえその船の船乗り共が自ら船底ふなぞこに孔をあけて自沈しようとしたとしても、一人残らず無事に届けて見せよう。

 明日は海峡を渡る船は一隻たりとも沈めさせはせぬぞ。

 それだけなのか?

 もっとないのか?

 その程度では妾のあの御方への忠節を示すには物足りぬ。


 うむ、其方にはもう一つ、がある。

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